第27話 刺客


「どうかしら。レオンはどう思われますか」


「とても美しいですよ、姉上」


 綺麗に着飾った姉は確かに美しく見える。

 手に血が滲むほどの力を込めて締め上げたコルセットのおかげか、姉には細すぎるウエストラインが作りだされている。

 殺す気で締め上げろとマールに言われて、おれは酸欠でブラックアウトしかけるほど本気で締め上げた。


 たるんでいた腹がコカ・コーラのペットボトルみたいな形になっている。

 それで苦しくないわけがないのに、本人は涼しげな表情で鏡の前に立っていた。

 これ以降、コルセットを締め上げるのはおれの役目になった。


 母親がおれを王都に残したのは、これをさせるためでなかったのかとも思えた。

 女の美しさにかける執念は、それはもう並外れたものがある。

 香水から化粧品まで、たとえそれが毒であったとしても、美しくなれるのならば、顔に塗るのさえためらわない。


 その三姉妹をパーティーで連れまわすのもおれの仕事になった。

 フロアで踊りながら、その均整の取れたボディラインを他の男たちに見せて回るのだ。

 アンナとしか踊ったことがなかったおれでも、相手が姉なら気兼ねなく動けるから上手に踊ることができた。


 そして領地から送られてきた酒を、パーティーで貴族たちに贈り物として配る。

 これはおれが小さい頃に、酒蔵で蒸留酒の保管方法について親父たちが話していたときに、横から口を出して生まれた酒だ。

 木樽の内側を焼いてそこに酒を入れるといいと、本に書いてあったことにして伝えた。


 おれに言われて蔵に寝かせておいたのを、今になって出してきたらしい。

 高級感を出すために綺麗な瓶に詰められている。

 この世界では自家製のワインくらいしかないから、このウイスキーはかなりの貴重品だ。

 これを今になって配るのは、姉たちを同伴して、その顔を売り込むためである。


 それらの激務をこなしたら、次はお忍びでスラムに行ってアルバートに魔錬を行わなければならない。

 わざわざボロい服を着てスラムを訪れたのは、これで3度目である。

 民家の間にある狭い路地を抜けると、通りを瓦礫が埋め尽くしているようなところに出る。


 ぼろい服を着た男たちが道端でたき火をして昼間から酒を飲み、稼ぎの悪い売春婦が立ちんぼで客引きをしている光景が広がっていた。

 思いつめたような顔をした男が前から歩いてきたかと思うと、いきなりぶつかってこようとしたので、それをかわしながら男の持っていたナイフを叩き落とす。


 ナイフを取り上げると、男はクソッと叫んで走り去った。

 腹でも刺してうずくまったところで、おれの財布でも持ち逃げするつもりだったのだろう。

 回復魔法がある世界とは言え、身の危険を感じれば人間は動けなくなってしまう。

 それを狙った物取りだ。


 本当に地獄のような場所である。

 昼間に見ると、倒れていないのが奇跡のように思える建物に入って、オーク肉をリーダーのエイミーに渡した。

 エイミーは目を真ん丸にして、オーク肉を調理場に持っていった。

 すると調理場から別の少女がやってきて言った。


「アルバートに会いに来たのよね」


「ああ。今、自分の部屋にいるのか」


「ええ、案内するわ。私はアンよ」


 案内などいらなかったが、そのまま素直について行った。

 前とは違う部屋に通されて、狭い部屋に二人で入ることになった。

 お互いの息がかかるような距離で、アンは暑いわねと胸元をはだけさせる。

 まったく暑くはなかった。


「素敵な剣ね」


「まあな」


 胸元から乳首まで見えてしまっているが、それがどういうつもりなのかわからない。

 布の切れ端を集めて作ったであろうワンピースは、かなり野暮ったいものだ。

 どうしたものかと考えていたら、アルバートが入ってきた。


「おい、アン。こいつは俺たちの仲間に入るわけじゃない。勝手なことをしないでくれ」


「あらそうなの。残念」


 アンは逃げるように部屋から出て行った。

 おれたちはアルバートの部屋に行き、魔錬の準備を始める。

 アルバートには魔錬をやめる気がまったくないようだった。

 さっそくさるぐつわを噛んで横になっている。


「あれはなんだったんだ」


「剣の使えそうな奴が来たから、仲間に引き入れようとしたんだろう」


「なるほどな」


 ぎったんばったん暴れ回るアルバートに魔錬を施す。

 そして衰弱しきったアルバートを残して、おれは部屋を出た。

 喉が渇いたので食堂に寄ったら、皆が肉にかぶりついていた。

 涙を流しながら、うまいうまいと言って肉を食べている。


 剣の稽古でもして、ゴブリンくらい倒せるようになれば肉には困らないだろうに、剣が買えないから剣の稽古をしようとも思わないのだ。

 水を貰えないかとエイミーに言うと、木のコップに入った水を貰えた。


「あの、あんまりアルに無茶はしないでもらえますか」


「無茶も何も、アイツがアンタたちのためにやってることだ」


「それでもアルが体を壊したら、私たちはやって行けなくなってしまいます」


「死にはしないから大丈夫だよ」


 そうは言ってみたが自信はない。

 普通なら音を上げるところだが、アイツは死んでもやめないだろう。

 無理をして廃人になってほしくないのはおれも同じだ。

 この世界ではおれしか知らないだろうが、せっかく有益な能力をいくつも持っているのだから、アルバートにはなんとか頑張ってほしい。


 成長した体に魔錬を施すというのは、普通なら精神が持たないくらい危険なことだとされている。

 並の奴には、こんなこと続けられたものではない。

 しかし、あいつにそう言った常識は通用しないのではないかという気もしている。

 おれはスラムを抜け出して、図書館で本を借りてから屋敷に戻った。



 次の日もおれはパーティーに出なければならない。

 パーティーの前に、深呼吸をして筋肉の中に酸素を取り込む。

 コルセットの締めすぎで腕が酸欠になったままでは、ダンスの最中に姉を取り落としかねないからだ。

 ダンスが終わって呼吸を整えていると、身なりのいい婦人がやってきた。


「とてもダンスがお上手ですわ。でも、もうちょっと体のラインを強調するように反らせてやると、さらによくなりますわよ」


 なんとも訳知り顔で、おれのやっていることなどすべてお見通しのようだ。

 話を聞いてみると、このご婦人は娘を6人も送り出した、結婚業界のプロだった。

 その場にいた独身男を、すべて把握している。


「誰にアピールするのがいいと思われますか」


「そんなのわかりきったことよ。新興の貴族家がいいわね。男爵程度ではすぐに没落してしまうわ。それと相手の親にアピールしなければ意味がないわね。でもこのパーティーはハズレかしら。いい男なんて、この場にいるのは貴方くらいのものよ。あの男爵はしみったれ、あっちの伯爵は領地持ちだけど見栄っぱりで借金がありますから、お勧めはできません」


 なんとも的確な助言をするものである。

 おれだけでは相手の財政状況までは知りようがない。

 女性のネットワークは、そういったことまで把握しているらしい。


「そうですか、参考になります」


「私も一度だけお会いしたことがあるのだけど、貴方の結婚相手は素敵な方ね」


「いえ、まだ結婚相手は決まっていませんよ」


「あら、本人にはまだ知らされていないのね。悪いことをしたかしら」


 その言葉にドキリとする。

 最初は兄の話かと勘違いしたが、たしかに年齢を考えれば、おれの候補もそう多くはないだろう。

 条件がある場合は、なるべく早く話をつけておくのが普通だ。

 特に魔法が得意なんて女性は貴族の間では珍しいから、事情通なら当たりがついてもおかしくはない。

 バウリスター家でさえ三姉妹に魔法は教えていないのだ。


「そんな顔をするものじゃありませんわ。貴方のお兄様のお相手なんて、魔法が得意なだけのエッセンハイムのカボチャじゃない。それに比べたら、貴方は遥かに恵まれているわ」


 それ以上は話を聞きたくなかったので、上手く返せずにしどろもどろになってしまった。

 結婚相手を勝手に決められるというのは、思った以上に来るものがある。

 心臓がバクバクいって、おれは必死で柱にしがみついた。

 そんなおれを見て婦人は穏やかに笑っている。どうやら遊ばれたらしい。


「やはりバウリスター家始まって以来の才児と言われていても、結婚相手を告げられた時は取り乱すのね。でも私が言ったことは本当なのよ。悪い相手じゃないわ。女の私から見れば退屈そうな娘ではあるけれど、男の人であれば喜びそうな娘よ。だから安心なさってね」


「あら、顔色が悪いわよ。大丈夫?」


 歓談していた姉たちが戻って来て、顔を覗き込まれるが、おれは姉たちの手を引いて逃げるようにその場を後にした。

 その後は家に帰って、スラムで日課を果たしたが、なにをやっても手につかない。

 次の日になって、昨日の婦人から姉たちにお誘いが入る。


 おれもボディーガードとしてついてくるように言われた。

 あの婦人からアドバイスを貰うのは姉たちにとっても損にはならないから、断るわけにもいかずに、おれは新しく作ってもらったショートソードを携えて同行することにした。

 街を歩くだけだから、大した危険があるわけではない。


 豪華な馬車がやって来て、マールがなにやら話し込んでいる。

 それだけで母は相手を大層気に入ったようである。


「それじゃ、レオン。よろしく頼むわね」


「はい、母上。行ってまいります」


 馬車に乗ってすぐ、婦人の話を聞いた姉たちがよくわからない話題ではしゃいでいた。

 さぞかし有益な情報を持っていることだろうし、世間知らずの姉たちを手玉に取るくらい、このご婦人にとってはわけないことだろう。

 いや、なぜおれはこの婦人を敵視しているのだろうか。


 別に、このご婦人もバウリスター家とお近づきになりたいだけで、悪意があるわけではないだろう。

 ショッピングをして食事をし、少し疲れたから喫茶店に入ろうという事になった。

 そこで飲んだくれた冒険者の男に絡まれる。


「おうおうおうおう、昼間から遊んでていいご身分だな」


 姉たちを庇うようにして、おれが前に出た。

 酒を頭からかぶったような、ひどいアルコールの匂いだ。


「やめとけよ。騎士団がやってくれば殺されるぞ。どうしてもやるなら、さっさと剣を抜いてかかって来い。仲間を連れてくるまでは待てないぞ」


「チッ、ふっざけんじゃねえ!」


 男は剣を抜いてかかってくる。

 酒臭いのに、その動きには結構なキレがあった。

 動きも的確でそこそこ腕もあるが、おれは適当にあしらって転ばせた。

 男は信じられないものを見るような目をこちらに向けている。


「そんな腕で喧嘩なんか吹っ掛けてると、そのうち命を落とすことになるぞ。勝てないとわかったならさっさと逃げろ。殺される前にどこかに行くんだ」


 男が腕をこちらに突き出して、魔力操作の気配を見せた。

 魔法だと気付いたので、おれは剣の先を男の肩に突き入れた。

 この距離だと姉たちに危害が及ぶ可能性もあった。だから、剣で魔力の流れを邪魔したのである。


「殺されるまでウロウロしてるのか。よほどバカなんだな」


 おれは男を立ち上がらせようと思って手を伸ばしたら、男はその手を掻いくぐり、剣を拾うと一目散に逃げて行った。

 その背中を見ながら、どうしても納得できず、なにか引っかかるものを感じた。

 あれほど酒臭くなるまで飲んで走って逃げる?


 それに因縁の付け方が不自然すぎるし、酔っているふりは明らかにブラフだろう。

 それに訓練用の剣のように、刃が潰れていた。

 手入れを怠っていると言えばそうかもしれないが、金に困っているようには見えなかった。

 それに剣の重さでどうにかする大剣の類でもなく、対人用に特化した細身の剣だった。


「はあ、怖かったわあ。レオンたら、ずいぶんと落ち着いているのね」


「本当よ。あれなら、将来はさぞモテる事でしょうね」


 姉たちはのん気に盛り上がっている。

 差し向けられたのだとしたら、いったい誰の差し金だろうか。

 おれの実力が知りたいのか、それとも本気で命を狙ってきたのか、なにを狙ったものかわからない。


「ずいぶんお強いのですね、さすがバウリスターですわ。でもお仲間を呼ばれたら困ったことになっていたのではありませんか」


 と婦人が言った。

 どうもこの人が絡んでいるような気がする。

 態度が落ち着きすぎているように見えた。


「あのくらいなら100人いても倒せる自信がないと、バウリスターは名乗れませんよ」


 おれはそんな感じで返しておいた。

 普通に100人くらいいても敵ではないが、若造がいきがってる感じを出しておいた。


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