第25話 スラムの出会い


 剣を鞘から引き抜くと、眩いばかりの白い刀身が現れた。

 手甲も両手にオリハルコンのプレートが取り付けられている。

 鞘も磨きなおされて、綺麗な輝きを放っていた。


 鍛冶屋で注文通りの品を受け取ることができて、とりあえずホッとした。

 あまり治安のいい街ではないから、高価なものを預けるのは不安がある。

 オルグレン家も人を集めるために治安を犠牲にするのは納得済みなのだろう。

 取り締まりすら熱心にやってないから、街は犯罪者のような奴もあふれている。

 だから公爵はこの街に住みもせず、同じ領内にある別の街に居を構えているのだ。


 金もあったので、色々な店を見て回ったが、迷宮から産出されたものはオークションにかけられるのが一般的なので、店舗に出回っているのは頑丈なだけの量産品ばかりだ。

 薬草などは、さすがに国内随一の品ぞろえという感じだった。

 なので領内で手に入らない薬草も、いくつか買い溜めしておいた。


 着ている服もボロボロになったが、これは家に帰れば何とかなる。

 とりあえず、用事が住んだら王都を目指して出発した。

 10歳になるまでには戻る約束だから、間に合わせなければならない。

 来るときに通った野盗の住みついていた小屋も、完全に撤去されて跡形もなくなっていた。


 あの親子がどうなったかは知らないが、あまりいい結末ではなかったような気がする。

 来るときに泊めてもらった村も通り過ぎて、さらに王都まで近づく。

 かなりのスピードが出ているから、止まりさえしなければなんの危険もない。

 小金虫を見た村で止まって一泊することにした。


 するとおれが開放したであろうロア人らしき人を見つけた。

 片言の言葉で、身寄りのなかった数人が、まだこの街に住んでいるのだと教えてくれた。

 故郷に帰るだけの体力が無かった者も多く、故郷に残してきたものがいなかった人が何人か一緒に残って、仕事を貰いながら面倒を見ていたらしい。


 もともと軍人だっただけあって、彼らは重宝されたようだった。

 体中の入れ墨を汗だくに濡らし、村の倉庫に資材を運び込んでいるところだった。

 おれは街の人が彼らに用意した食事の席に呼ばれて、一緒に食べさせてもらった。

 そこには夢にまで見た白パンがあって、この二年近く黒パンと麦の入った薄いスープしか食べていなかったおれには本気でありがたかった。


 白パンを食べたら家族の顔を思い出して、早く帰りたい気持ちになった。

 彼らも来年の春になったら、故郷を目指して旅立つらしい。

 小さな部族出身の彼らは、徴用されてこんな遠方の地まで流されてきたのだ。

 軍人になる前は飛天流の槍くらいしか使ってこなかったそうである。


 飛天流槍術というのは、この大陸に広く伝わる健康舞踊のようなものだ。

 人やモンスター相手には使えないが、唯一ドラゴンに対してだけ数百人に一人くらいの確率で勝つことがあると言われている武術である。

 本当かどうかはわからない。


 しかしドラゴンというのは、それだけこの地の人に恐れられているという証でもある。

 ドラゴンに襲われるのは、天災に見舞われるよりも、ずっと身近で恐ろしいものなのだ。

 それを見かねた弘法大師のような人が、この世界に広めた槍術だと言われている。

 だけどそこら辺の人が竹槍で習っている槍術なんかでドラゴンが倒せるとは思えない。


 その町で宿に泊まって、次の日には王都に戻ってきた。

 とりあえず約束の期日まではまだ少しあるから、王都で遊んでいこうと思う。

 王都の別邸では、すでに兄貴もいなくなっているだろうから、おれの自由にできるだずだ。

 そう思って王都の別邸にやってきたら、なぜか姉三人と母のマールがいた。


 そういえば姉三人も魔法大学の教養科に入っていてもおかしくない年頃だった。

 アニーとエリーはずいぶんとメイドらしくなっていた。


「あらまあ、ずいぶんと逞しくなってえ」


「ご無沙汰です、母上」


「無事でなによりです。とりあえずお湯にお入りなさい」


 風呂から出るとこっちにあった服はどれも体が入らなくなっていた。

 持っていった服は全て破れて、体に合うのは向こうで着ていたものしかない。

 母に言われて、新しい服をオーダーすることになった。

 出来上がるまでの数日は、まだぼろの服を着ていなければならない。


「やっとまともな顔になったわね。埃で煤けてひどかったわよ」


「どうして母上が王都にいるのですか」


「三姉妹の結婚のためです。いい相手を見つけるために毎日大忙しなのですよ。カーティスは仕事で来られませんから、レオンが来てくれたのは助かるわ。領地には手紙を送っておきますから、しばらくはこちらで私の手伝いをお願いするわ」


 貴族として見本的な立ち振る舞いをする母に、思わず見とれてしまった。

 汚れ一つない服を見事に着こなして、外では一度も見ることのなかった優雅さがある。

 それに、一つ一つの動作には柔らかさも備えていた。


 それにしても、また便利なエスコート役にでもされてしまうのだろうか。

 しばらくは図書館で本でも借りてきて、それを読みながら過ごしてもいいかもしれない。

 この不思議な世界には、おれの解き明かしたい謎はいくらでもあって、そのすべてに興味があるのだ。


 戦いに必要な力は、迷宮に挑戦することで、かなりバランスよく鍛えられているはずだ。

 特にハウルは普通の魔法と比べても射程、速さ、威力の全てにおいて何一つ引けを取らないものになった。

 完成したと言ってもいい。


 距離に適性のある魔術師ですら30メートルも離れたら、ろくに魔力操作は及ばなくなる。

 ところがハウルは、動かない的なら1000メートル離れていても当てることができるのだ。


「その剣は少し大きすぎますでしょうから、小さいものを用意させしましょう」


 スティーブンスが、おれが持ち歩いていた迷宮産の剣を見てそう言った。

 この国では、貴族の令嬢以外に丸腰で外を歩くようなものはいない。

 しかし護衛を連れた貴族は、小さめの剣を持つのが普通なのだ。

 パーティーなどに持っていっても周りに威圧感を与えないようなものがいいそうだ。


 たしかにこんな使い古した感のある剣は、威圧感以外の何物でもない。

 それもスティーブンスが用意してくれるらしい。

 おれは仕立て屋に行って、服の採寸をとってもらった。

 そして以前から持っていた服の仕立て直しもお願いする。


 エステル先生から貰ったケープもだいぶ痛んでいたので、直してもらうことにした。

 剣は自分で注文する必要はないから、そのまま暇になったおれは王都を見て回る。

 こんなに暗くなってから、ひとりで王都を歩き回るのはこれが初めてのことだった。

 すぐに夕暮れになって、明るい方に歩いていくとスラム街に出た。


 昼間とはうって変わって、怪しげな店にも光がともっている。

 ぼろ服を着ているから今日は目立つこともないだろう。

 娼婦が立ち並ぶ売春通りも、華やかな方から薄汚れた方へとランクが下がってくる。

 そしてついに、誰もいない本当のスラム街へと来てしまった。


 ここは治安が悪すぎて、夜にひとりで歩いているものなど一人もいない。

 三人組の怪しい風体をした男が、こちらを見て何事か相談している。

 そんな危険な雰囲気を感じ取ると、どうしても興味本位でそちらに足が向かってしまう。

 近寄って三人組を観察すると、自分の方から近寄ってきたことに呆けたような顔をしていた。


「ちょっと道を教えてくれないか。困ってるんだ」


 三人のうちの一人が、たいして困っていない様子でそんなことを言った。

 相手の善意に漬け込むという、詐欺師の常とう手段である。

 ろくでなしはだいたいこうやって困った振りをして話しかけてくるものだ。


「悪いが力にはなれそうにないな。剣の腕を試したいんだが、ここら辺に斬り殺してもよさそうな奴はいないか」


 迷宮都市で二年も過ごせば、こういう手合いの扱い方にも慣れてくる。

 このくらいふかしておけば、大抵はどこかへと行ってしまうものだ。


「それならいいやつを知ってるぜ。ついてきな」


 この返答は予想外だった。

 おれの脅し文句に驚いた様子もない。

 思った以上に戦い慣れしているのか、おれを子供だと思って見くびっているのか。

 男たちの腕には魔術刻印が見えるから、スラムを根城にする組織の戦闘要員じゃないかと思える。


 鍵のかかった小屋まで案内されて、男の一人が小屋の中に光源の魔法を浮かべる。

 中にはおれと同い年くらいの子供が縛り上げられて転がされいた。

 殴られて顔を腫らし、血と涙でその表情はわからない。

 何かしらドジを踏んだのだろう。

 どうやらおれはまた面倒事に巻き込まれたようだ。


「銀貨5枚でいい。あとの始末はこちらでやる」


「こいつがこうなってる理由を聞いてもいいか」


「組織への上納金をすっぽかしたんだよ」


「こんなところで死ぬことになるとはなぁ。へへへ。だけど俺が選んだことだしなぁ。痛すぎるなんてもんじゃねぇぜ。ふへへっ」


「うるせえ!」


 目の前で縛られていた少年が蹴り上げられた。

 おれは少年の発した言葉のあまりの衝撃に、身体が動かなくなってしまった。

 少年は蹴られても意に介さずに一人語りを続ける。


「そりゃ最初は俺だって期待したよ。だけど、それの何が悪いってんだ。ふひひ、だけど結局のところ最後はこうだ。呪われてるよ。こうなりゃ俺が呪ってやる! 呪ってやるぞ!」


「いつまでも訳の分からねえことを言ってんじゃねえ」


「やめろ!」


 男の一人がなおも蹴り上げようとしたので、おれは叫んだ。

 おれの声に小屋の中が静まり返る。

 三人の男たちはイラついたような表情になっていた。


「どうしたよ。殺さねえのか。それともビビってんのか」


 さてどうしたものか。

 もう少し脅したら引いてくれないだろうか。


「こいつよりも、お前らの方が斬りがいがありそうだ」


「おい! やるならやってやんぞッ!」


 思わず剣に手をかけるが、殺していいものか逡巡してしまう。

 いや、ここは穏便に済ませた方がいい。

 法的な問題はないが、こいつらは組織に属しているから、情報網だってあるだろうし、少年の身内に被害をが出ることも考えられる。


「おれがこいつを買い取ろう。その上納金ってのはいくらだ」


「チッ、なにがしてえんだよ。てめえに払える額じゃねえ」


 脅そうとして興奮させてしまったのが逆効果になってしまっている。

 男たちは、すでに剣を抜き放っていた。

 おれとしたことが、悪い対応の見本みたいなものだ。


「いいから言ってみろ」


 おれはナイアルの触手とハウルを出して、男たちが変な気を起こさないよう牽制する。

 見たこともない魔法を見せられれば、少しは理性的になれるだろう。

 こんなものまで出して、おれも冷静さを少し欠いているらしい。


「ぎ、銀貨3枚だ」


 最初の銀貨五枚というのは、ずいぶん吹っ掛けた値段だったようである。

 スラムの物価は知らないが、そんな金で殺しまでやることが信じられない。

 おれが銀貨を5枚渡して、酒でも飲めと言うと男たちは小屋から出て行った。

 そしておれは縛り上げられている少年に向きなおった。

 そして恐る恐る話しかける。


「なあ、お前はもしかして……」


 おれは床に倒れて、何事かブツブツ呟いている少年から目が離せなくなっていた。

 彼がさっきから発していたのは、日本語なのである。

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