第39話 傭兵団


「そのナイアルなんたらってのは、中立だから人間に力を貸してくれるんだろ。なら、どうして俺たちが調査してる道祖神とやらも中立と呼ばれてるんだ。人間を攻撃してくるんだから、おかしいだろ」


 そう言ったアランの表情に緊張の色は見られない。

 ジョエルに脅されて、ヘルネ王国に入った最初の10分くらいは周囲を気にしていたが、すでにそんなことをは頭から抜けてしまっているようだった。

 草原の道で出会うのは頭に角を生やしたタロス族や金毛族ばかりで、人間族は滅多に見ない。

 タロス族と金毛族は要するに牛とヒツジの角を持つ亜人である。


「中立と言っても人間に害意は持っていないというだけの話だ。召喚獣にも、それぞれに違った目的と思考がある。魔族のように人間を害するために存在するようなのを黒の勢力と呼び、魔族に対立し人間に力を貸してくれるものは白の勢力と呼ぶ。どちらにも属さないのが赤の勢力だ。だから大半は赤の勢力、つまり中立と呼ばれているわけだ」


「モンスターを操ったり、率いたりするのが黒で、人間を率いるのが白とも言えます。白の勢力であっても、すべてを信用してしまうのは危険なのですよ。利用されて戦いに巻き込まれたり、生贄を要求されたりするかもしれません。目玉の幻獣に関しては、もともと人間側の守り神だったのが、信仰を失って力を無くし、信仰を取り戻すために社会を変革させようとしているように思えますね」


「そういうことだ。もともとは人間に力を貸していたが、今は力を取り戻そうとしているというわけだな。善意から人間に力を貸しているわけじゃなく、そうやって対価を要求するのが普通なんだ。ただ魔族に力を貸すようなのは、破壊と混沌を望んでる場合がほとんどだがな」


 魔法を授けてくれる神様はどちらの勢力も存在する。

 たとえば回復魔法を授けてくれたとされる女神は白の勢力に分類される。

 だから魔族は回復魔法が使えない。

 もともと強力な治癒力を備えているので、魔族にはその魔法が必要がないとも言える。


「今の話、理解できたか」


 頭にはてなを浮かべたアランにそう訊ねられた。

 おれが頷くと、アランはそんな馬鹿なという顔をした。


「たまに気絶しているのかと思うほど理解力が足りない時がある。だが槍を振り回してる時だけは頼りになる奴だ。気にしないでやってくれ」


 ジョエルに嫌味を言われて、ふんと鼻を鳴らしたアランはワインの入った革袋を煽った。

 ヘルネ王国は気候が温暖なので、美味しい果物やワインが沢山ある。

 ビーチボールほどの実の中にこぶし大の果肉が入っていて、カスタードクリームのような味がする果物は、一口食べただけでおれのお気に入りになった。

 乾燥させたものを農家の人から買って、すでに二袋がバッグの中に入っている。


 街道では背の高い屈強な冒険者が五人ほどで歩いているのをよく見かけた。

 レッドボアが多く出る地域のわりに、街道の安全はしっかりと確保されている。

 それでも夜に一度襲われて、その時の肉は食べきれなかった分をアランが担いでいた。

 とりあえず今日の分の食料の心配ないが、この国に入ってからは宿にも泊まれていないのでしんどい旅になっていた。


 ヘルネの草原地帯がある領地の公主は美人で有名だという話を聞きながら、おれたちは何事もなくロアとの国境手前までやってくることができた。

 国境の道沿いで軽い検問を受けるが、商人に見えるというだけで簡単に通してくれた。

 物資が不足しているから、歓迎されているようだった。


 荷物に関しては、おれの迷宮から出た魔法の鞄が役に立った。

 まだ果物やハムが大量に入っていたので、それを見た兵士は疑う事すらしなかった。

 魔法の鞄を持つ商人は、移動が速く、かなり稼ぎのいいやり手であるとみなされる。


「レオンはずいぶんいいものを持っているのですね」


「迷宮都市で出したんですよ」


「その歳で迷宮都市にも行ってるのか。豪気なもんだな。俺たちも新ルート開拓のための踏査隊に志願して潜ったことがある。最高到達階は42階だ」


 42と言えば、敵も平気で魔法を使ってくるようなかなりの上層だ。

 やはり第一騎士団に入れるような奴には、とんでもないのが揃っている。


「お前が飯を食いすぎなければ、もっと上まで登れたんだ。お前の食欲を計算してなかった俺のミスだが、あれには今でも悔いが残る」


「あん時は長いこと穴蔵に潜ってたから、頭がおかしくなっちまってたのさ」


 ダンジョンで金稼ぎのためにやってる奴らは、それほど長いこと潜らないし、そんなに深い階層を目指さない。

 せいぜいが人の少なくなるところまで潜る程度だ。

 そんなに命を賭けなくとも食うには困らないだけ稼げる。


 新ルート開拓というのは、やはり最下層を目指しているのだろうか。

 場所によって敵も変わるし、下に続く道だっていくらでもある。

 それにしても、この二人に緊張感が見られなくて、逆におれの方が不安になってきた。

 ロアに入ってからは、道を歩く冒険者は一人もおらず、そこらじゅうに魔物があふれてきている。


 それはアランとジョエルが見事な腕前で倒してくれるからいいのだが、なんとも緊張感に欠けた雰囲気である。

 アランは槍と魔法を使いこなし、弓までも完璧な腕前だった。

 ジョエルは魔法がメインで、短い剣は身を守るためのもののようだ。

 二人ともケルンから降りることもなく、襲い来る魔物を簡単にさばいている。


 アランの棒の先に青龍刀が付いたような槍の切れ味はすさまじく、ボアの頑丈な頭蓋骨すら叩き割っていた。

 それにケルンの上からでも弓も魔法も外さない。

 ジョエルも巧みに魔法を使いこなし、剣の腕すらも一流だった。


「このくらい賑やかな方が楽しめるな」


「ああ、準備運動にはちょうどいい」


 モンスターの相手をしながら、二人がそんな軽口を叩き合っている。


「それよりも、今回の調査はどこで何を調べるのか詳しい話を教えてくれないか」


「ああ、そうだな。例の魔族は城内の人間が誰も見なかったと証言している。だから侵入経路も手口もわかっていないんだ」


「正門から堂々と入ってきたんだよ」


 なにせ幻術なんてものを使っていたのだ。

 あれほどの魔法があれば逃げ隠れする必要なんてない。

 モンスターがいようが人間がいようが、堂々と通ってどこにでも入り込める。


「話を聞く限りそれが正しいだろう。だがメンツを潰された近衛や騎士団は、そんなことじゃ納得できない。そこで魔族の上陸地点と同種の魔族がいないかを調べるように命じられたのさ。もちろん、上陸場所なんかに行っても戦略級の大型魔族がいるだけだから、なにができるわけじゃないんだがな。俺たちは遠目にでもそれを確認すればいい」


 魔族のメインランド上陸というのは過去にも何度かあった。

 物語の挿絵でしか見たことはないが、戦略級の魔族というのは海に浮かぶ島のような竜のことで、そこに魔族が乗って侵攻してくるというのが常である。


「エステル先生はなぜ調査を命じられたのですか」


「私は自分から志願したのですよ。大学から一人出すように言われ、魔法歴史学が専門だった私が志願したのです」


「魔法歴史学が魔族とどう関係するのか知らないが、こっちとしては、あれが戦略級だと認定さえしてくれればそれでいい。だが魔族に見つかれば、俺とアランじゃそう何体も相手にはできない。バウリスターの坊ちゃんにも不可能だ。だから、もう少し近くで確認したいなんて言い出さないことを祈るばかりだよ」


 ジョエルがエステル先生に牽制するようなことを言った。

 おれは、そんな相手の本拠地の近くまで行くとは思っていなかった。

 余裕のある態度だったから、もっと簡単に済む話だと思っていた。


「もちろん興味はありますけど、そこまで命知らずではありません。島のように大きいそうですから、遠目でも十分に確認できるでしょう」


 おれたちは海岸線に出て、上陸拠点とやらを目指した。

 海岸線を移動し始めてすぐ、いきなり傭兵団らしき一団に出くわした。

 遠目に見ても正規軍には見えない恰好をした一団だった。

 近づいてみると、これまでのようにモンスターの毛から作られた服ではなく、綿製品のような薄手の服を着ている。


 これはもっと南の方の国からやってきた傭兵団のようである。

 こういった傭兵団は略奪や誘拐などまでやる山賊と変わらないようなのまでいる。

 特に砂漠の民は狂暴と恐れられているから、おれたちの警戒心も跳ねあがった。

 もちろん正規軍の近くなら問題はないが、この辺りでうろついている傭兵団となればどちらかわからない。

 ジョエルが近寄って行くと、リーダーらしき男に話しかけられた。


「矢じりが欲しい。あるだけ売ってくれないか」


「武器はあらかた売れてしまってね。肉や果物なら残っているんだが」


 あくまでも商人のフリで通すらしい。

 もしそれで売ってくれと言われたら、おれの秘蔵のハムやドライフルーツを売る気ではあるまいなと疑念が起る。


「食料なら周りで溢れてるよ」


 確かにその通りだ。

 この辺りは魔物の討伐がおろそかになっていて、道すらまともに通れない有様だ。

 果物だって山菜だって生りっぱなしで放置されている。


「俺の個人的なものでよければ売ろう。どうせ、こんなには必要ないからな」


 アランが自分のバッグから一袋の矢じりを取り出した。

 それをリーダーらしき男が受け取って金を払う。

 この世界で金属は非常に貴重である。そのうえで魔大陸では鉄くずを通貨がわりにしているから、矢だって使ってしまえば返ってこない。


「あとは水が欲しい。誰か魔法で作れるやつはいないか」


「私が作りましょう」


 そう言ったのはエステル先生だった。

 そこでふと、ある疑念が頭をよぎって顔を上げるとジョエルと目が合った。

 おれの視線に気が付いたジョエルが頷いた。

 どうやらジョエルにはわかったらしい。


「ほかに魔法を使えるものはいないか」


「その人だけだよ。俺たちは魔法とは縁が無くてね」


 そのジョエルの言葉は当然ながら嘘である。

 実際は、おれたち全員が魔法の名手であるから、エステル先生は意味がわからずに頭にはてなを浮かべている。

 水を作り出す魔法とされているのは、実際には結露で空気中の水分を集めているだけにすぎないから、非常に効率が悪い。


 そんな魔法で水を作り出せば、当然ながらかなりの魔力を消費してしまうことになる。

 魔法が使えるかどうか確認し、さらには相手の戦力を削る目的かもしれない。

 しかし考えすぎだったらしく、傭兵団の面々は物資の調達に行くと言ってモンスターの跋扈する森の方へと入って行った。

 たぶんヘルネの方へ物資を買いつけに行くのだろう。

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