第18話 お披露目会


 母マールが取り仕切り、一週間かけてお披露目パーティーの準備が進められた。

 親父はオークションに行ったり、挨拶まわりの名のもとに飲み歩きで家を留守にしていた。

 おれは服の採寸をしたり、図書館に行ったりしつつ、姉たちの護衛に駆り出されたりして忙しかった。

 本ばかり読んでいると、姉たちはおれを暇人あつかいして困る。


 貴族の未婚女性が家族以外の人間と外で一緒にいるというのは外聞が悪く、エスコートも受けずに外に出るのはあり得ないということで、姉たちが外出する時には、おれか兄貴が一緒に出掛けてやらなければならない。

 そして兄貴は王都なんて見飽きているし、姉のエスコートなんて嫌がるので、おれがという事になる。


 腕の立つメイドでもいれば話が早いのだが、あいにくうちにはそんなものいない。

 かような理由でやんごとなき姉上たちを外に連れ出すのはもっぱらおれの役目だった。

 たしかに飲食店など、領地では見たこともないような料理が出てきて、姉たちが夢中になるのもよくわかる。


 高級区画では貴族が経営していたりするので贅沢な店が多い。

 あたり障りのないうわべだけの空虚な会話や、上品なだけの店構えは面白みがないので、おれとしては下町の方に行きたかった。

 しかし姉たちは、地獄の三丁目かというほど一般区画を恐れているので連れて行くことなどできやしない。


 大人しく本でも読みつつ紅茶をすすっている以外になかった。

 それにしても、レオンは大人しくしていた方が絵になります、とか言ってる姉たちと過ごすのは苦痛である。

 そんな無為な時間を過ごしているうちに、お披露目会の日がやってきた。


 出迎えの挨拶は両親の仕事らしかったので、おれは二階の踊り場から来客を眺めて待っている。

 来客はみな興奮ぎみに、庭先に繋いであったシロのことを話している。

 しばらくしてエステル先生がやって来て、おれを見つけると手を振ってくれた。

 やはり人間離れした美貌である。

 階段を上って、まっすぐにおれの所にやってきた。


「ご無沙汰しています」


「立派になられましたね。見違えましたよ。あれから魔法の方は順調ですか」


「はい。上級魔法までは一通り使えます。それと固有魔法を一つ使えるようになりました」


「さすがですね。ですが、そのくらいでは驚きませんよ。最初からあなたは優秀でした」


 高威力の魔法をドカーンみたいなのに憧れていたが、それは今も叶っていない。

 先生と話していたらお披露目会が始まって、今まで世話になってきた先生たちがおれの評を述べる。


「世界を変える可能性を秘めた寵児だと確信している」


 そう言ったガルラ先生が、一番おれのことを評価してくれているように聞こえた。

 エステル先生は子供の頃のおれしか知らないので、とにかく子供らしくない子供だったというようなことを言っていた。

 最後におれが壇上に上がって挨拶するのだが、事前に用意されたスピーチを読むだけだ。


 スピーチが終わったところで、チェック柄のマントを羽織った紳士に質問された。

 王家から遣わされた誰かだろう。


「バウリスター家に生まれ、召喚魔法の才能に恵まれながらも、魔法は五歳で上級まで覚え、剣までも極めたという。ずいぶん強さを求めるようだね」


 エステル先生のような星の民でもない限り、普通はどんな教育を受けようと上級魔法を覚えるのは成人してからだ。

 魔力量が多いことから魔力の操作に魔族並みの適性があり、魔法の仕組みはもといた世界の知識から理解できるというのが秘密のすべてだが、それがわからなければ、かなり異様な存在に見えるだろう。

 エンゾ老師に認められたことも、親父が自慢げに話していたから隠しようがない。


「領地での農業は兄上だけで手が足りそうですので、私は海賊にでもなって商船を襲いながら、つつましやかに生きていこうかと思っているのです」


 そう返したら会場がどっと沸いた。

 言うまでもなく海は王家の管轄だから、だいぶ挑戦的な冗談ということになる。

 しかし、質問をした紳士も笑っていたので、上手く返せたようだ。


「なんとも見事な返しだ。とても8歳とは思えない。外にいたケルンも君が育てたというじゃないか。あれを献上すれば爵位くらいは貰えるかもしれない」


「最初はいくら魔力を注ぎ込んでもダメなので、死んでるのかと本気で疑いました。今では兄弟のようなものです。お譲りするわけにはいきません」


「さすがバウリスターの血統だな。本当に将来が楽しみな少年だ」


 その一言でやっとパーティーが始まってくれたので、おれは汗をぬぐって冷たい飲み物を貰うと、会場のすみに行ってソファに腰かけた。

 しかしパーティーの主役はおれなので、いろんな人がやって来て話しかけてくる。

 その中に飛びきり可愛い女の子が混じっているのを見つける。

 おれの前にやってくると綺麗なお辞儀をしてみせた。


「ごきげんよう、レオン様」


 その美しい声に、周りの喧騒を忘れるほど気持ちを奪われる。

 周りにいた大人たちも一斉に少女へと注目し、その美しさに目を奪われた。

 可憐ではかなげなそのしぐさは、レッスンでは身につかない彼女特有の雰囲気だろう。

 手を差し出されたので、マナー通りにひざまずき、その華奢すぎる手を取って甲にキスするふりをした。


 社交の儀礼として、お手本のような挨拶だ。

 8歳のおれを相手にずいぶんしっかりした挨拶をするのだなと思っていたら、挨拶したきりで彼女はどこかへと行ってしまった。

 将来どんな美人になるのか想像もできない。


 挨拶のラッシュが終わるとやっと暇になったが、今度は手持ち無沙汰で困る。

 エステル先生は人気があるらしく、たかってくる男を袖にするのに忙しそうなので、おれは何もすることがなく食べ物をつまんでいた。

 深夜前にパーティーは終わり、全員を送りだしてやっと解放される。

 一息つくと、腹いっぱいで苦しかったので、すぐさまベッドに飛び込んで寝てしまった。


 次の日は家族全員誰も起きてこないので、おれは貰ったプレゼントを開けにかかった。

 最初に目についたのは、やはり父からもらった恐ろしげな召喚魔法の契約書だ。

 前にもらった奴は、最近になって夢の中でおれに語り掛けてくるようにすらなっているから、正直言って親父から貰ったものというだけで契約を結ぶ勇気が出てこない。


 触手まみれの化け物が、私の世界を取り戻せというような意味のことを毎夜のように言ってくるという悪夢を見させられているのだ。たまったものではない。

 気軽に契約していい類のものではなかったと確信している。

 召喚獣が語り掛けてくることは珍しくないそうだが、不吉すぎて気が滅入るし、正体がわからな過ぎて怖いとすら思う。


「この契約書にはタイトルがありませんな。こういったものは知能レベルが低い場合がほとんどですから危険はありません。私のキングトロールもタイトルが無くて安かったのですが、坊ちゃんもお分かりの通り、非常に優秀な召喚獣でした。これもカーティス様が買ったものですから、非常に高価だったはずです。少なくとも幻想級の魔物でしょう。素晴らしい品ですよ」


 ヒョードル先生に相談したら、高等な召喚獣との契約を見たいという事で、目の前で契約するように命じられてしまった。

 また一時間もかけて魔力の同調を行い、なんとか契約に成功する。


「ケルンに乗って城壁の外まで行って試してみたらどうでしょうかな」


「その必要はないようです」


 契約した召喚獣に感じるのは、なんとも小さな石ころのような体だった。

 外に出て呼び出してみると、小さな玉状のそれから少し離れた所へ光の剣が伸びる。

 その剣はライトセイバーのようではあるが、そんなに細くはない。


 魔力があまりにも持ってかれるので、光の剣を呼び出せていたのは一瞬だけだった。

 剣の切れ味を試してみると、切れるというよりは触れたものを全て消滅させる。


「これは素晴らしい。剣の腕が立つ坊ちゃんにはもってこいですな」


 それだけ言って、ヒョードル先生は光の剣に興味を失ったようだった。

 小さいし、自立して動くわけでもないし、おれとしてもイマイチぴんと来ない。

 ヒョードル先生が太鼓判を押した時から、どことなく嫌な予感がしていたが、その予感は的中したようだった。

 おれは新しい召喚獣に、消滅の剣と名付けて存在を忘れることにした。


 消滅させるというところに凄さは感じるが、自分を消滅させてしまいそうな危険を感じるし、いくらなんでも燃費が悪すぎる。

 戦っている最中に魔力切れを起こすというのが、なにより一番困るのだ。

 しかも厳しい剣の修行を否定されたようでもあり、なんとも癪に障る。

 これがあれば、エンゾ老師レベルの達人相手でも勝ててしまうかもしれない。


 たしかにエステル先生の言うように、召喚は万能の力を持っている。

 残りのプレゼントは、マントやら剣帯やらの小物がほとんどだった。

 ようするに男の子が喜びそうな物である。

 一つだけ、あのとびきり綺麗な少女から貰ったきんちゃくの袋の財布は手作りのようだった。


 あとはブラックドラゴンの革のジャケットが新品になったくらいだろうか。

 昼過ぎに家族が起きてきて、みんなで昼食を食べる。


「昨日のレオンは見事だった。だれも8歳だと信じていなかったぞ。ワシも鼻が高い」


 親父は、朝からウキウキで笑顔が絶えないほど機嫌がいい。


「本当ねえ。剣の修行に出したのが良かったのかしら」


「これは小遣いだ。そろそろ自分の奴隷が欲しくなる頃だろう。良さそうなのを買ってきなさい。ピエール先生にでも連れて行ってもらうといいだろう」


「はい、ありがとうございます」


 おれは聖金貨を三枚受け取った。

 一枚で最低二千万くらいの価値はあるだろうから、子供にポンとくれてやる額じゃない。

 しかもこれは、女遊びをされてはかなわないから性奴隷でも買って来い、というような意味のことを親父は言っている。

 正気を疑いたくなるが、こちらではこれが普通だ。


 兄貴も家庭教師から卒業する頃に、領内へやってきた奴隷商から性奴隷を買い与えられていた。

 だが、おれの場合は兄貴よりも3年以上は早まっていることになる。

 なるべく早く女を覚えさせた方が変なのに入れ込んで駆け落ちしたりしないとか、領内の娘に手を出されては金を積まなくてはならなくなるとか、知らないところに子供ができてしまうのがマズイとか、そういう理由があるらしいことを、ピエール先生やアンナたちから聞いている。


「別にメイドならいくらでもいるじゃない。変なの」


 そう言ったのは一番上の姉で、彼女たちはそういった情報からは隔絶されていた。

 女の方はとにかく箱入りに育てて、身分の高い男の所へ嫁がせる。

 家の中を取り仕切るのは妻になるから、相手方の家も妻になる女性の育ちのよさや家柄は慎重に見極めようとするのでおろそかにできない。

 この国の文化では、男は苦労させて、女は苦労させない教育方針なのだ。


 午後になっても、昨晩高い酒をたらふく飲んでいた先生たちは起きてこないので、日課の素振りを済ませるとシロに飛び乗った。

 いつもは暇になるとシロに乗ってどこかに行くので、つい癖で飛び乗ってしまったが、こっちは地理もわからないし、街中で乗るにはシロの脚力は危険すぎるなと思い直した。

 仕方なくシロから降りる。


 やはり徒歩にしようと歩きで門に向かうと、走れると思っていたのにお預けを食らったシロの悲壮感に満ちた鳴き声が背後に聞こえた。

 今日はすでに完成して届けられていた刀を腰に差している。

 その日は黒いローブを買って、フードを目深にかぶりながらスラムを歩いてみた。


 お披露目会のあとでこんなところを歩いているのはよくないが、どうしても見ておきたかったのである。

 昼間はただのバラック小屋が並んだ一帯でしかない。

 スラムと言ってもやつれた子供がいるわけでもなく、誰も食べ物には困っていないようだった。


 塀の外に出ればゴブリンが向こうからやって来てくれるのだから、食べ物には困らないというのはわかる気もする。

 教会が廃棄される魔物の部位を配っているという話も聞くし、その辺の事情には少しだけ安心した。

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