第24話 Aランク
一年半が過ぎた。
ポーターは6人に増え、食料も黒パンに蜂蜜を染み込ませた独自開発の高カロリー食を作るところまで来たが、72階層付近でどうしても進めなくなった。
すでにオリハルコンの剣すら鞘から出せずに、常に消滅の剣だけを使っている。
高速化と弾頭の重量化、硬度化に成功したハウルを撃ち続け、敵はナイアルの触手でできるだけ近寄らせないようにして、それでなんとかさばけるくらいの強敵だらけだ。
ポーター6人は、盾で陣を組んでシロの周りに密集体系を作っているが、おれから離れたら一瞬で皆殺しになるし、盾も気休めでしかなく、たぶん一撃で盾ごとバラバラにされる。
おれでさえ心眼を解いたら、秒で血煙にされるような地獄だった。
もう少しで最下層に行けそうな予感はしているが、シロやポーターを連れてこれ以上先に進むのは無理だ。
もう少し敵を倒すのが遅れていたら、切り離されたキャロルの腕がくっつかないところだったこともある。
命を預かる以上、彼女たちの危機管理はおれがしなければならない。
なんとか魔力をやりくりして、70階層まで戻ってくることができた。
魔力切れでぶっ倒れて、泥のように眠り込んだ。
起きたのは、寝てから二十時間くらいが過ぎた頃だろう。
やはりパーティーを組まなきゃこれ以上は進めない。
それも、おれと同じくらい実力のあるやつを探し出さなきゃならない。
とはいえダンジョン内では親父の召喚獣も意味がないから、エンゾ老人くらいしか心当たりがなかった。
しかし爺さんはおれの道楽になんて付き合ってくれないだろう。
それに年だから、こんな過酷な環境にはなじめない。
やはりここも、この辺りで諦めるしかないようだ。
絡み合うキャロルを蹴り飛ばしてミアから引きはがし、地上に向うことにした。
ポーターは全員女である。
それもキャロルが全て決めたことだ。
たぶんミアと絡み合うのを男に見られたくなかったのだろう。
命の危機を感じて性欲が高まるのか、ミアは見境が無くなっている。
今では隣で何が起きていても寝られるようになってしまった。
「今日のはマジでヤバかったですよ。もう絶対について来たくありません」
「おれだってもう迷宮はこりごりだ。際限もなく敵が強くなりやがる」
キャロルもミアもユイもすでに奴隷ではなくなって、自由市民に戻っている。
他の三人も同じだ。
トレードマークのようだった貫頭衣も捨てて、ホットパンツにシャツにローブーツという格好になっているが、生足を出すのは変わっていない。
「もう潜らないのですか」
「ああ」
6人はホッとしたような顔を見せた。
今回の戦いは本当に怖かったのだろう。
「残念です」
今までほとんどしゃべらなかったユイがつぶやくように言った。
「アンタらはこれからどうするんだ」
「6人で冒険者をする予定です」
キャロルは家を買って、装備を揃えているらしい。
一度でも奴隷に落ちてしまうと、装備を揃えるのが一番のハードルになる。
ギャンブルにのめり込んで装備を手放してしまってからは、とんとん拍子で奴隷まで転がり落ちたそうだ。
「ギャンブルはもうやめておけよ」
「二度とやりませんよ。奴隷の格好で連れまわされるのは恥ずかしくてこりごりです。レオン様に拾われなければ、あのままミアも救えずに終わってました」
常にリュックサックの中身は折半という事でやってきたので、おれの方もかなり金が溜まっている。
ドロップアイテムはキャロルたちが買い取ったり、おれが使っているものもある。
地上に戻って、いつものように魔石といらない装備を売り払い、お別れだという時になってキャロルが言った。
「あの、使っていた剣を売っては貰えないでしょうか。ずっとレオン様の戦い方を見てきたので、その剣があれば戦えるような気がするのです」
刀は砥ぎ直しで細ってしまったので、今はもう捨ててしまった。
最初に買った鉄の剣も途中で折れてしまっている。
今使っているのは、迷宮で出た6本の剣とオリハルコンの剣である。
「まあいいけど、おれと同じように戦うのは無理じゃないか」
「今は無理でも、目標があったほうがやりがいになりますから」
まあ好きにすればいい。
おれの真似をして深層に潜るような馬鹿はさすがにしないだろう。
「じゃあやるよ。ちょうど人数分あるから選別がわりだな」
6人は飛び上がって喜んだ。
短い付き合いだったが、彼女たちにも明るい未来があってほしいものだ。
「でも、私はいいわ。こう見えて魔法使いなのよ」
ミアだけは、そう言っておれに剣を返してきた。
耳元で貴方を相手にできなく残念だったとささやかれる。
もちろん夜のことを言っているのだろう。
彼女にはいろいろなテクニックを教えてもらった。
それで6人と別れて、おれは帰り支度を始めることにした。
まずは迷宮都市で一番腕のいい鍛冶師の所に行ってオリハルコンの剣の打ち直しを頼んだ。
迷宮で出たオリハルコンのインゴットも渡して、痩せたぶんを補ってもらう。
刀のような曲刀にすることも考えたが、使ってみた感じ、力を強化していればそれほど必要とは思えなかった。
頼んだ人は過去に何本かオリハルコンの武器を作っている本物の職人だ。
余った分のオリハルコンは、手甲を作ってもらうことにした。
今は迷宮で出た奴を使っているので、金属部分をはめ替えてもらうことにする。
ここがオリハルコンになれば、魔法を弾いたりすることができる。
オリハルコンのインゴットはとても買い取れない値段だったが、キャロルたちの好意で譲ってもらった。
それらが出来上がるまでは、去ることになる迷宮都市を見学して過ごすことにした。
この都市でも、当然ながら食料を調達するのはハンターたちで、売られている肉も段階ごとに値段が設定されている。
この街には串焼きの屋台がこれでもかというほど立ち並び、それぞれの店が香辛料の配合を競い合っている。
迷宮都市のベーコンは美味しかったので、迷宮で出たマジックバッグに詰められるだけのベーコンを買った。
ショルダーバッグ型のマジックバッグは、見た目よりもものが入る魔法の鞄だ。乗用車のトランクくらいの容量だろうか、中には広々とした空間が広がっている。
これも迷宮から出たもので、おれの買い取りとなった。
こんな程度のものでも、聖金貨レベルの高額なレアだった。
半額とはいえ、それまでに迷宮で稼いでいた額が吹っ飛ぶほどの値段だったので、今でも売ろうかどうか迷っている。
こんな魔道具でも作れないものがドロップする迷宮の奥底には、いったい何が潜んでいるのか見てみたかった。
この街で探索をやっているのは、食い詰めた傭兵や、一獲千金を求めてやってくるハンター崩れのようなものが多い。
探索者ギルドに顔を出すと、顔なじみの受付嬢に声をかけられた。
「ギルドランクを上げる気はありませんか。貴方でしたら簡単なテストだけでBまで上げることができますけど」
「面倒だからいいよ」
ギルドでパーティーを探すのでもなければ、ランクなどに意味はない。
傭兵やハンターの方であれば、依頼料に直結するから上げておいて損はない。
ギルドにとって、おれは見たこともないような高額の魔石を大量に持ち込む謎の男だろう。
「今日はBランクの俺様が直々に相手をしてるんだ。つべこべ言わずについて来い」
明らかに受付嬢の前でいい格好をしたいだけのアホがそんなことを言う。
おれはちょっとBランクというのがどの程度のものか気になった。
「テストは訓練員の仕事だろ」
「今日はお休みですので、代わりの方にお願いしたのです」
「このチビは、どうせ金で買った石を持ってくるボンボンだろ。マスターたちは何を騒いでるんだ。俺が、こいつの化けの皮を剥いでやるよ」
Bランクという男が呆れたようにそんなことを言う。
その言葉を聞きつけたのか、奥の方から恰幅のいい男が出てきた。
「そのような行為は禁止なんだ。実力を示して疑いを晴らしては貰えませんかね」
二人が道を開けたので、この男がギルドマスターなのだろう。
詰め寄られたような形になって、なんだか険悪な雰囲気になってきた。
Bランクの男は隙だらけで、どう見ても強そうには思えない。
おれはしょっ引かれるようにして、訓練場に連れ出された。
「テストじゃ死んでも恨みっこなしだ。せいぜいうまく逃げ回るんだな」
「誰に対して口を利いてるんだよ」
この男はおれに勝てると確信しているらしい。
まあ街にいきなりやって来て、白いケルンを乗り回しながら、大量の魔石を換金していれば疑いをかけられることもあるか。
それに土産話がわりに階級章を持って帰るのも悪くない。
「それじゃ始めるぞ」
「マジかよ。真剣でやるのか。ならこいつを殺してもいいってことか」
男は巨大なバスターソードのようなものを持っている。
そんなものを振り回せるだけでも、強化魔法のレベルだけは大したものだ。
「始めろ!」
おれの話も聞かずにギルドマスターが開始の合図をしてしまった。
凄い勢いで突っ込んできたBランクの男は、飛び上がって稲妻をおれに落としてくる。
前動作なしで出せれば稲妻のスピードなどかわせるわけもないが、開始の合図前から魔力を貯めてるようじゃ話にならない。
おれはナイアルの触手を避雷針にして、雷撃を逸らす。
剣の方はバスターソードが重すぎるのか大振りすぎて、方向転換すらままならず、オークすら追いきれないような動きだった。
「まさか、こいつを殺すのがテストなのか」
ギルドマスターに確認をとろうとしたが、Bランクの男が吠えるので声が届かない。
仕方がないので蹴り飛ばしてBランクの男を柵に叩きつける。
男はなおも雷撃を放ってこようとしたので、その肩をハウルではなく魔弾で打ち抜いた。
弾が貫通してしまったことにちょっと驚いた。
ハウルで撃てばバラバラになってしまうから、これでも手加減したのだ。
「この雑魚がBランクなのかよ。おれに剣を抜かせることもできないじゃないか」
と言ったら、男は激昂して突っ込んできたかと思うと、残った腕でバスターソードをおれに向かって振り下ろそうとする。
それをかわして、もう一度掌底を入れたら男は動かなくなった。
「本当にこんな弱いやつを殺さなきゃならないのか」
「ま、待ってください! 実力は十分わかりましたから」
受付嬢が止めに入ってくれたから、それでテストは終わりになった。
殺さなくても良かったことに少しだけほっとした。
「ギッ、ギルドの精鋭になんてことをッ!」
ギルドマスターの方は、なぜかおれに怒りを向けている。
面倒なことになっても困るから、ここは高圧的にいこう。
「おれをバウリスター家の者だと知ってて難癖をつけてるのか。これ以上面倒なことを言い出すなら、オルグレン公に報告して、お前を僻地送りにするよう進言するぞ。こんなのがBランクなら、おれにはSランクの階級章を持ってこい」
おれがバウリスターだと知ったら、ギルドマスターは急にペコペコし始めた。
効果てきめんで、すぐに階級章を用意しますと言って、どこかへと行ってしまった。
やっぱりバカ相手には権威をちらつかせるに限る。
蒼い顔の受付嬢に、こちらでお待ちくださいと言われて、個室で待っていたらギルドマスターが戻ってきた。
「お待たせいたしました、レオン閣下。ただいま特別に昇級させる手続きをさせて頂きました」
「アンタが持ってきたのはAランクの階級章じゃないか」
「は、はい、今はまだこれしかありませんので、至急Sランクの方も作らせていただきます。窮屈な思いをさせてしまって本当に申し訳ありません。今しばらくだけ我慢していただければと……」
「……一番上の階級を教えてもらえるかな」
「今はAランクとなっております。いえ、今まではAが最上級でございました。ですが明日までにはSランクの階級を至急作らせますので、どうかご容赦のほどを」
これはちょっと恥ずかしい。
一番上と言えばSだと思い込んでいた。
「いやAでいい。それに余計な階級も作らなくていい」
あやうく自慢話にもならないような、訳のわからない階級章を持って帰ることになるところだった。
こいつは貴族が黒猫を白だと言ったら、躊躇なく白に塗るような男である。
おれはAランクの階級章を貰ってギルドを出た。
次にギルドを訪れた時、Bランクの男はバウリスター家の人間に喧嘩を挑んだ馬鹿として名を馳せたらしく、皆からからかわれていた。
別にバウリスターの全員が、おれのように戦いに命を懸けているわけでもないのに、彼らはそういうものだと思い込んでいる。
男を上げてくださってありがとうございますとか言わされていて、たいへんに気の毒だ。
おれが街からいなくなった後も、彼はさぞ勇猛さを称えられることだろう。
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