第23話 迷宮修行


 約束の日にポーターギルドに行くと、例の男が気持ちの悪い笑顔で、腰を低くした揉み手で近寄ってくる。


「これはこれはバウリスター様、お待ちしておりました」


「その気持ち悪い態度をやめろ」


「ちゃんと用意させていただきましたよ」


 キャロルでも心配になったが、今度はもっと小さい女まで混じっている。

 それにしても3人が着ているずだ袋で作られたのかと思うような貫頭衣は、チャイナドレスとミニスカートを合わせたようなセクシーさがあって、これだけの人数が揃うと迫力のようなエロスを感じた。


 さっそくおれは盾と、ポーションベルトを三人に持たせる。

 そして用品店に行って、必要になる大量の食料と食器などを買い込んだ。

 食料は、いくぶん埃が落ちて白くなっているシロの鞍の中にも積み込んだ。

 高級宿では、小屋に止めているケルンの世話もしてくれるようだ。


「酒は誰と誰が必要なんだ」


「二人分お願いします」


 二人分と言われても、何日潜るかさえ分からないから適当に買う。

 そして新しく買った剣を持って、他はキャロルに預ける。

 この剣はいくぶん短いが、とにかく切れ味よりもぶ厚くて頑丈なものを選んだ。

 準備が済んだら、ひたすら下層を目指して行進を開始した。

 浅い階層の方が人が多い分、縄張り争いのようなものまであるそうで、早く抜けてしまうに越したことはない。


「あの男はずいぶんと機嫌がよかったな」


「はい、ボクがいただいたお金で借金を返したから、そのせいだと思います」


 ポーターの三人は迷宮暮らしだからなのか、生白い体をしている。

 ボロ布に穴を空けて、そこから頭を通して紐で縛っただけの格好に、足はブーツですらない短い柔らかそうな革靴を履いているだけだ。

 その上から薄手のローブを羽織り、大きなリュックを担いでいる。


 とにかく急いで33階層を目指した。

 一週間ほどかかって、なんとか33階層に到達することができた。

 驚いたことにキャロルは、あれほど回り道をした階層でも最短ルートを記憶していた。

 今回は勝手もわかっていたので、剣を三本とも新品状態のままでたどり着くことができた。


「盾の使い方はわかるな」


「はい、大丈夫だと思います」


「シロはなんとかして守ってくれ。怪我をしたらポーションを使ってもいい。キャロルはおれに何かあったらポーションを使えるようにしておいてくれ」


 背の高い女が、盾から体がはみ出ないか少し心配である。

 盾を持って走るという行為に慣れていないのか、少し疲れているようにも見えた。

 なんでも二人はキャロルの同郷らしく、問題があればキャロルが代わりに負担するとまで言った。


 そして氷刃の中を突き進むような33階層の攻略が始まった。

 この程度の魔法なら、たとえ当たったとしてもおれならレジストできるので問題はない。

 敵は、ぶ厚いゲル状の物質に覆われた体のど真ん中に剣を突き刺せばそれで倒せた。

 効いているかわからなかったハウルだが、貫通してない程ではない。


 次の階層ではゴーストが出てきたので、鬼魂の魔法で刀身を覆いながら戦った。

 精神体や魂にダメージを与えると言われる強化魔法で、こういった敵に有効なのだ。

 魔力に余裕があるおれにとっては簡単な階層だった。

 36階層では、尻尾の生えたトカゲ人間のような敵が出てきた。


 今までと違うのは鎧を着こんで槍を持っている。

 しかも一体ずつでいるのではなく、必ず二~三体くらいで群れていた。

 槍を受ければ火花が散るので、ここでもまた刃の寿命が問題になる。

 連携が取れているから、どうしてもうまくかわせない。


 おれはオリハルコンの剣に持ち替えて、打ち合いに応じることにした。

 新調した剣より、こっちの方がまだ取り回しがいい。

 ハウルを連打すれば鎧も貫けるのだが、それで倒してもつまらない。

 連携してくる相手を剣だけで倒す練習にちょうどいいと考えた。


 最近になって、ハウルはマシンガンのような形にすればよかったと思うようになった。

 しかしリボルバー型のメリットである取り回しのよさも捨てがたい。

 他にも狙撃銃タイプも欲しいが、スコープは魔法でも作れないだろう。

 まあサブマシンガンが欲しいと言っても、そんな複雑なものが作れたかどうかは疑問だ。


 サリエ先生と爺さんくらいしか相手にしてこなかったから、ここでオークなどではない何かしらの訓練を受けたような槍の使い手と戦う経験が得られたというのは大きい。

 こう来られたら、こう返して、こう動くと、久しぶりに剣のことだけを考え、夢の中でも戦っているようなストイックな生活が遅れていた。


 晩飯を食いながらも、カキーン、コイーンという打ち合いの音が一日中頭の中に響いている。

 そんなストイックな生活を送っているおれの横では、ただれた生活を送っている者もいる。

 新しく入った背の高いポーターのミアは、サービス有りの奴隷である。

 彼女は人前で肌を晒すのには抵抗がないらしく、おれと一緒に水浴びをするような明け透けさである。


 最初は我慢できないと言って、おれを襲おうとしてきたが、性病が怖いし体が反応しないので断った。

 すると彼女は別の人間をターゲットに選んだ。

 それにしたって、おれが寝ている横で盛り上がるのはやめて欲しい。

 さっきからうるさくて目が覚めてしまった。


「どうして一人で大人しく寝られないんだ」


「そんなの寂しいじゃない。我慢できないわ」


 おれに相手をしてもらえなかったミアは、恋人であるキャロルに相手をしてもらっている。

 キャロルは人前で肌を晒すのに抵抗していたのだが、今ではミアに逆らえず、たくましく鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒していた。

 迷宮内には昼も夜もないから、青白い光が常に周りを照らしている。


「こ、こちらを見ないでもらえますか」


 そう言われても、寝ることもできないのだから二人を眺めるくらいしかやることがない。

「こうすると女は喜ぶのですよ」と、たまにミアがサービスで勉強になることを教えてくれるから、見学しているのも悪くないと思える。

 相変わらず子供の体は反応しないが、モヤモヤくらいは感じることができる。


 一般的には、この世界の住人たちは性に解放的である。

 とくに庶民は肉しか食べられないような生活を送っているので栄養バランスも悪く、そんなに長生きできるわけでもない。

 自然と生き方が刹那的になってしまうのも無理からぬところだ。


 しばらくは槍兵と勝手に呼んでいるモンスターを相手にしながら、剣術の向上や近接戦闘でのハウルの使い方などを習得することを目指した。

 一週間くらい同じ階層に居座って相手にしていたら、我慢できなくなったのか今度は背の小さいポーターのユイまでも二人に混じるようになってしまった。

 三人の体力が尽きるまで、おれは眠ることもできない日々が続いた。


 さすがのオリハルコンの剣でも一週間もしたら切れ味が落ちてきたので、細ってしまった刀に強化魔法を纏わせて戦う方法に変える。

 同時に次の階層にも進んだ。今度はまた怪物型のモンスターだったので、飛びついて弱点を攻撃するだけになった。

 長い足を持つカニかクモのような魔物で、胴体と一緒になった頭は、地上から8メートルくらいの遥か上にある。

 しかし本気で飛べば天井まで届くおれにとって問題ではない。


 この生まれ変わった体に、強化魔法の才能があったのは色々とありがたかった。

 今のところ素質的に倒せないという敵は現れていない。

 敵は足の先に赤く光る強化魔法を纏わせているが、飛び上がってしまえば怖くはない。

 しかし、おれの刀と同じように、洞窟内では青い光と混ざって紫に光るこの強化魔法を使ってくる敵が出現したのは初めてのことだ。


 普通に戦えば、かなり恐ろしい相手だと思うのだが、後ろに居る三人に危機感は無いようだった。

 おれが死ねば全滅するしかないだろうに、おれの戦いを見てすらいない。

 少しずつ手ごわくなる敵に、おれはスリルが感じられるようになって楽しさが増した。


 今までやってきた訓練は何一つ無駄になってないし、おれの力が通用しない敵がいないというのも嬉しい。

 しかしもう少しハウルに威力が欲しいと思ったので、出力を上げて使ってみることにする。

 弾頭は柔らかめにした方が今までのモンスターは倒しやすかったが、装甲を持つ相手にはあまり力を発揮できていない。


 だから弾頭を硬くする方に進化させてみようと思う。

 敵が吹きかけてくる糸を掻いくぐりながら、ハウルを撃ちまくる。

 一日中夢中になって撃っていたら、耳にちょうどいい大きさの魔石をはめ込んだキャロルにそろそろ晩御飯の時間ですよと告げられた。


 今回の探索では、アイテムのドロップが非常に良かった。

 指輪や腕輪などに加えて、マントやローブ、そしてついに剣のドロップもあった。

 迷宮の産出品は作りがいいから、かなり高額で取引されている。

 リュックに入れるとかさばるので、キャロルはドロップの槍を持ち、おれの剣を腰に下げて、胸当ての上にローブを着こんでいた。


「いっぱしの戦士みたいだな」


「暑苦しくてたまりませんよ。薄着でいるのに慣れていますからね」


 みんな白い体から湯気がたち昇るほど汗をかいているのだから、そりゃ暑苦しいだろう。

 おれとは違って三人とも強化魔法ではなく自身の持っている体力で勝負している。

 リュックの中身も大部分が食料から魔石に変わって、かなりの重さがある。


 ポーターを増やしてみたが食料の減りも早くなるので、もうすでに帰りのことも考えないといけなくなっていた。

 進めば進むほど、帰りにかかる時間も伸びてしまう。

 それから一週間ほどかけて、38階層に到達したところで引き返すことにした。


 キャロルの指示に従って、とにかく真っすぐに地上を目指して走った。

 そして魔石を全部売って、ドロップアイテムも大したものはなかったので全部売ってしまった。

 剣だけは迷ったが、おれには大きすぎたので売ることにした。


 分け前を貰ったキャロルは、これで奴隷から解放されますと泣いて喜んでいる。

 しかし、次の探索でも付いて来てくれるらしく、あとの二人もまだ解放されるにはまだ足りないそうだ。

 今度は一週間ほど休みを取って体の疲れをとることにした。

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