第30話 招集


 顔が売れてきたせいで、お茶会などの誘いが入ることもあるのだが、それには辟易する。

 こっちの貴族は人と会話するくらいしか楽しみがないから、どの家にもソファの並べられた豪華な応接室があって、お茶会と称して集まるのだ。

 しかし、努力の甲斐あって姉たちの心配はなくなった。


 下の姉たちにもそこそこ婚約の打診があるらしく、相手が見つからない心配はしなくてよくなった。

 晴れておれは自由に過ごせるようになったのだが、あまり家に居つかないおれを心配したのか、母親からエステル先生を新しい魔術の先生にすると告げられた。


 ヒョードル先生では教えられることが無くなったので、かわりにエステル先生にお願いするという事なのだろう。

 もともとヒョードル先生は召喚が専門だったので、一般魔法はついでに教わっていたようなものだ。

 だからエステル先生には、本格的に一般魔法を教わるという事になる。


 バウリスター領ではなく、王都で授業を受けろという事なのでそれはありがたかった。

 いまさら実家で小物のモンスターを狩って過ごす日々など耐えられるわけがない。

 両親もそれがわかっているから、こちらで新しい先生をつけてくれたのだろう。

 エステル先生は魔法大学で教鞭をとっているから、その合間に教えてくれるそうだ。


 そして母マールがバウリスター領に帰ることになった。

 姉たちを残して、こちらのことはすべておれに任せると言っている。


「久しぶりの王都は楽しかったわ。一人になったからといって、あまり羽を伸ばしすぎては駄目よ、レオン。ちゃんとエステル先生の言う事を聞いてね。それと仕事があるのだから、勝手に王都を離れてはいけませんからね」


 これで姉たちの安全やらなんやらを監督するのは、おれの責任になってしまった。

 それに仕事も与えられて、ほぼ王都から離れることもできないだろう。

 バウリスター家が所有している商店の帳簿管理などもおれの仕事である。

 表計算ソフトもないのに帳簿管理などするのは苦痛以外の何物でもない。


「そんな羽をむしられた鳥みたいな顔をしなくてもいいのではなくて。王都より楽しいところなんてありはしないわ」


 もうすぐ人妻になる一番上の姉がそんなことを言っている。

 彼女は卒業するまでのあいだは、まだ王都に残るそうだ。

 大学にはろくすっぽ行っておらず、毎日のように新しい旦那が迎えに来ては一緒に王都を遊び歩いている。


 旦那の方も騎士学院を卒業すれば、あとは砦で過ごす日々が待っているだけだ。

 彼の家は腕の立つ兵士を沢山連れてきていて、ありがたいことに他の姉の護衛まで引き受けてくれていた。



 それから三日ほど家令のスティーブンスに師事を受けて、帳簿記録と睨めっこしながら過ごすことになった。

 そこへエステル先生が授業のために訪ねてきてくれた。

 おれは与えられていた仕事を切り上げて、応接室で先生を出迎える。


「お久しぶりですね。レオン」


「はい、先生」


「ずいぶんと無茶をしていると聞きましたよ。お披露目会では驚くことばかりでした。剣の修行に明け暮れていたそうですね。そのことはロレッタからも聞きました」


「ロレッタを知っているのですか」


「一度、用事で騎士学院に行ったときにお話しする機会があったのです。同じ門下だったそうですね。レオンの話で盛り上がりましたよ」


「ろくなことは話さないでしょうね。ロレッタは騎士学院に通っているのですか」


「いいえ。騎士学院で戦い方を教えているそうですよ」


 ロレッタも偉くなったものである。

 もともとは教会に拾われた孤児で、魔法の才能により特別な訓練を施された。


「そうなんですか。それで授業のことなんですけど、一般魔法は上級までヒョードル先生から学んでいます。どんな魔法を教わることになるのでしょうか」


「まずは城壁の外に行きませんか。あのケルンに乗せてください」


 先生をシロの後ろに乗せて、おれたちは城壁の外にある丘にやってきた。

 王都から少し離れただけで、澄み切った空気が味わえる。

 気持ちのいい風が吹いていた。

 そこで今使える魔法を教えて欲しいというので、おれは召喚から一般魔法まで、使えるものをすべて話した。


「それでは固有魔法を見せてもらえますか」


 おれは言われた通り、ハウルを呼び出してそこら辺の岩を適当に撃った。

 エステル先生はその音に驚いていたが、すぐに魔法内容を理解してくれた。


「本当に魔弾を極めてしまったのですね。しかも他の魔法の弱点を全て克服しています。特に速さと距離は、他の魔術とは比較にすらなりません」


「はい、完成したのはつい最近のことです」


「私も自分なりに貴方の適性に合った魔法をずっと考えていましたが、無駄になってしまいました。その魔法があれば他は必要ないでしょう。それでは複合魔法と廃棄魔法、それに魔道具の制作を教えることにしましょうか。魔法というのは戦うためだけのものではないですからね」


 おれはもはやデートのつもりでいるから、教わる魔法なんてどうでもよかった。

 その後は二人で近くの湖に行った。


「まずは飛行魔法を練習します。とはいえ私も使ったことはありません。レオンの触手があれば命綱の代わりにできますから、練習するにはちょうどいいでしょう。実は私も飛行魔法には憧れていたんです」


 まずは私がやってみますと言って、ナイアルの触手を命綱として体に巻き付けると、エステル先生は契約の言葉を口にした。

 湖など一瞬で飛び越えるような勢いで前方にすっ飛んで行ったエステル先生を、ナイアルの触手が引き留めた。

 魔法が発動した瞬間、風圧によってナイアルの触手は千切れそうだった。これでは普通の縄では命綱にすることもできないだろう。


 逆バンジージャンプのごとく、触手が伸び切ったところでエステル先生が跳ね返るようにして、今度はこちらに向かって飛んでくる。

 触手を操作して地面におろすと、エステル先生は驚いた顔のまま固まっていた。

 この勢いだと、もしただの綱なんかを命綱にしていたら内臓が潰れるだけで、綱が切れてすっ飛んでいき、即死していた可能性がある。


 今のはナイアルの触手だったから、ゴムのように伸びて内臓が無事だっただけだ。

 いきなりこんなことをするなんて、実は破天荒な人なのだろうか。


「……今、死にそうでしたよね」


「危ないところでした。これほど複雑な魔力操作を必要とするのに、失敗すれば命の危険があるのだから困ったものです」


 授業というよりは、二人で飛行魔法の練習をするというような感じだが、飛行魔法はおれにも使えそうな手ごたえがある。

 むしろエステル先生よりは魔力操作が得意なおれの方が覚えるのは速そうだ。

 身体の周りで風の気流を操作するだけだから、距離の適性よりも魔力量による魔力操作の方が重要だった。


 それから一週間ほど、湖に通う生活が続いた。

 やはり飛行魔法はエステル先生よりもおれの方が先に使えるようになってしまった。

 おれがあまりに極端に魔力操作の適性に寄っているせいだろう。

 距離の適性と、魔力操作の適性はトレードオフの関係にあるのだ。


 飛行魔法は便利そうなわりに使い勝手は悪く、音がうるさいし、スピードも出ないし、なにより燃費が悪くて移動できる距離も短い。

 かろうじて、どんな高いところから落ちても落下死だけはしなくなったという程度だ。

 強化魔法で足腰を強化して飛び上がると、本気で飛んだら足を骨折するんじゃないかというくらい飛び上がれるために、無意識のうちに力をセーブしてしまっていいたのが、この魔法があればそんな心配もいらなくなる。


 しかしナイアルの触手を二本出して、それを足がわりに歩いたほうが、よっぽど移動にしても便利な気がする。

 なにより、うるさすぎて隠密性がないのが残念過ぎる。


「残念です。期日までに覚えられませんでした。でも諦めきれません。帰ってきたらぜったいに続きをしますからね」


 明日からエステル先生は調査の仕事が入っているので、王都を離れるそうだ。

 本当に二人で魔法を練習しているような感じになってしまっている。


「心配だからシロを連れて行ってもいいですよ」


「その必要はありません。今回の護衛にはロレッタを雇いました。レオンと同じ一門の彼女がいれば安全ですよね」


「そうですか。それなら、なにが出ても大丈夫ですね。それにしても、よく教会が許可を出しましたね。教会が担ぎ上げて、ロレッタは救世の巫女とか言われてるんですよね。それに神聖騎士団の次期団長候補じゃないんですか」


「今回の調査は、教会からの依頼ですからね」


 依頼内容は極秘とのことで、詳しいことまでは教えてもらえなかったが、きっと知らないほうがいいようなことだろう。

 教会からそんな依頼が入るエステル先生は、魔法大学の講師の中でも優秀に違いない。

 エステル先生を大学まで送ってから、おれも屋敷に帰った。


 その夜、おれの所に王家からの使者がやって来て、護衛を依頼したいと言ってきた。

 いったい何が起こっているのか。

 あきらかにエステル先生に入った依頼とも関係があるように思える。

 なにがなんだかわからないまま、おれは一番いい服を着て王城に向かった。


 使者と共に城内に入ると、ベンチが二つ並べられたような簡素な狭い部屋に案内される。

 すでに武装した男女が三人ばかり窮屈そうにして、両はじのベンチに座っていた。

 思い思いの場所に座っているから、あとからきた俺の座る場所がない。

 突っ立っていたら、眼つきの悪い男が据わる場所を開けてくれた。


「アンタらはなに者だ」


 事情が分かってなかったおれは、ベンチに座るなりそう訊ねてみた。

 見た目からいって貴族ではなく、修羅場をくぐってきたハンターか傭兵のように見える。

 これといって隙もなく、身につけている装備は使い込まれたものばかりだ。

 装備に汚れなどはなく、手入れは行き届いているようだった。


「俺らは傭兵だ。賞金首狩り専門のな」


 暗殺者か……。

 人殺しを職業にしていると聞かされたようなものだ。

 どうしてそんなのと一緒に呼ばれたのか、本当に何が起こっているのだろうか。


「護衛と言ってたが、いったいなんのために集められたんだ」


「さあな。俺らにはなにも説明されてない。護衛と言われたなら護衛なんだろう。そのうち説明されるだろうぜ」


 おれが子供だからと言って、こいつらにおれを侮ったような態度は見られない。

 ずいぶんと腕が立つ奴らのようである。

 それにしても暗殺家業が人前に姿を見せて大丈夫なのだろうか。


「アンタさ、ずいぶんと得物が小さいようだけど、殺し屋かなんかなわけ? 鎧も楯も持たずに、やたら使い込んでそうな剣を持ってるのね。それにしちゃ貴族みたいな恰好をしてるじゃないか」


 髪を短く刈り上げた赤髪の女がおれを検分するようにじろじろと見る。

 おれが持ってきたのはオリハルコンの剣だ。

 たしかにモンスターを相手にする奴らは、もっと大きな武器を好んで使っている。


「ただの貴族だよ」


「バウリスターの旗色に見えるな」


 ぶ厚い鎧に身を包んだ筋骨隆々の大男が言った。

 おれは短くそうだと返した。

 多少は驚いたような顔をしたが、それを聞いても三人の態度に変わったところはない。


 賞金首狩りというのは、いわゆる汚れ仕事という奴である。

 賞金首を追いかけていれば命乞いをしている奴を殺さなきゃならないこともあるだろうし、間違った奴を殺せば自分が殺人罪で奴隷落ちになる。

 そんな、誰もやりたがらないような仕事なのだ。


 下手な奴に手を出せば、犯罪者どもから自分の首に賞金を懸けられる危険性すらある。

 居場所を突き止めるのにも、それなりの調査力が必要となるし金もかかるだろう。

 それに、犯罪者側の人間とも関わる必要が出てくる。

 その辺りを嗅ぎまわっていれば、自然と危険なことだって降りかかってくるものだ。

 そんな裏社会に関わるような癖のあるやつを集めた理由は何なのだろうか。

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