第28話 襲撃
「やっぱり才能には恵まれていないようだな」
「そうでもないよ」
強化魔法の適性がないアルバートに、とりあえず氷結の魔法を教えてみた。
スラムの外れで、的を外した氷片が城壁に当たって周囲を白く凍らせている。
城壁は40メートルも離れているから、その距離で魔力に干渉できるなら、距離の適性は最高レベルだろう。
そうなると魔力をコントロールする適性が低いのが課題となる。
それに魔力量も多くはない。
「それじゃ、飯を食ったら魔錬をしよう。魔錬が終わるまで魔法は禁止だからな。今日は魔力操作の感覚を知っておくために必要だったからだ」
スラムのアジトに行って、皆と一緒にオーク肉をかじる。
今日はどれだけスライム核を集めることができたというような話が主だった。
アルバートも昼間には40近く集めているし、おれも参加して20ほど集めている。
「今日もですか。なにも毎日でなくてもいいではないですか」
エイミーが唐突にそんなことを言ってくる。
「毎日やらなきゃ意味が無い」
「私が代わりに相手をしてあげてもいいけど」
と、アンが訳の分からないことを言った。
おれとアルバートは顔を見合わせる。
「なにかと勘違いしているようだ。何をしていると思ってるんだ」
アルバートの言葉にエイミーが立ち上がって叫んだ。
「なにって、その男に体を売っているんでしょう!?」
おれは口に含んでいた水を吐き出してしまった。
なんともすごい剣幕だ。
なるほど、そんな誤解を受けていたとは夢にも思わなかった。
「おい、説明してないのかよ。おれはお前のケツ目当てで通ってくる変態だと思われているらしいぜ」
「驚いた。まさかそんな風に思われていたとはね。俺はレオンから魔法を教わっていただけだ」
今度はエイミーとアンが顔を見合わせる番だった。
「じゃあどうしてギシギシいわせた後に、汗だくで部屋から出てくるのかしらね」
アンはアルバートの言葉など信じずに、そんなことを言った。
汚れたものを見るような目をこちらに向けてくる。
「たしかにアルが魔法を覚えられたら、私たちの生活も変わるわ。だけど魔法は才能が必要なんでしょ。アルには才能があるの」
なぜかエイミーにおれが詰め寄られるような形になっている。
おれはアルバートの希望に応えたいだけだ。
それに、才能なら間違いなくある。
おれが答えようとすると、アルバートにさえぎられた。
「みんなを驚かせるような成果を出したいと思ってる。みんなを驚かせることだけが今の俺のモチベーションのすべてだ」
そんなことを言うアルバートを、こいつもずいぶんと変わったなと思いながら眺めていた。
前世では間違っても、こんなことをいう奴ではなかった。
どのアニメのキャラがどうだとかそんなことしか聞いた記憶がない。
「みんなひっくり返るほど驚くだろうぜ。おれが保証するよ」
「あんなにアルを衰弱させて、魔法が使えるようにならなかったら許さないわよ!」
「やめろ、エイミー。レオンにはおれから頼んだんだ」
アルバートが廃人にならなければ、必ずみんなが驚く結果になるだろう。
それだけは間違いない。
「魔法を教えられるようには見えないけどね」
そう言ってアンはおれを見る。
それはスラムにいてもおかしくないような恰好をしているからだ。
「それで貴方は、その見返りにアルになにを求めるのよ」
「別に何もいらないよ」
エイミーにはずいぶんと警戒されてしまっているらしい。
食事が終わると、みんなは外にスライム核を取りに行った。
アルバートの部屋に行って二人になったところで、思っていたことをぶつけてみる。
「ずいぶんとエイミーに好かれているじゃないか」
「そんなんじゃない。俺がいなくなれば、このアジトは維持できなくなる。今だってぎりぎりで、燃料費がかかる冬にはミカジメ料を払えない。ミカジメ料が払えなきゃ、エイミーは奴隷に落とされることになる。そうなりゃ他のみんなは路頭に迷うだろう。他の派閥の奴らに殺されるかもしれないし、それこそ女の子たちは性奴隷にされるかもな」
「そんな状態じゃ、お前がいなきゃまとまりもしないだろうな。でもあの感じなら、もう付き合ってるんじゃないのか」
「体の関係だけだよ。他の派閥に引き抜かれないように、相手をしてくれてるだけさ。他の男3人もアンが相手して繋ぎ止めてるんだ。普通はこんな売春宿で暮らしたがらないからな。だけど他の三人だって理由があってここに居るのさ。他のチームからの引き抜きの話なら、俺にだって来たことがある」
こいつからそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。
前世のコイツは風俗にさえついて来ない程の潔癖症だった。
それにしても、この世界で女を知るのを先越されるとは思わなかった。
おれがすべての敵を叩き伏せて皆を救うのは簡単だが、それはアルバートがやるべきだと思っている。
こいつには昔のような意味不明の自信がまったく見られなくなってしまっている。
それじゃつまらない。
「始めるぞ。気合い入れろよ」
「本当に魔法が使えるようになると思うか。氷結の魔法は真っすぐ飛ばなかったぜ」
「あたりまえだろ。距離の適性がある分、手元での魔力操作が苦手なだけだ。あと氷結の魔法は氷の欠片を、もっと揮発性の高い液化ガスのようなものに変えて周りを冷やせるようにイメージするんだ。詠唱に頼ってるうちは仕組みを変えられないが、そのうち変えられるようになる」
「だけど魔法は使っちゃ駄目なんだろ」
「おれが来る前にちょっと使うぐらいならいいさ」
魔錬を終えて帰ろうとしたところで、一人の少年が騒がしい様子で飛び込んできた。
「ゴミ処理場の奴らが襲撃してきた! アルバート、来てくれ!」
「おれが代わりに行く、どこだ」
昏睡状態だったアルバートに代わり、おれが建物を飛び出した。
現場に行ってみると、少女たちの中心に腹を押さえた少年が横たわり、おびただしい出血のあとが広がっている。
血に混じって黄色い液体まで漏れ出していた。
内臓を怪我していたので、おれは電撃の魔法で少年を気絶させ、傷口をナイフで広げてから手を突っ込んで内臓を修復し、最後に広がった傷口を癒着させた。
荒っぽいが、持ち合わせの薬がなかったから仕方がない。
傷口を洗うこともできなかったが、こんなところに綺麗な水はないから、少年の抵抗力にかけるしかなかった。
「お願い、レイラを助けて!」
エイミーに手を引かれて、崩れた建物の中に入っていくと、男たちの声と女の子の悲鳴が聞こえてきた。
行ってみれば、三人の男が今まさに女の子の服を引き裂いたところだった。
おれは頭に血が上って、その三人を蹴り上げる。
一人は剣を持っていたが、抜かせる前に殴りつけて昏倒させた。
「こいつらは、なんなんだ」
「ゴミ処理場を根城にしている奴らよ。いきなりやって来て、スライム核を取られそうになったから、ケビンが抵抗して刺されたの。それにレイラにも乱暴しようとして、連れて行かれたのに、私なにもできなかった……」
ひどく殴られたのか、もう一人いた少年も顔じゅうを腫らしている。
その少年は、こちらにやってくると倒れた男のポケットから折り畳みナイフを取り出した。
「こいつは俺のだ。さっきとられた」
そんなもの一つで、6人くらいいた少女たちを守るのは無理がある。
見たところ他の少年二人は、木の棒しか持っていない。
剣を渡してやりたいが、それを狙ってもっと危ないのが寄ってくる可能性もあった。
なら棒で戦えるように仕込むしかない。
しかし、こんなやせ細った少年三人を鍛えたところで、戦力になるだろうか。
それよりは魔法でも覚えさせて、モンスターと戦えるようにした方がいい。
魔力は伸ばせないから、本式の魔術を習うより刻印魔術の方がいいだろう。
稼げれば治安のいいところに住めようにもなるし、魔術刻印を持っていれば襲われにくくもなる。
「お前たちに刻印魔術を入れてやるよ。この近くに刻印屋はあるか」
「施しなんかいらねえ! アルバートの知り合いだからって、お前は仲間じゃない!」
「だけど、お前らが不甲斐ないから、女の子が襲われてるのに何もできなかったんだろ。メンツを気にしてる場合なのかよ」
何を言ったとしても、殴られた少年は頑として譲らなかった。
ただの悪ガキにしか見えないが、何度も騙されすぎて人間不信になってしまっているのだ。こちらの説得に耳を貸そうともしない。
スラムなんて騙し騙されの世界だ。
借金を負わされて、そのカタに女の子を取られるとでも思っているのだろう。
こうなってしまったら、アルバートにでも説得してもらうしかない。
夜になってアルバートが目を覚ましたら、さっそく彼らを説得させた。
やはり知識に長けているから、アルバートは信頼された実質的なリーダーだった。
アルバートの口からであれば、彼らはちゃんと説得に耳を貸す。
今のままだと来月には、この建物を追い出されることもあって他に選択肢はない。
そして刻印屋に行くが、スラムにあった刻印屋では魔法適性のチェックすらできなかったので、冒険者が使う一般街の刻印屋に行った。
自分もと申し出たエイミーとアンを含めた5人に、魔法の素養をチェックさせる。
刻印を入れる前に、アルバートが最後の確認をした。
「本当にいいのか。刻印を持っていれば、抗争の時には命を狙われるぞ。乱暴されるだけじゃすまなくなる。それに魔術刻印なんて持っていたら、ちゃんとした職業に着くこともできなくなるかもしれない」
「いいわ、そのくらい覚悟の上よ」
エイミーの言葉にアンもうなずいた。
話がまとまったようなので、適性に合った刻印を入れる。
魔力が少ないのに上位の魔法を入れてしまっては、一日に一度しか使えないなんてことになり、それこそ切り札にしかならなくなる。
だからおれが良さそうな魔法を見繕った。
アルバートを呼びに来た身体強化型の少年に投げ槍を作り出す魔法を入れる。
距離の適性がなかった腹を刺された少年に、刀身強化魔法。
そしてエイミーに火炎弾、アンに氷槍の刻印を入れた。
殴られたナイフの少年には召喚の才能が有ったので、刻印は入れずに邪魅という下級召喚獣の契約書を買い与えて魔力の同調を教えた。
街で売っている程度の下級契約書だから小型級の召喚獣だ。
魔力の同調はうまくいき、ワニの顎を持つ犬のようなものが呼び出された。
金貨三枚ほどの出費になったが、使いこなせるようになれば戦力になる。
「邪魅は常に出しておいて、建物の見張りをさせるんだ。出してる間も魔力の同調は切らすなよ。刻印魔術の方は使いこなせなきゃ意味がない。使いこなせるようになるまで刻印は絶対他人に見せるな」
おれの言葉に一番反抗的だった、召喚の少年が目に涙を浮かべてお礼を言ってきた。
一番反抗的な分だけ、他人から恩を受けるのに慣れていないし、そのありがたさを理解している。
この世界の少年はみな早熟だ。
生きるための判断や、それにともなう責任を早くから押し付けられる。
「みんな俺より強くなっちまったかな」
と、アルバートが呟いた。
言葉とは裏腹に嬉しそうだが、正しい言葉ではない。
戦力としては、すでにアルバートの方が上だろう。
正統派の魔術師というのは、その対応能力において刻印魔術師とは次元が違う。
逆に言えば、刻印魔術なんてそのくらいのものでしかない。
「アルバートは魔力操作も覚えなきゃならないから、まだ少し時間がかかる。絶対に他のグループに手を出したりするなよ。恨みを晴らしたいならもっと強くなってからだ」
遅くなってしまったので、おれは大急ぎで屋敷に帰った。
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