第29話 東の国


 一か月ほどの月日が流れた。

 パーティーで姉と踊り、その健康的な姿を周りにアピールして回っていたら、おれにもいろいろなお誘いが入るようになった。

 主に、既婚のご婦人たちからの踊りの誘いである。

 そのせいもあり、今では何も考えずに無心で踊ることも覚えた。


 無心で踊るくらいの方が女性からのウケはいい。

 姉の顔を売り込んでいるうちに、おれの顔が売れてしまったのは計算外だ。

 物取りなのか強盗か、不逞の輩を撃退したこともなぜか広まっている。

 そしてついに努力の甲斐あって、15歳になる一番上の姉に結婚の申し込みが来た。


 相手は新興子爵家の次男で、なかなかの男前だ。

 母マールの心証も悪くないようで、その人で決まりだと思われる。

 要塞を管理する総督家だというが、戦争にでもなればどうなるかわからないので、おれとしては不安になる相手だった。


 軍人ともなると、戦争が起こればその大半が死んでしまうことになる。

 それに遠隔地なので、結婚してしまえば年に一回も会えなくなるだろう。

 城勤めの公務員的な貴族の方が、今生の別れみたいにならないからありがたい。

 それでも要塞の警備なら、他の戦地に向かわされるという事はなさそうだ。


 領地があると収入はいいのだが、会社経営をしているようなものだから、非常に忙しいものとなり、バウリスター家もその例にもれず、母のマールは常に仕事に忙殺されていた。

 今は領地に帰った兄とその嫁が母の仕事を引き継いでいることだろう。

 マールとしては、要塞の管理くらいがいいと思ったのかもしれない。


 アルバートへの魔錬も何とか無事に終わった。

 あれから襲撃もなく、なんとかこの期間を無事に乗り切ることができた。

 成長しきってからの魔錬だったので、かなりの時間がかかってしまったが形にはなった。

 今は魔法を教えているところだが、威力は申し分ないが習得には手こずっている。


「距離の適性がないのに、レオンはどうやって魔法を使うんだ」


 アルバートの疑問に、おれはハウルを出して言った。


「手元でしか魔力操作の必要がない魔法を使うんだよ。こいつなら初速だけで破壊力が出せるだろ。それにおれの家は召喚魔法の血統なんだ」


「なるほど。ちょっとそいつを撃ってみせてくれないか」


 ハウルの形を見ただけでアルバートは全てを理解した。

 適当に地面を撃つと、砂煙が舞い上がった。

 おれが自分の弱点を克服したように、アルバートにも課題がある。


「お前は身体強化が使えないから、重たい装備や機動力に頼った戦い方は出来ない。魔法は使うまでに時間がかかるから、それが問題だな。走って体力をつけて、常に前衛となれる奴と一緒に行動したほうがいい。それに魔法を絶対外さないくらいの熟練度も必要だな」


「そのことなら考えてあるんだ。ここには廃棄魔法を教える奴がいるだろ。そいつに聞いたら鉤爪やら鉤縄やらって魔法があるらしい。あの忍者が使う奴だけど、魔法バージョンはちょっと勝手が違うぞ。極めれば、スパイダーマンみたいに建物の間を飛び回れるようになるそうだ」


「極めればな。魔法を極めるには、たった一つに数年かかる。ちゃんと戦い方を想定して確信をもってからにしたほうがいい。飛び回りながら魔法を使うのは難しいし、練習中に失敗して命を落とすような魔法は危険すぎる。その魔法は事故死が多すぎるから廃棄された魔法だぜ」


「なるほど、それは問題だな」


 少年三人が街の外に出てモンスターを倒せるようになったおかげで、アルバートたちの食料事情はかなり改善した。

 今も三人は冒険者に混じってハントに行っている。

 アルバートもスライムの核集めからは解放された。


 とはいえ城壁の周りでゴブリンを狩っているだけだし、ゴミ処理場の奴らとも揉めたばかりだから、エイミーとアンはアジトの警備から離れられない。

 少年三人の方も、人の動きが無くなる早朝に、ちょっとだけ狩りに行く程度だ。

 本当に食料の確保とミカジメ料の心配がなくなっただけだった。


「それじゃ、初級魔法のおさらいから行くぞ」


「そろそろ中級を教えてくれてもいい頃じゃないか」


「いいか、実戦だと、ここぞという時には初級魔法くらいしか使えなくなる。焦れば焦るほどな。むしろ初級魔法は、いろんな場面に応用できるくらいまで訓練したほうがいい。せめて氷結で散弾くらいは出せないとな。いざとなったら狙いをつけてなんていられないし、お前の魔力量だとガス欠が怖いから、上級魔法はそうそう簡単には使えない。それに連発ができないと極めることもできないだろ。最初に魔力操作が簡単な初級魔法をマスターしておけば、窮地で生き残る可能性はかなり高まるはずだ」


「その銃みたいなやつ、俺には出せないのか」


「物質化ってのはイメージが必要なんだ。まるでそこにあるように思える程のな。心の中で細部まで完璧に作り上げられたイメージを持たなきゃならない。地球でお前が大事にしてフィギュアなんてどうだ。あれを創り出せたら勝手に戦ってくれるんじゃないのか」


 こいつは地球にいたころ、変な魔法少女のアニメにはまって高そうなフィギュアを大事にしていた。

 酔っぱらったおれが棚から落としただけで、烈火のごとく怒っていたのを思い出す。


「さすがに、この世界に来てからはそんなモノのことは忘れちまったな。こっちに来てから頭の中にあるのは鎖と首輪だ。俺を縛りつけて、どん底に突き落とすように仕組まれているとしか思えないようなしがらみの象徴としてな。しかし、そんなもんじゃ役に立たないだろ」


「苦労したんだな。おれはそんなことも知らずに、なに不自由なく暮らしてたよ」


「悪いことばかりじゃない。エイミーにも出会えたし、俺も変わっただろ。今はもう昔のように自分を世界の中心だとは思えなくなったからな」


 おれとしては自分を世界の中心だと思っていた頃のアルバートに戻ってきてほしいと思っている。

 訓練が終わったら、文字を教えて、魔術の教本を買いに一般区画まで行った。

 基本的なことは全て書かれているから、もうおれの助けもいらないだろう。

 最後に金を渡そうとしたら、危険が増すだけだと断られた。

 おれにできることはもうないので、あとは本人次第だ。


「助かったよ。なにからなにまで世話になったな」


「他のグループとの抗争は大丈夫なのか」


「ゴミ処理場の奴らなら問題ないだろう。あそこまでやられたら、もう手出しは出来ないはずだ。一番やばいのは東の国ってグループなんだが、さすがに奴らとの繋がりはないだろうし、今まで揉めたこともない。スラムじゃ住んでる建物で呼ばれるんだが、東の国だけはグループ名だ」


「……おいまさか、売春宿って呼ばれてるのか」


「そう呼ばれてるよ。あれは性病が蔓延して捨てられた売春宿で、他の奴らは何年ものあいだ近寄りもしなかった。こっちの奴らは必要以上に病気を怖がるからな」


 スラムに戻ると、一人のボロを着た男が複数の若い男に殴る蹴るの暴行を受けているところに出くわした。

 ひとりリーダー格らしい銀髪の男が、少し離れたところで眺めている。

 その銀髪の男を見た瞬間、ずいぶん隙のない奴だなと感じた。

 おれには相手の力量を計る力があるが、その男だけはよくわからない。


「おい、いくらなんでもやり過ぎだ。そのくらいにしといてやれよ」


 おれがそう声をかけると、囲んでいた奴らが一斉にこちらを振り返った。

 まさか声をかけてくる奴がいるとは思わなかったという表情だ。


「なんだあ、お前が代わりに殴られるかあ」


 ボロを着た男を率先して蹴っていたチンピラのような男が言った。

 おれは無視して、銀髪のリーダーに向かって話す。


「そこまでやる必要あるのか。どうしてもやりたいなら、おれが相手になるぞ」


「おい、俺を無視してんじゃねえ」


「もういい、やめろ」


 リーダーの男が口を開いただけで、その場の空気が凍り付いたように静まり返る。

 チンピラたちの顔に浮かんだ表情は恐怖だ。


「で、でもよ。こいつ……」


「いい。行くぞ」


 銀髪の男は踵を返すと、手下を連れてさっさとどこかへ行ってしまった。

 誰も逆らわない。いや、逆らわせない静かな迫力があった。

 残された地面に転がるおっさんは、ボロボロにされて虫の息だ。

 おれは怪我を治してやって、その場を立ち去らせた。


「今の奴、知り合いなのか」


 やけに静かになってしまって、呆けたようになっていたアルバートがぽつりと言った。

 おれは王都に来たばかりだし、スラムに知り合いなどいるわけがない。


「いや、初めて会ったよ」


「そのわりに、あっさりと引いてくれたな。あれが東の国のリーダー、つまり、このスラムの支配者だぜ。これで目をつけられなきゃいいけどな。イカレてることで有名な危ないやつだ。よくあんな奴に声をかけたな」


「何の目的でこんなことしてたんだ。あんなボロ着たおっさんが何するって言うんだ」


「さあな、楽しいからとかそんな理由だろう。スラムなんてそんな場所なんだ。とにかく、これ以上は関わらないほうがいい」


「そんなにヤバいやつなのか」


「このスラムを実質的に仕切ってるようなもんだ。大店を持つ商会とか、売春宿をやってる奴隷商たちですら東の国には手を出せない。今まで俺たちがやってこれたのは、あいつらに目をつけられなかったのが大きい。まあ弱小グループに所属してる奴らになんて興味がないんだろうな」


 詳しい話を聞くと、東の国はバラック街と呼ばれるスラムの中心地で活動しているそうだ。

 それ以外にも、商会が使う殺し屋などが住んでいると言われている第四区まで縄張りにしている。

 第四区というのは、まだ建物が残っているスラムにおける高級街で、ゲットーと呼ばれる昔の隔離施設や食肉処理場なんかも含まれるそうだ。


 どうやら、裏社会で一番危ない奴らを仕切っている男らしい。

 あのリーダーの男は丸腰だったところを見ると、魔法でも使うのかもしれない。

 見た感じは身綺麗で、スラムにいるような奴の雰囲気ではなかった。

 あの隙のなさはただ者ではないような気もするが、スラムのボス程度がそんな本格的に戦えるものなのだろうか。

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