第38話 ロアの調査


「第一騎士団のアランだ。こっちはジョエル」


 アランと名乗ったのは日に焼けた黒髪の大男で、ジョエルの方は金髪をたなびかせた細身のやさ男だ。

 槍使いと魔法使いと言ったところだろうか。

 二人とも身をやつした商人風の格好をしているので、戦地に行くことを想定するならおれもそうすべきだったかなと反省した。


「依頼を受けたエステルです。この子は教え子のレオン・バウリスターです」


 この子と紹介されたが、来年には成人するような年齢なのだから、そろそろ子ども扱いはやめてほしい。

 バウリスターの家名に反応を見せたのは、金髪の方だけだった。

 どうも大男の方は、総身に知恵が回りかね、というような雰囲気を感じるが、さっぱりしているので付き合いやすそうではある。


「ほかに人が来るなんて聞いてなかったぜ。なあ、ジョエル」


「教え子なのですが、戦地に行かせるのが心配だからと、ついて来てくれるそうなんです」


「こんな坊主を連れて行く方が危険だと思うけどな」


「いや、かなり使えるようだぞ。まさか最近噂のバウリスター殿に、こんなところでお目にかかれるとはね」


 そう言ったのはジョエルの方である。

 噂というのはどんな噂だろうか。

 最近作っているのは恥ずかしいような噂しか記憶にない。


「へえ、お前にそこまで言わせる程なのか。見かけによらず、大したもんだな。噂だけなら俺も聞いてるぜ。それにしても白いケルンだなあ。おい、こんなの見たことあるかよ」


「いや、ここまで白いのは俺も初めて見るな。興味深い」


 アランとジョエルは別々のケルンにまたがり、おれはエステル先生を後ろに乗せている。

 一行はすぐに南を目指して出発した。

 後ろに乗せているエステル先生の栄養失調のような細い体は頼りない。

 なにもないような街道を南に下り、国を一つまたいでロアまで行くのが今回の旅程だった。


「二番隊の新入りを簡単にあしらったそうじゃないか。一体、その剣はどこで習ったんだ。アイツだって去年入隊した中じゃ相当なもんだったはずだぜ。なんせ剣術道場の次男坊だったらしいからな」


 大きなケルンに跨ったアランが身を乗り出してそう聞いてきたが、聞き覚えのない単語ばかりで内容が掴めない。

 そこにジョエルが助け舟を出してくれた。


「こいつが言いたいのは、凄腕の剣士が街で噂になって。第二騎士団の馬鹿団長が新人に酔ったふりして腕試しをして来いと命じたんだ。酔っぱらいに絡まれた覚えはないか。それが新入りなんだが、そいつを上手くあしらったそうじゃないか、と言ってるわけだ。もちろん第二騎士団がそんなことをしたなんて事実が明るみに出たら大問題になる。そこは忘れてくれ。俺たちがチクッたことになるのも困る」


「なるほどね。あんなのは大した腕じゃなかったよ」


 そういえば王都に来たばかりの頃は、城壁の外で他の冒険者を助けたりして、周りにかなり力を見せてしまっていた。

 あんなことをしていれば噂になるのも仕方がない。

 なにせ真っ白いケルンに乗り、遠距離からハウルでモンスターの頭を吹き飛ばし、まるで辻斬りのごとく敵を切り裂いていくのだ。


「どうして俺の話に通訳が必要なんだ。俺はその通りに言っただろ」


 憤慨するアランに、そうだったかな、とうそぶいてジョエルは誤魔化した。

 仲がいいようで、一緒に修羅場をくぐってきたような雰囲気がある。


「レオンはエンゾ老師のところで免許皆伝の腕を認められているのですよ」


「それが本当の話だとはな。俺は法螺話だと思ってたぜ」


「みんなそう思ってたさ。だから確かめようとする奴が出たんだ。だが、いったいどうしたら、そんな年で、そこまでの腕になるんだ。強化魔法の師匠がよっぽどよかったのか、それとも生まれつきの才能なのか。不自然極まる話だ」


 そこまで見抜いているのかという心境だった。

 強化魔法に師匠などいないが、乳幼児の頃から鍛えていたことが理由だろう。

 新しい体の動かし方に慣れると同時に、強化魔法での体の動かし方を覚えたのだ。

 体が柔らかくて怪我をしにくい時期に、おそらく人間の頭は体の動かし方を覚えようとするのだろう。そんな頃に強化魔法を使っていたのが大きいのだと思われる。


 あとは、無意識のうちに筋肉だけでなく、骨も強化するのが重要だとわかっていたこともあるかもしれない。

 そういった人体の仕組みに対する知識も重要だったように思う。


「俺たちは庶民の出だ。一応、俺は騎士の位も授かったし、ジョエルなんかは男爵だけど、俺たちには貴族の言葉遣いなんてわからない。普段、騎士団にいる時は、そんなの誰も気にしないからな。だからそっちも気にしないでくれ」


 と、アランが言った。

 これはエステル先生に言っているのだろう。

 おれに言ってるのだとしたら、いくら何でも無礼すぎる。


「公爵様に対してその言い方は無礼すぎるな。気にしないでくれと言っていいのは、上の立場の者だけだ。正確には、俺の親父は子爵だから、俺は庶民の出ではないが、所詮は一代貴族だから似たようなものだな。とにかくアランの言う通りの感じで頼むよ」


「そんなことはどうでもいいよ」


 なんて奴だと思いながらおれは言った。

 よく今まで貴族と揉めずにやって来れたものだ。

 だがこの世界では、そのくらい身分の違うものと知り合う機会は少ない。


「話の分かる貴族様で助かったぜ」


 どうやらアランは、まだ庶民のつもりで生きているらしい。

 ケルンの上で無邪気な笑顔を輝かせている。


「助かるよ。よろしく頼む」


 ジョエルも笑いながらこちらに手を差し出した。

 ケルンの上でおれたちは握手を交わす。

 確かに、おれとしてもこっちの方がやりやすい。

 命を預けるかもしれない相手に、気を使うなんてまっぴらだ。


「それでは自己紹介がすんだようなので、レオンに状況の説明をしましょうか」


「それなら俺から説明しよう。王子の命を狙った魔族がどうやってこの国に入ってきたのか、そのルートがいまだに見つかっていない。港町はだいたい調べたが、どうやらこの国の港は使ってないらしいとこまでは調べがついた。そこで魔族が押し寄せてるロアからのルートを調査することになったわけだ」


 ジョエルの説明におれはなるほどとうなずいた。


「ロアの状況もやっと落ち着いてきてな。総力戦をやったばかりで、どちらも疲弊している。現地はこれから雨季に入るから大規模な戦闘も起こりにくい。そのタイミングを狙って、調査のために入ろうかとなったわけだが、俺とアランの任務には、ロアの戦況を確認することも入ってる。間違っても俺たちの正体がバレるのはまずいから、ロアの正規軍には接触できない。魔族は見つけ次第に倒すと言いたいところだが、二体以上見つけたら逃げるのが賢明だ。今、残っているのは将軍クラスの大物ばかりだそうだ」


 魔族の中でも、軍を従えられる魔族はほんの一部だけである。

 それが将軍クラスと呼ばれ、高度な魔法を使い、他の魔族とは強さにおいて一線を画している。

 そして一般的な魔族と、妖魔と呼ばれる魔大陸のモンスターを使役していた。

 その妖魔の強さはこっちの大陸のモンスターとあまり変わらないのが一般的だ。


「それにしても、お前はよく魔族を倒せたよなあ。かなり上位の魔族だったんだろ。やっぱり強かったか」


 アランは興味深そうにそんなことを聞いてくる。


「幻術を使われて死にかけたよ。それにアイツの魔法はヤバかった」


「その話も聞いてるが、幻術なんてものが存在するなんて、どんなに過去の資料を漁っても見つけられなかったな。本当にそんなものが存在するのか。蜃気楼のようなものを見せられたか、薬でも盛られたか、という方が、まだ信憑性がある」


「いや、あれはたしかに幻術だった。たぶん召喚獣の持つ固有の力だと思う。その魔族が知らないはずのものまで見せられたんだ。精緻な映像だったから、蜃気楼のたぐいも考えられない」


 それを聞いたジョエルは顔をしかめて、考え込むような仕草を見せた。


「そりゃすげえや。本当によく倒したな。どうやったんだ」


「召喚獣の力を借りたのさ」


「そんな術を打ち破れるのは、神格を持った何かだろう。幻想級程度の召喚獣に、そこまでの芸当ができるとは思えないな」


 ジョエルは本当によくものを知っている。

 もしかしたらナイアルについて何か知っているかもしれないと思って、おれは触手を呼び出してみせた。

 呼び出してから、邪神だなんだと騒がれたら面倒だなと少し後悔する。


「ナイアル……。 まさかな」


「そのまさかですよ。ねえ。レオンの触手はナイアルですものね」


「旧支配神の一柱とも言われている存在だぞ。文献の範囲では中立と言えなくもないが、善意だけの存在では絶対にないな。くれぐれもあつかいには気をつけろよ。お前には本当に驚かされる」


「剣の方も見てもらいましょうよ。ジョエルなら何か知ってるかもしれません」


 隠しておきたかったのに、エステル先生はそんなことまで言ってしまう。

 この人は学者肌で、どうも世間と常識にずれが見られる。

 仕方なくおれが消滅の剣を出すと、ジョエルが目を見開いた。


「幻獣……ククルカンの宝石か。もう驚く気にもなれない。いったいどうやって手に入れた」


 真っ黒な石ころだと思っていたそれは、実は宝石だったようである。

 しかも宝石なのに幻獣とは、なにを言っているのかわけがわからない。


「王都のオークションだよ。オークションが親父の趣味なんだ」


「ははは、確かに契約書を売るとなればエレニアに持ってくるしかないか。国中、いや周りの国からも集まってきているんだろうな。最上位の契約書だが、他の都市じゃ誰も買わない。なにしろ契約できる奴がいないんじゃな」


「そりゃすごい。そんなのがあれば魔族くらい倒せるか」


「そんなレベルじゃないんだがな。使い方を誤れば、恐ろしい災厄を巻き起こす可能性もある。だが召喚されたものを見れば、かなり不完全なもののようだ。もともと人間に扱えるような力じゃない。だから体の一部を呼び出すような形になっているんだろう。それでも恐ろしい力だが、魔族が跋扈する地域に行くには頼もしい限りだ」


 確かにその通りだ。

 おれが呼び出しているのは一部でしかないし、それすら対価として要求される魔力の量が膨大すぎて満足に使いこなすことができない。

 しかしジョエルも知らない真実があるとすれば、これはおれも最近気が付いたことなのだが、召喚魔法には割引が利くのである。

 向こうがその気になってくれさえすれば、対価を払わなくとも力を貸してもらうことができる。


「凄い知識ですね。もしかして魔法大学始まって以来の秀才と言われたジョエルさんではありませんか」


「おそらく、そのジョエルだろうな」


「こいつは学者にでもなるべきだったんだ。それがなぜか騎士団に入ってきたんだよ」


「学んだことは生かさなければ意味が無い」


 王国一の才能が集められていると言われるだけあって、騎士団のメンツは侮れない。

 シロほどではないにしても、二人のケルンも相当なもので、三日も走らせると最初の国境が見えてきた。

 ここまでは、国王の発行した委任状があれば何の問題もないが、ここから先はなんの保護も受けられない地域だ。

 国境を越えた瞬間、おれたちは貴族でもなんでもなくなって、ただの人となる。

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