第22話 キャロル



 次の日は朝早くに起きて、ポーターギルドに向かう。

 昨日と同じ男が、壁にもたれて手持ち無沙汰にしていた。


「で、どんなのを借りたいんだ」


「とにかく体力がある奴がいい。ずっと走って進むから、ついて来られる奴だ」


「迷宮のことも知らないくせに、なに言ってやがる。走って進めるわけがないだろ。どれだけの敵が出てくると思ってんだ」


「いいから注文通りの奴を手配しろ」


「いやだね。初回の奴にそこまで優秀なのはつけない」


 そう言って男が連れてきたのは痩せこけてやる気もなさそうな男だった。

 普通の探索者ならこれでも事足りるのかもしれないが、おれのスピードにはついて来られないだろう。

 仕方がない。またこれに頼るしかなさそうだ。

 おれは首巻のほこりを払って、その模様を男に見せる。


「黙って手配しないと、バウリスター家を敵に回すことになるぞ」


「チッ、これだから貴族様は嫌なんだ。そうならそうと最初から言ってくれ」


 男は奥に引っ込むと、違うのを連れて来た。


「ど、どうも。キャロルと言います」


 男が連れてきたのは、18歳くらいの獣人族の女だった。

 ぼろくて短い貫頭衣から伸びた足には、引き締まった太い筋肉の塊が浮き出ている。

 たしかに体力はあるだろうが小柄なので、荷物をそんなに持てるのか疑問である。

 魔石を詰め込んだリュックなど、米俵の比じゃないくらいに重たくて大きい。


「さあ、一番いいのを用意したぜ。そいつなら一日中でも走れる。前金で銀貨5枚だ」


 まあ本職がそこまで言うなら問題はないのだろう。

 おれは言われた通りに払って、必要なものを揃えるため商店街に向かった。


「あの、たいそうお偉い貴族様だという事で。でもボク、夜の方はちょっとその」


「そんなに緊張しなくていい。そこいらにいる奴隷かなんかだと思って話しかけてくれ」


「そんなことできませんよう」


「それより迷宮探索に必要なものを教えてくれないか」


 話を聞くと、毛皮のマントがあるなら、寝袋はいらないそうだ。

 日持ちのする食料さえあれば、水は水場があるらしく水筒は彼女が持っているそうだ。

 結局、魔石コンロと鍋、食器、食料、それにケルンに荷物を積むための鞍だけ買って出発することになった。


「お酒は買わないのですか。夜は寒くなります」


 おれは彼女の分として、革袋に果実酒が入ったものを買った。


「どこかに荷物を預けられる場所はないか」


「ないと思います。ですが貴族様でしたら衛兵に預けるのがよろしいのでは」


 そうなると、余所の貴族に借りを作ることになってめんどくさい。

 貴族社会は、そういう細かいところで儀礼的なことを要求されるから嫌なのだ。


「高級な宿ならどうだろう」


「それでもいいかと思います」


 おれは一番高そうな宿を一か月分借りた。

 必要かもしれないと持ってきたポーションなどが、どうしても邪魔になってしまう。

 一応キャロルに数個だけ預けておいて、あとの荷物は全部置いていくことにした。

 剣は日本刀とオリハルコンの剣、両方とも持っていく。


 オリハルコンの剣はシロに縛りつけておくことも考えたが、落とされても困るからキャロルに預けることにした。

 そして迷宮に降りて、この悪魔の神殿と言われたら信じてしまいそうな穴蔵の中を歩くことになる。

 キャロルが魔法の明かりを浮かべてくれたので、視界はかなり良くなった。


「最短で下に行く道を教えてくれ」


「はい。まっすぐ行けば大丈夫です。それにしても立派な剣ですね」


 彼女が刀身を確認するために少しだけ鞘から剣を抜いたが、その動きは洗練されているように見えた。

 剣の心得があるのかもしれない。

 オリハルコンの刀身に、少しビビったような顔をしている。


 おれは出てきたモンスターを斬りながら、小走りでひたすら進んだ。

 彼女の言う通り、下に降りる階段はすぐに見つけることができた。

 二階からはコウモリ型のモンスターが出てきたので、ハウルを撃ちながら進む。

 思ったより音は反響しないが、それでもかなりうるさい。


 キャロルは便利な魔法ですねえと感心しながら素早く魔石を集めてくれる。

 一直線に走って下の階を目指し、4階層までたどり着いた。

 ここでゴーレムのような魔物が出て、頭を悩ませる羽目になる。

 ハウルは通用しないし、剣を使えば一発でナマクラになってしまう。


 ナイアルの触手では、それなりのものを呼び出さなければ潰せないし、魔力効率が悪すぎる。仕方なく消滅の剣を一瞬だけ発生させて弱点を貫くことにした。


「たしかに胸のあたりに弱点がある。助かったよ」


「いえいえ、みんな知ってることです」


 アドバイスをくれたのはキャロルで、心臓のあたりにあるコアを壊せばゴーレムは自壊してくれるらしい。

 普通は専用の槍を使うようだった。

 食事をとりながら12階層まで一気に下りた。

 少しでも強い敵には召喚魔法を使っているが、拘束するにも攻撃するにもナイアルは便利すぎる。


「どうして迷宮に入ろうと思ったのですか」


「別に理由なんてない。腕試しと、魔物を倒すための訓練だ。今は最深部に何があるか興味がある」


「でも、それだけの腕があったら、訓練なんていりませんよ。それに、どうしてそんなに魔法を使い続けられるのですか。普通は一日中魔法を使う事なんてできません」


「有名な魔法使いの家系なんだ。それに魔力をそれほど使わない魔法だしな」


「その歳で魔術刻印ではない、ちゃんとした魔法を習ったんですね」


 キャロルに羨望のまなざしを向けられた。

 確かにおれは恵まれている。

 二人で休んでいるのは休憩地点のような場所で、部屋のようになっていて水も出るし、モンスターは近寄らないという場所でもある。

 地面から湧き出た水が窪みに溜まっていた。

 全身汗だくになっていたおれは、裸になると手ぬぐいを濡らして体を拭いた。


 女の人に裸を見られるのは慣れてしまっているので、キャロルの視線も気にならない。

 家では自分でバスタオルを手に取ったことすらなく、いつも拭いてもらっていた。

 服は洗っておくからそこに出しておいてくださいと言われたので、その通りにする。

 水浴びが終わると食事の用意ができていたので、それを腹に収めた。


 しっかり焼かれたベーコンのような肉は、思った以上にジューシーで美味しかった。

 パンも硬めの黒パンだが、カリカリに焼かれているのでスープに浸して食べたら普通に美味しく感じられる。

 有能なポーターというのは実にありがたい存在だった。


「美味しかった。おれはワインを飲まないからキャロルが好きに飲んでくれ。寒かったらシロにくっついて寝ればいい。それじゃお休み」


 おれは熊皮のコートにくるまって横になった。

 寝袋はいらないと言われていたが、場所を選ばないと体が痛くてしょうがない。

 シロも乾パンを食べておれの横にうずくまった。

 朝になって起きあがると、すでに食事の支度もできていて、服も乾かされていた。


「本当に有能だな」


「このくらい普通です」


 強化魔法で刀身を光らせ、ひたすら敵に刀を振り下ろす。

 爺さんに教わった剣術がどこまで通用するのか、まずはそれを試したい。

 三日かけて23階層まで下りても、特に困るという事はなかった。

 敵はなぜか金属っぽい剣や槍を持っているが、大した動きじゃない。


 しかし相手の攻撃を刀で受けると、激しい火花が散るので、切れ味が持つのか心配になってくる。

 盾はないから、どうしても剣で受ける必要が出てきてしまった。

 相手の動きを利用しながら、急所に必殺の一撃を打ち込むというのを一日中見ていたキャロルが言った。


「絶対に負けない剣術ですね」


「今のところはな」


 迷宮内にいると明るいキャロルの性格に助けられる。

 無駄話でもしていないと、自分が何をやっているのかさえ分からなくなりそうだ。

 25階を越えると、敵が魔法を使ってくるようになった。

 放たれたファイアーボールを、ナイアルの触手で撃ち落とすが、いちいちナイアルを召喚していたら魔力が持たなくなる。


 防御壁の魔法では、いざという時に後ろに居るシロとキャロルを守れない。

 金属の武器と打ち合って、もはや切れ味などなくなった刀からオリハルコンの剣に変えた。

 これなら魔法は打ち返せるし、強化魔法がいらないから魔力も温存できる。


 かれこれ一週間も潜っているので、キャロルの表情にも疲れが見え始めてきた。

 おれは身体強化を使っていれば、特に疲れることはない。

 34階で氷刃の魔法を使ってくる相手に苦しめられた。

 氷のつぶてが多すぎて、撃ち落としきれない。


 シロが悲鳴を上げて、どこかへと行ってしまった。

 キャロルも大きなリュックサックの陰に隠れている。

 あのリュックに穴が開いたら、魔石なんてほとんど持って帰ることができなくなる。

 敵は体表がゲル状の物質に覆われているので、ハウルも効いているのかわからないし、この氷刃による弾幕の中を近寄るのも難しい。


 このまま手をこまねいていてはキャロルに被害が出るかもしれない。

 おれは心眼をつかって弾幕をなんとか掻いくぐり、強引に距離を詰めて飛び上がると敵の後ろに回った。

 着地と同時に敵の首に剣を突き刺す。

 この階はキャロルに盾でも持たせなければ、どうにもならないだろう。


 しかしそんなアイテムは出ていないし、手に入れる方法もなかった。


「今の動きはなんだったんですか」


「目と頭の中を強化する魔法だ。周りがスローモーションになるから体を正確に動かせるようになるんだ」


 そのせいでだいぶ魔力を使ってしまった。


「どれだけ手札があるんですか。まだ隠し玉があったことに驚くというより呆れました」


「これが最後だよ」


 かなり打ち解けて、キャロルは普通に話してくれるようになっている。

 おれとしても本来は年下だから、偉そうに話すのも苦にならない。


「さっきの敵だけどさ、普通の奴らはどうやって倒すんだ」


「普通はこんな階層まで来られません。私は話にも聞いたことがありませんよ。私の最高到達階層は23階までです。それも8人のパーティーでですよ」


 そういえば混みあっていたのは15階層くらいまでだった。

 洞窟内でも使える幻想級以上の召喚獣を呼び出せるのなんて、世界広しと言えどもおれくらいなものだろうから、迷宮と相性が良かったのかもしれない。

 キャロルも最初はやけに怯えていたのに、途中からはおれの剣の腕に疑問を持たなくなったのか、普通の顔をしていたから気が付かなかった。


 シロが戻ってきたところで、いったん引き返すことにする。

 キャロルのリュックはもう魔石でいっぱいだから、どちらにしろこの辺りで引き上げるしかない。帰りは帰りで大変な道のりだった。

 しかも帰り道に出た魔石はほとんど捨てることになってしまった。


 キャロルは低層で出た魔石と入れ替えようとしていたが、リュックの底の方に溜まっているからいったんひっくり返さなきゃ無理だ。


「魔石はいいよ」


「でも、さすがにもったいないと思いますよ」


「いやいい。もし気になるなら、おれの取り分は最初の方に出た小さい魔石でいい」


「おれのとりぶん、とは何でしょうか」


「魔石は半分おまえにやる。お前も命を懸けたんだから正統な取り分だ。もちろんおまえを雇うのに使う費用は引くけどな」


 キャロルはいきなり慟哭して、泣きながら一生ついて行きますとか叫び出した。

 どんだけ搾取されていたのだろうか。

 それに、こんなのに一生ついて来られても困る。

 こいつはそこそこ稼ぐ探索者になれそうだったのに、ギャンブルにはまって奴隷に落ちたような奴なのだ。


 それに獣人族は気が短いから、対等な関係だと人族とは相性がよくないという言い伝えもある。

 なのに家来か奴隷の間柄だと非常にうまくいくという、不思議でもない相性論があるのだ。


 久しぶりに太陽の下に出たら、あまりに強い日差しに眩暈がした。

 時刻は、ちょうど昼過ぎくらいだった。

 まずは探索者ギルドに行って、魔石を全部売り払った。


 ついでにドロップアイテムの腕輪やらなんやらも全部売り払う。

 金額を折半することで話しが付いていたので、それをキャロルとわけた。

 ポーターギルドに行くと、例の男が驚いた顔をしていた。


「生きてやがったのか」


「三週間分だな。いくらになる」


「大銀貨10枚でいい。今まで迷宮に潜ってたのか」


「それ以外に何がある。三日後に使えるポーターをキャロルとあと2人用意しておいてくれ」


「その2人は私に選ばせてください」


 とキャロルが言ったので、おれは頷いておいた。

 とりあえず三日くらいは体を休めよう。

 キャロルがギルドにいた知り合いと抱き合って喜んでいる。

 三週間もいなくなったから本当に死んだと思われていたようだ。


 三日間の間に、刀と剣を研ぎなおしてもらい、大きめの盾を3つと、砥ぎ直すための道具、それと予備の剣を一つ買った。

 刀の方はボロボロに刃こぼれしていて、砥ぎ直しでやせ細ったから、次の探索では折れてしまうかもしれない。

 このままいけば金属の鎧をまとった敵も出てくるだろう。


 やはり剣はこちらで一般的なものの方が良いようである。

 そこまでの相手を倒せるのかどうかわからないが、準備しておく必要はある。

 次の探索で相手をするのは、鎧で全身を覆って、魔法を使い、半端ではない膂力にまかせて攻撃を放ってくる相手だ。考えただけでもかなりの脅威である。

 それに攻撃魔法だけでなく、強化魔法を使ってくる相手が出てくることも考えられる。


 身体強化と刀身強化、この二つを同時に使えば金属ですら切れてしまう。

 そこにモンスターの膂力が加われば、もはやどんな楯や鎧があろうと防げない。

 しかし、そういった実践的な魔法を使う相手と訓練できる機会に恵まれるのなら幸運と考えるべきだ。

 そして消滅の剣を使うなら、ポーション類も持っておかないと危ないという事に気が付いた。


 すごい勢いで魔力を消費するので、気が付いたらガス欠という事もある。

 使いやすい召喚獣なので、迷宮内では使いたくなることも多かった。

 持ってきたポーションもあるが、錬金術用品を扱っている店で道具も使わせてもらえるらしかったので、せっかくだから自分で作ることにした。

 軟膏くらいしか作ったことはなかったが、店の婆さんが事細かに教えてくれるので何とかなりそうだ。


「そんなに傷の多い手で作るもんじゃないがね。傷口を近づけたら、それを塞ぐために薬の魔力が無くなっちまう。その最初に作った奴は駄目じゃろ。捨てんさい」


 手に細かい傷が沢山あったので、最初にできたものだけは捨てる羽目になった。

 しかし他のものに関しては、変わった作り方だが、できたものは悪くないと言ってもらえた。


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