第21話 迷宮都市


「立派な作りの剣だ。見せてくれ」


「他人には貸せないよ」


 こんな男に剣を渡せば、まず返ってくることはないだろう。

 剣は自分の命と同じように扱えと、サリエ先生にさんざん言われてきた。

 そんなことを思い出すまでもなく、無法の荒野で剣を他人に預けることは自分の命を預けるに等しい。


「マッサージをしてあげましょう」


 そう言って、おれが断る前に女が腕をさするふりをしながら、しれっと魔術の刻印がないか確認してくる。

 本当にろくでもない夫婦だ。

 この世界には刻印魔術というものがあって、簡単に特定の魔法を習得する方法がある。

 しかし、他の魔法を使いにくくなるから、正統な魔術師はそのようなすべに頼らない。


 小さな小屋の中に四人もいるから、せま苦しくてしょうがなかった。

 何度追い払っても、子供がおれの剣に手を伸ばそうとするので、おれは早々に退散することにした。

 子供にまでそんなことを仕込んでいる連中と関わるべきではない。

 それに日が出てきたから、少しだけ外も温かくなっているはずだ。


 外に出ると、もう一人の男がシロをどこかに連れて行こうとしているところだった。

 その男に声をかけて、手綱をひったくるようにして奪う。

 一家が外に出てきて、おれをしきりに引き留めようとするので、剣の留め金を外すそぶりを見せたら引き下がった。

 そしておれはシロの首にかけていた魔道具が無くなっていることに気が付いた。

 このような場合の対処法もピエール先生から学んでいる。


 親切なふりをする相手に対しても、気兼ねなく悪だと断じて敵対する姿勢を見せるのが正しい対処法である。

 間違いかもしれないなんてことを気に掛けたり対立することを恐れるのは、それだけ対処が遅れて、さらなる事態の悪化を招くだけになる。

 まさかこんな教えが役に立つ日が来るとは思わなかった。


「このケルンの首に掛けられていた魔道具をどこにやった。返さなければこの場でお前たちを処刑するぞ」


 剣を抜くと、さすがに三人は怯んだ様子を見せる。

 子供の両親二人に、叔父が一人というような構成なのだろうか。

 三人はおれの態度があまりにも落ち着きすぎているので、子供とはいえ襲うかどうかを決めかねている様子だ。

 この世界には成人しても子供のように見える種族がいるというのもある。


 それにしても本当に面倒なことになった。

 あの親切な老婆の忠告には素直に従っておくべきだったのだ。

 この世界には警察などないから、捕まえて引き渡すなんてことはできない。

 領地の治安を守るのは騎士と領主の責任である。

 ここはバウリスター領ではないが、最悪の場合は覚悟を決める必要があるかもしれない。


「し、知らねえよ」


「ならば全員この場で処刑する」


「ま、待ってくれ! こ、ここにある」


 男が放り出した首輪を拾ったところで、後ろに回り込んでいたおれより2つくらい年上の子供が短剣を持って突っ込んくる。

 おれがそれをひょいとかわすと、短剣は子供の父親であろう男の肩に突き刺さった。

 男はうめき声をあげたが、命にかかわるような傷ではない。


 ぽたぽたと血が流れ、土に染みを作って周囲は静けさを取り戻した。

 子供と女はオロオロと取り乱し、男二人は戦意を喪失してしょげかえっているよう見えた。

 子供を捨て駒のように使っていることに、なんとも言えないやるせなさを感じる。


「こんな暮らしをしていれば、そのうち騎士団がやって来て本当に処刑されるぞ。どこかの街に行って、真っ当な暮らしをしたらどうだ」


「街に行けば、俺たちゃ縛り首だ!」


「なら他国にでも逃げるんだな。残忍な方法で処刑されるよりマシだろ。ここの領主は見逃してくれるほど甘くない」


 こんなことを言ってやる義理もないが、こんなことを続けていれば騎士団に討伐されるのも時間の問題だ。

 ここの領主はオルグレン公爵家であり、こんな外聞の悪い連中を野放しにしておいてくれるような甘い人ではない。

 資金もあるし、ひとたび噂を耳にすれば討伐を躊躇する理由はないはずだ。


 このろくでもない両親と男の方はどうなってもいいが、子供が殺されたり奴隷として売られてしまうのは気の毒に思う。

 犯罪奴隷の末路なんて悲惨なものだ。

 正直、大人三人はこの場で切り捨ててしまってもいいのだが、それでは路頭に迷う子供が不憫すぎた。


 大の大人が三人いて斬りかかっても大丈夫か逡巡する相手に、子供を最初にけしかけているのだからふざけている。

 しかしこれ以上関わりたくなかったので、おれは持ち物を慎重に確認してから、その場を離れた。

 荷物は無事だったものの、本当に気分が悪い。


 迷宮都市に着いたのは、その日の昼過ぎ頃だった。

 おれもシロもだいぶ埃で薄汚れていたので、白いケルンは特に驚かれることもなく中に入ることができた。

 都市の中は、城壁のように高い頑丈そうな建物が並んでいて、街は行きかう人で溢れていた。人口の多さで言えば王都に匹敵するかもしれない。


 さっそくおれは迷宮への入り口を探しだして、その中へと入ってみることにする。

 迷宮の中は壁が青白く発光して、まるで人の手によって作られたかのように、奇妙なほど整って見えた。

 こんな迷宮が自然に出来上がるわけがないから、なんらかの大きな意思が働いているのは確かなようだ。


 神か悪魔か、人間には計り知れない存在によって作られたものじゃないのだろうか。

 空気が流れているわけでもないのに息苦しくもないし、外のように寒くもない。

 現れたゴブリンの亜種みたいなモンスターを倒したら、モンスターの体は消えてなくなり、その場には魔石が一個落ちた。

 この自然現象として明らかにおかしい事象は、大いなる神の意思と呼ばれている。


 それ以外の説明ができない程には、確かにおかしな現象である。

 迷宮内は広く、トンネルよりも広い半円形の闇がどこまでも続いていた。

 モンスターを肉にできないから、日帰りだとしても水と食料は持ってこなければならない。

 それもかなりの量になるだろう。


 それに魔石というのは結構入れておく場所に困る。

 一日中モンスターを倒したらかなりの数になるし、それなりの重さがあった。

 荷物持ちを雇う必要があるかもしれない。

 シロの鞍も荷物が詰めるようなものに替える必要がある。


 この迷宮から産出される魔石は、主にエネルギーとして使われるが、熱に変換しても同程度の大きさの石炭などとは比べ物にならないほど発熱量が多く、その価値は大きい。

 それがオルグレン公爵家が管理する迷宮都市からあがる主な収入源である。

 国内には他の迷宮もあるのだが、規模と大きさと産出される魔石の量では他と比べ物にならない。


 魔石は倒したモンスターを形成する魔力が結晶となっているという説があるが、消滅の剣で倒しても他と変わらない大きさの魔石へと変わっているので、たぶんその説は間違っている。

 この迷宮における魔石というのは、悪魔のような存在が作り出した、人間をおびき寄せるための撒き餌ではないかという気すらした。


 迷宮の中には宝箱があったり、モンスターがアイテムなどを落とすこともある。

 そこまでいくともう人間の習性を知った者の意思が介在していると考える以外にない。

 その日は二階層までモンスターを倒しながら進んだが、戻りのことも考えるとかなりの時間を消費していた。


 もし本気で迷宮を攻略するなら、かなりの日数をかけて、それも相当な食料を持ち込んでの攻略が必要になる。

 迷宮ギルドで情報集めをしてみたが、どうやらパーティーを組んで攻略するのが一般的なようであった。

 パーティーがいれば、それだけ運べる荷物の量も増えるので、長い時間を探索に充てることができるということだ。


 おれは戦力的に考えて誰かと組むという気にはなれないので、持ち物係としてポーターを雇うのがいいのではないかと考えた。

 ポーターに食料を持たせ、それが全部魔石に置き換わるまで探索を続け、帰ってくるというのが一番効率よく探索できるだろう。


 このポーターという荷運び屋は、迷宮都市において一般的な職業となっている。

 そのためポーターギルドの支部が、そこいらじゅうにあるくらいには普及していた。

 迷宮から出て、情報収集がてらポーターギルドに顔を出してみると、奴隷のポーターを貸し出している業者を見つけることができた。


「初回はサービス有りなら一日銀貨4枚、なしなら銀貨3枚だ」


 狐のような赤茶けた耳を生やした、いかにもずる賢そうな男がとんでもない早口で言った。


「サービスってのは」


「夜に抱かせるサービスだよ。体力があるから、そこいらの娼婦よりも具合はいいぜ。長く迷宮に潜ってりゃ必要になるだろ」


「値段がちょっと高すぎるんじゃないのか。荷物を運ぶだけだろ」


 銀貨一枚がもとの世界の一万円くらいだから、荷運びとしてはかなり高い。


「そりゃお前がポーターを借りたとして、お前が死ぬだけならいいが、普通はポーターも一緒にくたばっちまう。安く貸してたら元なんか取れっこねえ。悪いがどんなに交渉しても安くはならないぜ。最近は奴隷の数が少なくて値段も高いんだ。稼げもしねえ奴に貸し出す馬鹿なんざいねえよ。だから他を当たっても無駄だぜ」


 つまりは迷宮探索が十回に一回死ぬほど危険なら、奴隷の値段の一割は最低でも貰わないとやっていけないというような事が言いたいのだろう。

 少なくとも初回、要するに自分の腕を証明するまでは相場より高い金額を要求されてしまうらしい。


「ポーター用の奴隷を売ってくれないか」


「ポーター向きな奴隷かどうかなんて買ってみるまでわからねえんだ。こっちも数を揃えんのには苦労してんだぞ。そうそう簡単に自分の手持ちを売るような奴はいないだろうぜ。黙って俺から借りとくのが身のためだ。俺んとこのポーターなら坊主のお守りもできる」


「子供だと思ってなめてると痛い目を見るぞ」


「へっ、どうだかな。たしかに剣を習った人間の物腰のようだ。だが道場稽古が通用するような世界でもねえ。お前みたいなのは、案外早くくたばるもんだぜ」


 背伸びして凄んでみたが、目の前の男はなめきった態度を崩そうともしない。

 そりゃ毎日屈強な探索者を相手に交渉しているのだから当たり前か。

 それにこの男の言う事も一理ある。

 迷宮のことを知るにも、最初は腕の立つポーターを雇うのが一番いいだろう。

 おれには迷宮内の仕様すらわからないのだ。変な罠にはまって死ぬようなことがあってもつまらない。


 いいポーターを雇いたければ、朝早くに来いと言われたので、おれは宿をとることにしてその場を立ち去った。

 オリハルコンの剣を持って来ているので、奴隷ではないポーターと契約するにはリスクが大きすぎる。

 自由市民には、どうしても持ち逃げされるリスクがあった。


 奴隷なら逃げた時点で逃亡奴隷となるから、盗まれるリスクは考えなくていい。

 奴隷印の確認は色々なところで見てきたし、生死問わずで礼金を貰えるから見過ごされるという事はない。

 この国では奴隷が逃げたところで行き場所などないのだ。


 なんとなく安宿に入ってしまってから、金はあるのだから高い宿に入ればよかったと後悔した。

 一階の酒場から聞こえてくる怒声と、両隣から聞こえてくる嬌声に、部屋に入ってすぐ後悔する。

 安宿なんて売春婦を連れ込むためのものだし、そんな連中が出入りしている宿は治安も悪い。


 しかしケルンを部屋に入れても何も言われなかったのは、この汚さのおかげだ。

 おれは外で買ってきたパンとハムで夕食にした。

 シロにはパンを与える。

 シロの頭をなでながら、その日はそのまま眠りについた。

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