第26話 アルバート


「なあ、お前はキヨじゃないのか」


 その言葉で、おれの前世で大親友だった佐々木清史の生まれ変わりは、もの凄いスピードでこちらを見た。

 その反応は自分の突飛な思いつきが正しかったと肯定している。

 こいつも、すぐにおれだとわかっただろう。


 話し方だけでそれとわかるほど、前世では一緒に遊んでいた。

 二人とも前世での面影など微塵もないような恰好をしているが、なぜかわかったのだ。

 なぜか日本語は思い出しにくくて、普段の言葉が出てきた。

 しばらくは、どうしてわかったんだ、そりゃわかるだろ、と問答していたら、急に冷え込んできた空気に体が震える。


「俺は今、アルバートと名乗ってる」


「変わってないな。おれはレオンと名付けられたよ」


 ゲームキャラにも大仰な名前を付ける奴だったと、昔の思い出がよみがえった。

 おれはアルバートを縛っていたロープを切って、コートをかけてやる。

 そして回復魔法の光で、ひどく腫れあがった顔を戻してやった。


「魔法が使えるのか!?」


「そんなに驚くことかよ。それにしても、こんなところで出会うとはな。ひどい腐れ縁だ」


 普通なら信じられないような出来事も、実際に起きてみると不思議と納得できる。

 地球では二人そろって車にはねられ、そして死んだのだ。

 はねられる寸前に、誰かに体当たりされたところまでは覚えている。

 おれだけひき殺されるところだったのに、こいつまで巻き込んでしまったのだ。


 それでも今の今まで、あの場で死んだのはおれだけだと思っていた。

 あいつが無事であればいいなとずっと思っていたが、どうやらおれを庇おうとして一緒に死んだらしい。


「まあ、あの角度で車が突っ込んできたんだ。ふひひ、そりゃ二人とも死ぬよな」


「お前まで巻き込んで悪かったな。それで何があった。その名前は自分でつけたんだろ」


「ああ自分でつけたさ。2歳の時に捨てられて、自分で教会を見つけて保護してもらったんだ。親は名前も付けてくれなかったんだぜ。だけど貧しい教会でな。毎日のように働かされたよ。朝から晩まで魔物の解体をさせられて、誰も食わないような所だけ煮込んでスープを作るんだ。それが俺たちの餌ってわけ。人権なんて概念を知っていた分、余計つらく感じたな。周りは環境に合わせられたみたいだけど」


「そんな酷い目にあったのかよ。今もそこで世話になってるのか」


「いや、10歳で追い出された。その歳になれば自分で食っていけるだろうってな。訓練所に入る才能がない奴は、10歳で追い出される決まりなのさ。あいつらは言わなかったけど、たぶん体でも売って生きろって意味だったんだろうな。最初は教会の炊き出しを食べてたけど、あんな脂っ気のない肉じゃ、タンパク質中毒になって体が弱るだけだ。それで仕方なく、スラムの隅っこで虫やネズミを食いながら暮らしてたら、同じような境遇の奴らに拾われたんだ。今はスライムの核を集めながらなんとかやってるよ」


 ついて来いと言われてついて行くと、アルバートは古びた売春宿のような建物に入った。

 躊躇なく怪しげな建物に入っていくから、おれも驚きながらついて行った。

 建物の上り口で、アルバートと同い年くらいの女の子が、眉を怒らせて立ちふさがっていた。


「ちょっと、今までどこにいたのよ。心配したじゃない。それで話し合いはどうなったわけ」


「ああ、うまくいったよ」


「ちょっと、どうしたの。なんだか雰囲気違うじゃない。それに後ろの人は誰なの」


 アルバートは少女に手で追い払うような仕草をして、おれの方も見ずにこっちだと言った。

 そのままついて行くと、部屋の一つに案内される。


「さっきのがリーダーだ。ここは俺の部屋。一部屋もらえるってのは、結構評価されてんだぜ」


「二人以上で寝られるスペースがあるようには見えないけどな」


「交代で寝るのさ。普通はな」


 どうも昔と違って、アルバートには自嘲気味な雰囲気がある。

 喋り方も昔とは違って、普通の喋り方にも聞こえる。

 さっきは、もう死ぬんだと諦めて昔の喋り方が出ていたのだろうか。

 と言っても、前世でもあんな調子で喋ることは滅多になかった。


「続きを話してくれ」


「ああ、でも大した話はないぞ。それ以来ここでスライム核なんかを集めながら暮らしてる。たまにゴブリンを倒しに行くこともあるがな。怪我人が出るから滅多にはいけない」


「怪我くらい教会で治してもらえるだろ」


「危ないことばかりしているから、もう治してやらないって言われてるんだ。だけど危ない橋も渡らなきゃ、ここじゃ暮らしていけないだろ。脂か糖分が無きゃ生きられないなんてやつらは知らないのさ。小さい奴らの命を危険にさらすのは俺だってやりたくないよ。ここじゃ頼られてるしな。でも、どうしようもない」


「さっきの銀貨3枚ってのは」


「ここを仕切っている奴らに払うミカジメ料だ。今回は用意できなかったから、俺が話をつけてくるはずだった。だけど、今日は大旦那の機嫌が悪かったらしくてな」


「スライム核ってのは、その額も稼げないのか。ほかに戦えるやつはいないのか。ここにいるのは何人くらいだ」


「14人だ。そのうち戦える男は4人しかいない。だから食料調達だけでいっぱいいっぱいだよ。なあ、魔法を教えてくれないか」


「もちろん教えてやるさ。でも、どうして今まで習わなかったんだ」


「誰も教えてくれないんだよ。教会じゃ仕事以外は基本的に放っておかれてたし、ここに来てからは反抗できないように、そんな危険なものは教えてもらえないようになってるのさ」


 地球の知識があれば、この世界の魔法を覚えるくらい難しいことではない。


「お前ならもうちょっとうまくやれたんじゃないのか」


「周りに邪魔されてばかりだ。運が悪けりゃどうにもならない。そっちはうまくいってるみたいじゃないか。お前だけでもマシな生活が送れててよかった。この世界はとんでもなく未開だぜ。想像を絶するくらいな」


「おれは運が良かったんだ。剣も魔法も生まれてすぐに仕込んでもらえたよ」


 アルバートに細かい話を聞いてみると、魔力の存在は感じられるが使い物にならないとのことだった。

 推測するに、強化魔法の適性が低く、そのせいで魔法の才能がないと感じているように思える。

 自然魔法や物質化、距離の適性があれば、魔法は十分に使えるようになるだろう。


 魔力操作の練習だけはしてきたようなので、それも心強い。

 問題は魔力量で、2歳前後までに魔力の許容量を広げてないから、成長で自然に増える魔力量しかないところだ。

  これは大人になってから伸ばそうとすると、相当の苦痛を伴い、悪くすればショックで死んでしまう。


「構わない。殺すつもりでやってくれ」


「マジで拷問レベルらしいぜ。気絶することもできないんだ」


「それでいい。やるのに何が必要なんだ」


 二歳の時のおれですら、歯を食い縛ってなんとか耐えたくらいだから、今のアルバートに耐えられるだろうか。

 やるにしても、なにか噛ませるものがないと歯が折れてしまう恐れがある。


「そんなに焦るなよ。何をそんなに焦ってるんだ」


 アルバートは急に大人しくなって床を見つめたかと思うと、ポツリと「惚れてるんだ」と呟いた。

 たぶんさっきのリーダーだと言っていた女の子のことだろう。


「そんなに焦らなくても逃げやしないだろ。金のことならおれに任せておけばいい。うるさい奴らがいるなら、おれが血祭りにあげてやる」


「彼女は借金を負わされてるんだ。子供だけでミカジメ料を払いながら、食料も集めるなんて不可能なのはわかるだろ。将来奴隷になる約束で、大旦那から金を借りてるんだ」


 おれはさっき見たあどけない顔を思い出して、そんな決断をしていることに驚いた。

 普通スラムにいるような子供は、色んなものに裏切られ続けてきているから、他人のために何かしようなんて思わない。

 しかもスラム出身の奴隷なんて、イコールで売春婦でしかない。


 主人の金稼ぎのために安く身体を売らされ、最後は病死するだけの運命だ。

 そんな過酷な状況に自らを追い込むなんて、普通の人間にできる事ではない。

 スラム出身者のやさぐれ者どもの成れの果てを迷宮都市で何人も見てきているから、なおさら彼女が眩しく思えた。

 おれだってそんな境遇に放り込まれて、他人のために何かしようなんて思える自信はない。


「ヒロイン力があるな」


 これはアルバートの前世に教えてもらった言葉だった。

 もともとはそんな話しかしない奴だった。


「だろ。だから俺は主人公になる必要がある」


 こいつがこんなに決意を固めたのを見たことがない。

 いや、アニメのDVDを買うために餓死寸前までいったのを見たことがあった。

 もともと思い込んだら決意は堅い方だ。

 もうちょっとやる気になってほしいと思っていたが、無力感に打ちひしがれていただけで、こいつなりにやる気は十分にあるようだ。


 金を払ったからしばらくは何もないはずだが、やる気があるなら早い方がいいだろう。

 部屋から出て、ロビーのような場所でリーダーの少女に厚手の布を用意してくれるように頼んだ。

 それでさるぐつわを作って、痛み止めの薬を飲ませたアルバートに噛ませる。


「気をたしかに持てよ。始めるぞ」


 暴れるアルバートを押さえつけながら、おれは魔力を流し込んだ。

 まだ子供だったことが幸いしたのか、魔力を押し込める感触がある。

 かなり強めに押し込まなければならない感じがするので、無理をしているのがわかった。

 半刻くらいしてアルバートは体力が尽きたようだったので、おれも帰ることにした。


 「また来る」と言い残して、おれは屋敷に帰った。

 遅く帰ってきたことをマールに叱られてから飯を食って寝た。

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