第20話 魔族と山賊


 とりあえず夜になって、一緒の部屋で寝ようとするアニーとエリーの二人を、8歳であることを理由にメイド用の部屋に追い返した。

 こっちの人類が何歳くらいで精通するのか知らないが、二人の体を見てもモヤモヤするくらいの感じしかないのだからしょうがない。

 いくらなんでも早すぎるというものだ。


 夜になったらアニーとエリーが夢の中にまで出てきたので、次の日は早朝からシロに乗って王都の外に飛び出した。

 まるで煩悩に支配される寸前のような状態だ。

 とにかく体を動かして疲れてしまおう。

 朝早くだというのに、城壁の外では馬車に乗ったハンターたちが、この時間から魔物狩りにいそしんでいた。


 冒険者たちのメイン武器は槍がもっとも多いらしく、特別に強化魔法に優れたものが大剣を持っているような印象だった。

 大剣の方が重いので、それだけ強化魔法のサポートを必要とする。

 そもそも、あれほど大きい剣なら持って歩くだけで、強化魔法が必要になるだろう。

 この大剣は防御において本領を発揮する。


 王都の周りにはオーガなどが当たり前のように出る。

 他にもレッドボアという、ボアの強化版のような魔物がとても危険な存在である。

 暗闇でこいつに襲われたら、腕の立つハンターがいても全滅することがあるそうだ。

 そんな場所において、攻撃力が頼りなく折れることすらある細身の剣など人気がないのもわかる話だった。


 おれはとにかく駆け回って、苦戦してそうなハンターを助けたり、自分で狩ったモンスターを犬守の所に届けたりする。

 軽自動車くらいありそうなレッドボアの突進を受け止めてみたが、ウエイト差がありすぎて強化魔法を全力で使っても吹き飛ばされた。


 これなら、普通は大剣くらいがないと太刀打ちできそうにない。

 次の突撃をかわしながら心臓を一突きにして仕留める。

 消滅の剣も一応ためしておこうかと、わざわざオーガを探し出して倒した。

 なんの手応えもなく、巨体の半分くらいが消し飛んでしまった。


 森の中を走り回っていると、コウモリのような魔物が大量に飛び出してくる洞窟を見つけたので、そこでハウルの練習をしてから家に帰った。

 狂犬病にでもなったら困るから、コウモリを撃ったりはしていない。

 あまり疲れていなかったので、家の庭で素振り用の重たい剣を体力が尽きるまで振り続けた。

 おかげで、その夜は泥のように眠ることができた。


 次の日、バウリスター領に帰る両親を見送ると、がらんとした屋敷におれはひとり取り残された。

 アニーとエリーは、この家のメイドから仕事を教わっているようだ。

 兄貴は両親が帰ったのをいいことに、外に飛び出して行ってその日は帰ってこなかった。

 兄貴の婚約者については、そんなに悪い人にも見えなかったから、案外うまくいくんじゃないかと思っている。


 そもそも化粧品にもろくなものがないような世界だから、素顔が綺麗な人なんてのは滅多に見れるもんじゃない。

 それで言えば、バケモノなんて呼び方をするのはひどい話で、普通くらいなんじゃないかと思っている。

 たいがいは見慣れたら、それなりに見えてくるものだ。

 奴隷やらなんやらで美人に囲まれ過ぎていた弊害なのだろう。


 それから一か月ほど家令のスティーブンスと一緒にあいさつ回りをしたり、パーティーに出たりしていた。

 一度だけ教会の礼拝にでたら、ロレッタが救世の巫女として紹介され、厳かな雰囲気で突っ立っているのを見つけてしまった。

 向こうもこちらに気付いたが、おれは笑いをこらえるのに必死だった。


 なにか文句を言いたそうな顔だったので、おれは礼拝が終わると同時に逃げた。

 そして親父との王都でしばらく暮らすという約束を果たしたので、おれはシロに乗って迷宮都市を目指すことになった。

 荷物もほとんど持たずに、シロに飛び乗って王都の別邸をあとにする。

 ズドドドという全力疾走で街道を一気に駆けていた。


 そしたら途中の街で厄介な一団に出くわしてしまった。

 蟻のような蜂のような、まるきり昆虫の見た目をした魔族の集団だった。

 始めて魔族を見たおれは、本の中に出てきたそのままの姿に驚いた。

 まるで路上販売でもするかのように、道の脇に並んで突っ立っている。


「オマエ、ドレイカエ。トテモ、ヤスイ」


 こいつらが連れているのは、首を紐でつながれた人間族である。

 今魔大陸と戦争しているのは、遥か南方の国ロアだったはずだ。

 だから、こいつらが今連れているのはロア人という事になる。

 こんなところまで徒歩で連れてこられて、彼らはひどく衰弱しているように見えた。


 この魔人族に正式な名称があるのかは知らないが、この国では小金虫と呼ばれていた。

 小銭を集める習性でもあるのかというほど、とにかく商売に熱心なのである。

 魔族と人間は何度も戦争をしているので、魔族というだけで敵対種族と見なされる。

 こいつらが人間族の土地で襲われないのは、その習性による理由からだった。


 その見た目通り、蟻や蜂と同じで一族全体が一つの生命体のように動くのだ。

 女王以外の全員がまったく同じ遺伝子を持つクローンのようなものだから、自立した個体なのに個などと言う概念はなく、一体一体は手足や髪の毛のようなもので、大多数を占めるソルジャーと呼ばれる個体には生殖能力すらない。


 だから女王以外の個体には命を惜しむなどという概念もないのである。

 もし一匹でも殺してしまえば、一族全体でやってきて復讐を果たすまで、たとえ全滅してでも絶対に引くことはないと言われている。

 それで女王蟻だか、女王蜂だかが生き残っていれば復活を果たすのだからたちが悪い。


 女王さえ死ななければ、それは彼らにとってそれは死ではない。

 今、目の前にいるのは女王のためだけに生きる生殖能力すら持たないソルジャーに分類される個体の一団である。

 人間族の土地で人間族を売る彼らを快く思っていないのは皆同じだが、気軽に手を出せる相手ではなかった。

 背中には羽が生えているし、一匹でも取り逃がせば村ごと全滅の危機だ。


 おれはやれるかどうか考えて、彼らを観察した。

 失敗すれば、魔大陸まで行って女王を殺さなければならなくなる。

 それなりの外骨格を備えてはいるが、大きさ自体はゴブリンに毛が生えた程度だ。

 そんなことを考えていたら、後ろの森でケルンの鳴く声がした。

 まさか仲間を森の中に隠しているのだろうか。


 彼らは虫のような見た目をしているし、話し方も片言だが、決して知性がないわけではない。甘く見れば痛い目に合うと教えられていた。

 騎士団ですら手を出さないという風聞は伊達ではないだろう。

 しかしこれ以上連れまわされたら、連れられているロア人たちはもちそうにない。

 おれは仕方なく金を払って彼らを解放しすることにした。

 一人当たり銀貨30枚くらいだった。


「オマエ、カネ、モッテル。ホカノモノ、カウカ」


「買わないよ。お前たちは、これからどこに行くんだ」


「ワレワレ、ドレイウレタ、ムラニカエル」


 こいつらは売れるまでひたすら行商を続ける。

 戦場からここまで優に数百キロはあるだろうに、そんなことはお構いなしだ。

 ただ、こちらが手を出さなければ、こいつらは基本的に商売の原則に従った行動しかしないので害といった害もない。物を盗んだりという事もない。

 こんな生物がうろついているだけで脅威しかないが、放っておくしかないのだ。


 魔族たちが、そのまま本当に魔大陸がある方向にむかっていくのを見て、まるでロボットみたいだなと思った。

 人間から見ると、外骨格に覆われた体は非常にグロテスクに見える。

 おれは残されたロア人たちの紐を外してやり、行っていいという仕草をした。

 言葉の通じない彼らは疲労しきっていて、さすがに丸腰では故郷までたどり着けないように見えた。


 国全体が無法地帯のようなものだから、西部劇よろしく武器の一つも持っていないと強盗やら盗賊に襲われる。

 強盗だって好き好んで怪我はしたくないから、武器を携帯しているという抑止力は計り知れない価値がある。

 それに交通費が無ければ、これ以上歩けるようにも見えない。


 おれは金貨数枚をリーダーらしい男に渡した。

 何度もお礼のような仕草をすると、ロア人たちは足を骨折していそうな仲間を抱えて教会のある方に向かっていった。

 たぶん長距離を歩かされたので、疲労骨折か何かで足をやられてしまったのだろう。

 ロア人の国と同盟関係にあるわけでもないが、さすがにこんなのは見ていられないので、周りのやじ馬たちも喜んでいた。


 こんな言葉の通じない奴隷など、買われることがあるのだろうか。

 国によって奴隷を意味する入れ墨は色々とあるが、あのロア人たちはご丁寧にもすべての国の奴隷印を入れられていた。

 体中を入れ墨だらけにされて、顔にまで入れられているのだから本当にタチが悪い。

 しかし、そのことで逆に逃亡奴隷と見なされることはなくなるし、所有者の名前も自分で入れろという事なのか、小金虫たちに入れる気は無かった。


 おれは次の街を目指して、また走り始めた。

 汗をかいたので流れる風が気持ちいい。

 この大陸で、まさかあれほどの数の魔族に出くわすとは思わなかった。

 魔族というのは決して差別的にそんな名前が付けられたわけではなく、人間にとっては本当にやっかいな危険生物なのだ。そのことを身をもって感じた。


 薄暗くなる頃、ちょうど街が見えてきたので、中に入って宿屋を探すことにした。

 しかし宿屋があるような大きな町ではなく、村のような規模だった。

 しかたなく、そこら辺の民家に声をかけた。

 おーいと呼ぶと、中から婆さんが出てくる。


「おやおや、どうなすった」


「今夜泊めてもらえるところはないかな」


「ええでしょう、うちに泊まりんさい」


 そこで一晩泊めてもらうことにした。

 悪くはない一部屋を貸してもらい、身体を拭くタオルまで貸してもらえた。

 どういうわけか古い家というのは、不思議なほど過ごしやすい気がする。

 暖炉のようなものの中では魔石が一つ燃えていた。


 翌朝、宿賃として銀貨を数枚テーブルの上に置くと老婆が言った。


「ずいぶんお金を持っていなさる。見たところ迷宮都市が目当てでしょう。ここからの道のりは盗賊が多いからお気をつけなされ。ええかね、声をかけられても決して止まってはなりませんぞ」


「盗賊なんて出るのか。じゃあこの村にもやってくるんだね」


「ええ、多人数で押しかけてきて、土産を寄こせなんて金を盗られた家もあります。これを持っていれば盗賊に襲われなくなるなんて言って、剣なんぞを売りつけてくるろくでなしもいる始末でさ。あんさんも気をつけなされ」


 おれは老婆に見送られて村を出た。

 本で読んだ物語の中では、野盗なんていくら群れてもカモでしかないような感じだった。

 群雄割拠の時代には、わずかな利益のために成敗され、その処刑方法は残忍なものだ。賊なんてのは、ろくな生き方ではないはずである。

 それにしても、だいぶ寒さを感じる気候になって、早朝は手や耳がかじかんで凍え死にそうだ。


 シロは走っているから寒さを感じていないようだが、上に乗っているおれは地獄である。

 少しスピードを落として進んでいると、遠くから監視されているような気配を受けた。

 周りを見渡すと、獣毛を着た男二人がケルンに乗って、遠くからこちらを見ている。

 スピードを落としているのに、風が出てきたのか、まだ寒さで凍え死にそうになった。


 道脇には小屋のようなものが点在していて、たぶん山賊の住処だと思われる。

 大きな通り沿いは、冒険者たちによって魔物が討伐されているから、ひと家族でも住めない程ではないのだろう。

 特にこの辺りは、大型の魔物を見かけることがない。

 かわりに住んでいるのが野盗たちなのだ。


 遠くで監視していた二人組みは、ゆっくりと近づいてくると声をかけてきた。

 寒いなら火があるぞと言われ、凍え死にそうだったおれは、盗賊の家でも暖を取れるだけマシかと思ってついて行くことにした。

 そこで荷物の中に入っている熊皮のコートを着込むことにする。


 小屋の一つに案内され、そこで体を温めさせてもらえた。

 盗賊と言っても、武器を持った人間を軽々に襲ったりはしない。

 しかしおれは少し甘く見過ぎていた。

 ずうずうしくも、おれの剣や荷物に平気で手を伸ばしてくる。


 やめるように言っても、子供が執拗に手を伸ばしてくるから落ち着けたもんじゃない。

 冬には水浴びもできないのか、小屋の中は風呂にも入っていない人間がすし詰めになって、据えたような匂いが充満している。

 そこでやっと厄介ごとに巻き込まれた自分のうかつさに気が付いた。

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