第33話 オークションとアガサ


 わけのわからないバケモノを倒したことに喜びはない。

 邪神のようなものとはいえ、つまらない幻術一つで死にかけた。

 様子見などせずに、最初から全力で斬りかかっておくべきだった。

 反省点を挙げればきりがないが、実戦というのはこういうものなのだろう。


 ずいぶんとおれも思いあがっていたものである。

 おかげでナイアルと訳のわからない約束もしてしまったし、あの幻術を打ち破った力が何だったのかもわからないままだ。

 中立的な神の力を借りて、邪悪に寄った神を倒したのだと思いたいところだが、ナイアルが本当に中立寄りの存在なのかは確信が持てない。


 なぜ幻術を打ち破るような力を持っていたのか、ただの触手の集まりではないようだ。

 それにしても、さっきシロを本気で走らせたときは、正面を向いていたら息もできないほどの速さだった。

 屋敷からおれの所に飛んでくるスピードも尋常ではなかったなと思い返す。

 退化した翼でダウンフォースを生み出すような走りができるようになっていた。


 いつの間にか成長していたシロの頭をなでながら城に帰ると、セバスチャンは手当てが間に合ったらしく一命を取り留めていた。

 やはり攻撃は受けていたようだ。

 普通は成り代わるなら確実に命を奪いそうなものだが、変身ではなく幻術だったから、その辺りの考えが雑だったおかげで助かったのだろう。


 ベッドに横たわった依頼主である彼に、起こったことを全てありのままに報告した。

 どこかに、この国の王族を狙う動機を持ったかなり知性の高い召喚獣の契約書がある可能性についても話しておいた。

 それほどの契約書と契約できるものは滅多に誕生しないだろうが、またやってこないとも限らない。


 この三日あまり立ったままでしか寝ていなかったから、おれは後のことは全て任せて帰らせてもらうことにした。

 次の日には王家からやってきた使者に起こされる。

 昨日の事について、もう少し詳しい話を聞きたいそうだ。


 王城に行くと、お披露目会にやってきた男が出てきて様々なことを質問された。

 ヘンリーというこの男は王族公爵で、国王に進言する元老院の一人だった。

 軍部の管理を担当しているらしい。

 当然ながらその権力は大きいが、軍隊への直接的な指揮権は持たない。


 その男から質問攻めにされて、本当に召喚魔法のたぐいなのかと聞かれ、それだけは間違いないと答えた。

 おれはヒョードル先生と違って、召喚魔法について研究したことはない。

 だからそれ以上聞かれても答えられることはなかった。


「過去にも魔族の襲撃があったそうですね。その時も内部の者に成りすましていたという話でした。ならば、その頃に埋め立てられたか、上に何かが建てられた道祖神の神殿のようなものがあったはずです。それを掘り返してみてはどうですか。契約書はたぶん魔大陸のどこかにでもあるのでしょう。あのレベルの召喚獣となら、契約できるのは魔族の方が多いでしょうから、次もそう遠くないかもしれません。それに、そそのかして何かさせようとするなら魔族が適任です」


「召喚獣との契約というのは、魔族ごときに成せるものかな」


「才能があれば可能だと思いますよ。むしろ難しく考えないで感覚的に生きている魔族の方が、召喚魔法は契約しやすいとすら思います。その点では強化魔法に似ていると言えますね」


「それにしてもバウリスター家の者が王都にいてくれたのは幸運だった。占い師は王城内の人間には頼るななどと言いだし、さらには邪神などと言いだす始末だ。宮廷魔術師たちも、どうしていいかわからずに途方に暮れていたよ」


「いくら相手が召喚術師とはいえ、よく実力も知らない子供に頼む気になれましたね」


 おれは一番気になっていたことを聞いた。

 聞いた話では、占いで一番の課題は占い結果を信じて、そのまま言われた通りに対処することであるとあった。

 占いというのは神に近しいものによってもたらされるが、そのような力ある存在も万能ではない。


 失敗したり起こらなかったりすることも当然ながらある。

 だから占いが示した通り、バウリスターの血を引く者に全てを任せよと言われても、その通りにすることが一番難しいのだ。


「君は特別だよ。エンゾ老師に弟子入りして認められ。迷宮都市に行ったかと思えば、二年足らずでAランクの階級まで上がったそうじゃないか。きっと階級を買ったのだと思っていたら、オルグレン公爵が迷宮都市でもの凄い腕利きがいると噂になっていたと話していたよ。なんでも昇級試験で相手がものたらないから、さらに上の階級を要求したとかいう話だ」


 あのろくでもない探索者たちは、そんな話に尾ひれをつけて触れ回っているらしい。

 それがオルグレン公爵の耳に入るくらいだから、かなり広まってしまったようだ。


「……まあ、そんなこともありましたかね」


 後日、おれは王城に呼び出され、漆黒の三人とともに国王陛下に謁見を許された。

 壮観に居並ぶ騎士や兵士が、王に忠誠をと叫んで剣を掲げるその間を歩いて、おれたちは王の前に進み出た。

 騎士たちは、腕が立ちそうなのもいれば、そうでないのもいる。

 国王に一番近いところにいた一団はかなり腕の立つ騎士たちだった。


 たぶんあれが噂に聞く第一騎士団なのだろう。

 これほどの数で集まられると、さすがのおれも近づくのをためらいそうになるほどの圧が感じられた。

 この一団はそれほどまでに腕の立つ騎士で固められている。

 その先に国王と王妃、それに二人の王子が脇に控えて立っていた。


 王子二人の内、次期国王である方の王子がおれに小さくお辞儀をした。

 おれは特別な功労が認められて、国王よりナイトの称号と大金貨20枚を賜った。

 漆黒の三人は、一人金貨50枚である。

 爵位は複数持てるらしく、おれは公爵家騎士爵になるそうだ。

 ナイトの称号を貰うと年に一回、その給料がもらえるようになる。


 騎士爵と魔術師爵はナイトやメイジなどとも呼ばれ、称号だけで領地はついて来ない。

 職業とともに与えられる爵位には領地などがついて来ないのだ。

 そもそもモンスターが多すぎて街も作れないような土地が多いから、そんなのを貰ったとしても税収などは得られない。

 親父のように複数の領地を持っていれば、領地に紐づいて爵位も複数持つことになる。


 謁見が終わると、爵位を貰ったおれに、たいした仕事をしていない三人から羨望のまなざしが向けられた。

 独立しても子爵くらいは貰えるだろうおれにとっては、騎士爵など大して意味のないものだ。


「あんたらはまだこの仕事を続けるのか」


「たぶんな」


「アタシが辞めたら、この二人なんてすぐやられちまうよ」


 眼つきの悪い男だけでなく、チータもまだ二人に付き合って続けるようだった。

 しかし思いつめた顔をして、黒装束を身に纏った男の返答は歯切れが悪い。

 これだけの金があれば、そこら辺の二級都市で家を買うこともできるだろう。


「復讐なんて諦めて、三人で商売でもしたらどうなんだ」


「それも悪くないかもしれないな」


「どうしたんだ、ケイン。らしくないこと言うじゃないか」


 そこで初めて、おれは眼つきの悪い男の名前を知った。

 その後で三人がどうしたかは知らないが、これで一件落着だろう。

 しばらくしてエステル先生も調査から帰ってきた。



 おれはこの頃から、オークションにも顔を出すかと思うようになった。

 普段は珍しい武器や宝石に、あとは美しい奴隷くらいのものだが、たまに召喚魔法の契約書なども出品される事がある。

 あの魔族との戦いを経て、おれとしてはもう少し手数が欲しくなった。


 とにかく一度でもオークションに出ておけば、出品される商品の目録の中に気になったものがあれば事前に見学することもできる。

 そう考えて、数日後さっそくオークションハウスに行ってみると、壇上でキムタク風のイケメンがその体を恥ずかしげもなくアピールし、脂ぎったおばさんが人目も気にせず、必死の形相で競り落とそうと声を張り上げているところだった。


 運悪くそのおばさんの隣の席しか空いてなかったので、そこに座るとおばさんが話しかけてきた。

 このおばさんは装飾品のたぐいには興味がないらしく、男奴隷が出てこない間は暇であるらしかった。


「嫌な女というのは、どこの世界にもいるものねえ。もうサハラ族の男は持ってるって調べがついてるというのに、最後まで張り合ってくるんだから嫌になるわ。さっきの体つきったらなかったのに。あら、貴方も負けず劣らずいい体してるわ。それに顔もハンサムね。おや、おったまげた。しかも凄い家柄だこと。これはこれは、失礼いたしました。おほほほ」


 ここまで人の目が気にならなくなったら、さぞ生きやすいことだろう。

 ずいぶん悟った生き方をした人である。

 暇そうだったので、競りのやり方をそのおばさんから習った。

 やり方は簡単で、一番高い値段を言えばいいだけだ。


 その値段は訂正できるから、競い合うことになる。

 唯一やってはいけないことが、自分が現金で用意していない額を口にすることだけだった。


「あの赤毛の女奴隷なんて良さそうじゃないの。試しに落としてみたらどうかしら」


「いえ、おれは召喚魔法の契約書が欲しいんですよ」


「ものは試しじゃないの。やってみればいいわ。お金はあるんでしょ」


 おれは言われた通り、きりの良さそうな値段を叫んでみたが、すぐに上の値段を言われたので引き下がるしかなかった。


「そんな値段じゃ奴隷商たちは絶対に引かないわよ。絶対に落としたいときは、誰もが高すぎると感じる値段であることが大事なの」


「それだと損することになりませんか」


「損するもなにもないわ。ここに出るのは世界に一つしかない一品ものなのよ。それにふさわしい価値を見出した人だけに、手に入れる資格があるわ」


 話を聞いたら、この人は王都で一番大きい商家を一代で築き上げた人だった。

 だから商品の目利きに関しては、この人の右に出る人はいない。


「ほら、あの女奴隷が落とされてしまうわよ。評議会の重鎮が護衛として使っていたそうね。なんでもシャートセルンの剣奴王だったとかいうわ。ボディーガードにいかがかしら」


 シャートセルンというのは、エレニア王国の東に位置するボンという強力な都市群国家のうちの一つである。

 この国から一番近い異国の都市で、非常に強力な軍隊を持っている。

 評議会というのは、その国の行政をする組織だ。


「それなりの腕ですが。バウリスターの血を引くおれには護衛など必要ありませんよ」


「あら、夜に鳴く鳥も恐れていないのね」


 夜に鳴く鳥というのは、殺し屋を指す隠語のようなものである。

 彼らは口笛で鳥の鳴き声をまねて合図しあうのだが、当然ながら闇夜に紛れて仕事を行うのに夜に鳴く鳥はいないから、夜に鳴く鳥の声を聞いたら死ぬと言われて恐れられている。


 スラムのゲットーに住み着いているとアルバートが言っていた気がするが、おれは見たこともない。

 この人は商家の人間だから、彼らを使ったことがあるのかもしれない。

 少なくとも命を狙われたことはあるのだろう。


「そんなのは、ただの素人集団でしょう」


 この大陸には暗殺教団なるものがあって、そっちの方はガチなやつである。

 暗殺専門の傭兵一族で、一族をあげておかしな神を信仰しているという話だ。

 そして、その一族の長は死神を召喚する巫女であると、とある召喚の本に書かれていた。

 似たようなものと戦ったことがある身としては、そっちの方がよっぽど恐ろしい。


 なぜなら召喚魔法の才能は血を濃くすることによって育成可能だと、バウリスター家が証明してしまっているからだ。

 こちらの人は結婚が早いから、100年もあれば7代から8代は世代を経ることができる。

 召喚魔術師の血統を作り出すことは、それほど難しいことじゃない。

 しかも死神だけが救いをもたらす神だと信じている集団なんて恐ろしすぎる。


「ほら、ここで5枚上乗せすれば確実に落とせるわよ」


 アガサ商会のアガサ婦人にそう言われて、おれは金貨85枚とコールしてしまった。

 金貨85枚と言えば、850万相当である。

 コールした瞬間にしまったと後悔した。なんだか急に、異国の剣士から剣を教わるのも悪くないかななどと考えてしまった。

 そこに焦りも加わって、気が付いたら手を上げてしまっていたのだ。


「ほら、うまくいったじゃない。でも脱がせてみるまで当たりかハズレかわからないわね。そこがいいんだけどね」


 おれの願いむなしく、あっさりと落札されてしまった。

 また他人の人生を背負い込むことになるのかと、暗澹たる気持ちだ。


「ほら、受け取り方も知らないのでしょう。私がついて行ってあげるわ。私の競りはうまくいかなかったけど、貴方の競りがうまくいっただけでも気分がよくなったわ。お近づきの印に、私の魔導書のコレクションから一冊あげるわよ」


 その提案は嬉しいが、おれが欲しいのは魔導書ではなく召喚契約書だ。

 たぶん間違えているだけだと思うが、そんな知識のおばさんがおれの欲しいような契約書を持っているとは思えない。

 競り落とした女奴隷のシーズを引き取って、俺たちはオークションハウスを出た。

 シーズは競売に出した奴隷商が値段を吊り上げるために用意した鎧一式と剣まで持たされていた。


 外でアガサが待たせていた女二人の護衛と合流したが、思わずのけぞりそうになる。

 片方は初めて会った頃のロレッタ並みの雰囲気を感じるから、もう片方だってエステル先生並の魔術師かなにかなのだろう。

 おれがそれに驚いていいると、アガサはなんでもないように言った。


「私についてどこでも入れる護衛となると、やっぱり女の方が都合がいいのよ。私は男に守られるほうが燃える質なんだけどね。仕方ないわけよ。だから腕が立つのを探すのには苦労したわ」


 それなのにオークションハウスの入場料をケチって、外で待たせているのだから本末転倒ではないかと思う。

 どれだけ人から恨みを買っていれば、ここまで身辺を固める必要があるのかとも思う。


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