第31話 護衛


「これより話すことは他言無用でお願いします。万が一でも外に知られるわけにはいかない内容となります。もし話された場合、王家はどんな手を使っても報復いたします。話を聞く覚悟はおありでしょうか――――それでは内容について話しましょう。今日集まっていただいたのは、魔族の襲撃から王子を護衛していただくためです」


 王子というのは実質的な君主である。

 当然ながら、次の国王になることを約束された者を指す呼称だ。


「ちょちょ、ちょっと待ってくんなよ。そんなことをアタシらに頼もうってのかい。いったい何を考えてんだ。ここには騎士団なり近衛なり、なんだって揃ってるじゃないか」


「もちろん騎士団も近衛も警護に当たっています。ですが今回は事情により、信用することができないのです。そこで暗殺のプロである漆黒の復讐様方と、稀代の召還術師と言われるレオン閣下にお願いすることとなりました」


 あんたらそんな中二病みたいな名前を名乗っていたのかと、おれは思わず軽蔑のまなざしを向けた。

 漆黒の三人衆は、お前は魔族に勝てるのかというまなざしをおれに向けてきた。


「魔族ねえ。知性はどんなもんなのかな」


 眼つきの悪いやつがそんなことを言う。

 魔族に相対した経験があるやつは、この国にもあまりいないだろう。

 暗殺を防ぐなら暗殺のプロということで、そっち方面の腕を買われて連れてこられたらしい。


「魔族の知性なんて、どれも大して変わらないだろ。大体が5歳児くらいのはずだ。たまに人間並みの奴もいるらしいけどな。相手が魔族ってことは、雇った奴は内部のものじゃないとわかっているわけだな」


 おれの言葉にセバスチャンは神妙な顔で頷いた。


「ええ、大体のあたりはついております」


「どうして内部のものじゃないのさ。王子を狙うのなんて後継争いかなんかだろ。説明してくんなくちゃわからないよ」


「内部の奴が命を狙うなら毒かなにかを使うはずだ。そうじゃないってことは、外部の敵対勢力ってことになる。それならなぜ、騎士団と近衛兵が信用できないんだ。あたりがついてるというなら、いったい誰だと踏んでるんだ」


「どこかの邪神ではないかと考えております。王国の長い歴史の中では珍しいことでもありません。今回、レオン閣下をお呼びしましたのは、バウリスター家の者を呼べと占いに出たからにございます。となれば召喚魔法絡みと考えるのが自然でございましょう」


「邪神と契約した魔族が、操られているとか」


「私どもは、その可能性が一番高いと考えております」


 契約書を落とす幻想級以上の召喚獣の中には、中立的ではない邪神と呼ばれる存在もいる。

 間違って魔族がそんなものと契約してしまったら、そそのかされて動いたとしてもおかしくはない。

 おれのナイアルでさえ、訳のわからないことを夢の中で語りかけてくるくらいだ。


 幸運にもおれのナイアルは、中立的な邪神だったのではないかと思っている。

 語りかけてくるときの要求もふわっとしているし、具体性がまったくない。

 しかも要求だけを突き付けてきて、その対価についてはなにも触れない。

 そんなことでは相手をそそのかすことなどできない。


 もともと邪神とはいっても、人間をそそのかせるほどの知性を備えたものはそれほど多くはないのだ。

 しかし、魔族がもし邪悪に寄った召喚獣と契約してしまえば、言いなりのようになることがあってもおかしくはない。


「だけど、どうしてそれがわかったんだ」


「それも王宮占い師の預言でございます」


 この魔法がある世界の預言は、本当に神に近しいものから言葉を預かってきている。

 だから嘘だという事は滅多にない。

 それが王宮に勤める占い師となればなおさらだろう。

 それなら、たまたま王都にいたおれが呼び出されたというのもわからなくはない。


「だからって、どうしてアタシらなんだい」


「占いでは三日以内にとありましたので、他に選択肢がなかったのでございます、城外から腕のたつものを雇うとなると、選択肢は傭兵ギルドかハンターギルド以外にありません」


「その占いってのは、い、いつ出たんだよ」


 眼つきの悪い男と赤髪の女は、凄腕という割に取り乱した様子だった。


「つい先ほどとなります。王都にいて暗殺に対して知識のある者となると、他に当てがありませんでした」


「その魔族がすでに騎士団や近衛に化けて忍び込んでるかもしれないというわけか。そんなことができるとは思えないな」


 眼つきの悪い男の言葉に、セバスチャンは静かに首を振って否定した。

 魔族というのは知性があっても、人間の言葉を流暢に話せたりはしないはずだ。

 人間のふりをして騎士団に紛れ込むなんて、幻術のようなものでも使うという事だろうか。


「過去にはそのような例もありました。ですから今回も念には念を入れてのことです」


「で、暗殺のプロとして、あんたらからの助言はあるのか」


「普通は守られているような奴は殺せないはずだ。その守りと同等の戦力が必要になる。その過去の例とやらの時は、いったいどうやって襲われたんだ」


「近衛の一人に姿を変えていたそうです。どうしてかはわかりませんが、だれにも見抜けませんでした。警備の時は無駄に喋ったりしないので可能だっただけかもしれません」


「チッ、そんなもんが本当にいるのなら、もう物理的に固めるしかないぜ。昼も夜もなく見張って、近づく奴は端から殺していくしかない。どんな例外もなく皆殺しだ」


 当然ながら襲う側は、守ってる奴から的にするだろう。

 それがわかっているから、この眼つきの悪いゴロツキは荒れているのだ。


「では、そうしてください。ご入り用のものがあれば何なりとお申し付けを」


「おい、俺たちはまだやるとは言ってないぞ。魔族に命を狙われるなんて割に合わねえ。それに、この王宮内でそんなむちゃくちゃをやれってのか」


「ええ、それしかないのでしたら、そのようにしていただくしかありません。王子の寝室に入れるのは国王陛下、王妃陛下を除けば、この私だけとなっております。そして、今回の事態の詳細を知っているのも私以外、当事者であらせられる王子君と、そのお二方だけとなっております。他の者には、決して近づかないように言いつけておきますゆえ、近づく者にはなにをしていただいても構いません。私の言葉は、国王陛下のお言葉と思っていただいて構いません。拒否権はないものと思ってください」


「両陛下には避難してもらってください。そうすれば貴方以外は誰も近寄らない」


「そういたしましょう。では今現在より、警護に当たってください」


「お、おい、二人で勝手に話をつけるんじゃない」


 今さらガタガタ言っても始まらない。

 眼つきの悪い男を無視して、おれは王家の家令であるセバスチャンに案内されて、王子の寝室の前までやってきた。

 広い廊下に扉が一つ、すでに人払いされて見張りの歩哨すら立っていない。


「出入り口はここだけか」


 おれが確認すると、セバスチャンは静かに頷いた。

 一応中を確認させてもらうと、中は窓のない部屋に大きなベッドが一つあるきりで、あとは子供がベッドの上で蒼くなって震えているだけだった。


「大丈夫ですよ、陛下。私が護衛を仰せつかりましたので。ご安心ください」


「き、きみは子供じゃないのかい」


「よく間違われます。これをご覧ください。探索者ギルドの階級章です」


「すごい。Aランクだ」


「そうです。この私が任されたからには、なんの心配もございません」


 部屋の中を見回したが、ぶ厚いモルタルによって壁も床も天井も固められている。

 これなら、入り口を通る以外に中に入る方法はないだろう。

 隠し通路のようなものも見つけられない。

 おれは廊下に戻って、漆黒の三人と合流した。


「一階は騎士団、二階から三階、それと両陛下のいる五階は近衛兵が固めております。ここ四階は、これより誰も近寄らせません。食料もこの後一度だけ運び込ませます。それ以降、この階に近づくものは私以外、両陛下のお姿であっても切り捨ててもらって構いません」


 それだけ言ってセバスチャンは行ってしまった。

 漆黒の三人はオロオロするばかりで、まだ腹が据わらないようだった。

 とはいえ、さすがのおれもこの状況は途方に暮れてしまう。

 窓から下を見れば、騎士団らしき奴らが敷地内を植木の中まで確認しながら捜索に当たっている。


「おい、本当にお前は魔族なんかと張り合えんのかよ」


「そうだそうだ。いくらバウリスターたって、アンタにそこまでの腕があるのかい。さっきは階級章なんか見せびらかしてたが、アタシらだって傭兵ギルドのAランクだよ。協力すんのは構わないけど、アタシらは追跡と尾行が専門なんだ。切った張ったはそこまでじゃない。期待されても困るよ。アンタは絶対に倒せる自信があんのかい。アンタが殺されたらアタシらだっておしまいなんだろ。どう見たって、ハンターギルドの腕利きたちよりも強いようには見えないけどね」


「それより敵はどこから来ると思う」


「上だと思う」


 そう言ったのは今までずっと黙っていた、鎧姿の大男だ。

 他の二人は呆れたような顔をして、大男を見た。


「続きを話してくれ」


「下は見ての通りだ。それでも占いには凶兆が出た。占いで出たことは、なにがあろうと起こるんだ。他人の姿に化けられるなんて話は信じられない。つまり下から来られないのなら、上から来るんだと思う」


 確かに、人間の姿に化ける魔族なんて話はおれも聞いたことがない。

 それに幻術が存在するなんて話も聞いたことがなかった。


「ありえねーだろ。ここらへんで一番高い丘の上に立ってるんだぜ。窓から見たって、ここより高い建物はない。もしその魔族が滑空じゃなくて空を飛べるってんなら、そんな魔族にそこまで強いやつはいないはずだ。飛べるってことはそれだけ体が軽いんだからな」


 たしかに一理あるが、おれはそうは思わなかった。


「ありえるかもな。なによりおれなら、この状況でも侵入くらい可能だ」


 ナイアルの触手と飛行魔法があれば、別に難しいことではない。

 飛行魔法じゃなくとも廃棄魔法の一つでもあれば難しいことはないだろう。

 しかし誰にも気づかれずにというのは、たとえ飛行魔法が使えたとしても不可能だ。

 飛行魔法はダイソンの掃除機も目じゃないくらいの騒音が出るし、そうでなくともこれほどの数の警備の目を掻いくぐるのは絶対に不可能だ。

 おれとしては、やはり誰かに化けて出てくるというのが一番ありそうに思えた。


「本当かよ。それで、お前は魔族とも戦えるのか。俺らだって人間相手なら負けない自信はあるが、魔族相手じゃ正直自信がないぜ」


「勝ってみせるさ。どんな相手にも勝てるように鍛えてきたからな」


 ただ召喚獣の方は、相性の問題もあるから戦ってみるまでわからない。

 とはいえ今の王都におれ以上の適任がいるとも思えなかった。

 占いというのも大したものである。


「じゃあ、アタシがここに結界魔法を張るよ。廊下ごと全部を監視結界にする。もしそれに触れたら誰であっても即座に殺すんだ。ためらったらアンタが死ぬことになる。いいね。一時でも警戒を緩めるんじゃないよ」


「背後は、他の奴が見張る必要がある。ヤンはチータと組め、バウリスターの坊ちゃんは俺とチームだ」

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