第17話 スラムと買い出し
バウリスター領にあるものほどではないにしろ、王都にある別邸もかなり豪華だ。
レンガ造りの三階建てで、一階はキッチンやリビングなどの施設があり、二階は使用人たちの居住、三階部分に館の主人たちが住む部屋が配置されている。
館の主人が誰も住まない期間も長かったが、バウリスター家に50年勤める家令のスティーブンスが家の中を取り仕切っていた。
王都でやらなければならない仕事も多く、今は兄貴がスティーブンスのサポートで取り仕切っている。
領地に送る馬車の台数や時期などでさえ、大店の商人の所に行って交渉しなければならない。
酒類のおろし先さえ多様で、店の縄張り争いまであるから実は面倒な仕事だ。
こっちの世界の商人は傭兵を雇っているものも多いので、こちらが貴族だからと言っておざなりな対応もできない。
変な傭兵を引き込んでしまえば領地の治安にもかかわる。
騎士学院における兄貴の自慢話を聞くのに嫌気がさしたおれは、スティーブンスからそんな講義を受けつつ王都の中を見学していた。
さっそくポーションなるものを見つけて心をときめかせたおれは、値札も見ずに買いあさった。
頑丈な小瓶に入った液体で、上位ポーションで使い捨てライターくらいの大きさだ。
ガルラ先生の授業で作り方は知っているが、領内では出てこない魔物のエキスが必要だったので、完成品を見たのはこれが初めてである。
高級そうな武器防具の店にも入ったが、あまり大した品ぞろえではなかった。
こちらの人は強化魔法によって力任せに戦うから、切れ味よりも質量ということで、重たいものほど喜ばれるそうだ。
あの森にいたタートルドラゴンのような魔物と日々戦うのだから、細身の剣ではかなりの技術が必要になる。
町全体には煙たくなるほど骨焼の煙が立ち込めていた。
大型の骨焼窯の煙突が外壁沿いに何本も天高くそびえ立っている。あれで骨を焼いてコンクリートの原料などを作り出すのだ。
これほど煙突の数があるのだから、王都周辺はモンスターの密度が濃いのだろう。
魔導石を使い魔力のこもった骨自体を燃料にする骨焼窯は、昔の偉人が発明したもので、バウリスター領にも中型のものがあった。
革や骨からニカワを取り出し、さらに骨は石灰石などと一緒に燃やしてモルタルや肥料に利用している。
なぜ自然界のものを食べないモンスターから、肉や骨などが取れるのかは謎だ。
野生動物とは違う、魔力をエネルギーとして変換している生物体系である。
こちらの人は当然ながらあちらの世界を知らないので、その現象を誰も疑問に思わないから研究した人もいないようだ。
どの本にもそのような疑問に答えることは書かれていなかった。
王都は高級区画が1割、半分以上が一般区画で、2割ほどのスラム街、2割ほどの商業区画という区分によってできていた。
そのスラムには決して近寄るなと、さっきからスティーブンスが力説している。
「売春婦と犯罪者のたまり場となっております。売春宿は疫病が蔓延し、定期的に焼かれますが、すぐに復活してしまうそうでございます。レオン様におかれましては、決して近寄ることがないようにお願い申し上げます。病気にかかれば、いくらバウリスター家の力をもってしても治せる可能性はほとんどありません」
「恐ろしい場所だね」
「さようでございます。売春宿で働かされているのは売れ残った奴隷などで、病気になるまで働かせておりますから、梅毒をまき散らす危険極まりない存在です。もし売春婦がご入り用でしたら私めにお声かけください。それはもう飛びきりの美女をご用意してご覧に入れます」
おれはまだ8歳だぞと思いながら話を聞いていた。
兄貴は13歳くらいでそこら辺の女に手を出していたから、おれにもそういう話をしているのだろう。
「そんな酷い売春宿しかないのかな」
「孤児や身寄りのないものが働いております少しだけマシな売春宿もありますが、同じように危険な場所でございます。なによりスラムは犯罪に巻き込まれる危険性が高いですので、近寄らないのが無難でございましょう。それよりも有名な舞台俳優から、名を馳せた冒険者までを取りそろえる、貴族向けの高級な会員制売春宿の方がよろしいでしょう」
「スラムには廃棄魔法を教える場所もあると聞いたんだけど」
「おやめください。もし廃棄魔法についてお知りになりたければ、大学で学ばれてくださいませ。貴族の身分がありましたら、とがめられることはありません」
廃棄魔法というのは、壁のぼりや鍵開けなどの犯罪に使われやすい魔法や、飛行魔法などの死亡率がいちじるしく高い魔法の総称である。
毒ガスなどの後世に影響が残るような魔法や、悪魔などの力を借りる禁呪指定の魔法もそこに含まれる。
魔法大学では研究されているが、一般には学習も使用も許可されていない。
スラムを素通りして一般区画まできたが、街の外側はあまり様子が変わらない。
そしてついに、ハンターギルドと傭兵ギルドを合わせたような施設である冒険者ギルドを見つけた。
待ってましたとばかりに中に飛び込んで、受付で登録を済ませた。
「身なりのいいガキが、こんなところになんの用だ」
「はうっ」
「どうした。漏らしたか」
冒険者ギルドで因縁をつけられている。
その状況におれは震えた。
「誰かを呼んでまいります」
「いや、いいよ」
スティーブンスは顔面蒼白になっているが、護衛もつけずに外出を許可されているのだから心配など必要ない。
そもそもおれは、こんな時のために鍛えてきたと言っても過言ではないのだ。
さてどんな風に返そうかと考える。
「ビビって声もあげられないか。俺が冒険者の心得ってやつを教えてやるぜ」
声をかけてきた男はドストレートにチンピラである。
もちろん教えるという口実でもってして、脅して小遣い稼ぎでもしたいのだろう。
適当な説明をして授業料とか言い出すのが目に見えるようだ。
それにしても召使いを連れているのだから貴族だとわかりそうなものだが、という疑問が心をよぎる。
「お前はバウリスターも知らないのか」
そう言って、おれは姉たちに新しく作ってもらった自分の首巻を指さした。
これがチェック模様なら王家であり、青と白ならバウリスター家、赤と白の市松模様ならオルグレン公爵家だ。
この公爵御三家については、誰でも一番最初に教わるものだと思っていた。
そして冒険者が敵に回すには、この公爵御三家は騎士団まで所有しているのだから強大すぎる。
そんなものをカモろうなんて考える奴がいるというのが信じられない。
しかし、さすがにバウリスターについては知っていたらしく、名前を出した途端に男は顔色を変えて、風のような素早さで逃げて行った。
その背中を見送りながら、まあそうなるよなあと納得しつつ、少し物足りなさを味わった。
掲示板に張り出された常設の依頼は、食肉用モンスターの買い取りと、錬金用のモンスター部位の買い取り、それに野草や果物の買い取りなどがほとんどだった。
常設以外の依頼には、護衛や雑用などがほとんどだ。
一部に警備や調査など、ランク制限のある依頼もある。
一番目を引いたのは、賞金首依頼の多さだった。
生死問わずの、首さえ持ってくれば金が払われるような荒っぽい依頼が並んでいる。
思った以上に血なまぐさい世界だったということを知ってしまった。
盗賊などという文字もあるから、街道沿いにはやはり危険があるようだ。
他にはポーションや煙幕、毒消しなどの買い取りもやっている。
生産品は、冒険者ギルドで売られているようなものだけ買い取っているようだ。
この煙幕は鼻が利く魔物の追跡すらかわせる便利グッズなのだが、間違って吸い込んでしまうとひどい目に合うので風上にしか逃げられなくなる。
黒い霧を発生させる魔法の方が上位互換となっているが、そちらは上位魔法なので習得は難しい。
おれも使えるが、自分の体の周りにしか発生させられないので、使ったところで自分の視界を塞ぐのが関の山だった。
最後に刀鍛冶の所に行って、日本刀を打ってくれるように頼んだ。
ギルドで紹介してもらった、王都で一番腕のいい刀鍛冶である。
おれが持っているオリハルコンの剣は、どちらかと言えば装飾用で、切れ味の持ちは格段にいいが、材質がオリハルコンでは強化魔法によって刀身を強化できない。
魔法をはじく性質のオリハルコンではなく、魔法を通しやすい鋼材で、細身の刀を打ってもらえるように頼んだ。
刀身強化魔法は、刀身に赤いオーラのようなものを纏わせて切れ味や頑丈さを強化する魔法である。
オリハルコンにも実用的な部分はあるので、しばらくは二刀を持ち歩きたい。
そもそもオリハルコンは高価すぎて、都合が悪い場面も出てくるだろう。
この剣以外では、兄貴にもらった解体用のナイフくらいしかおれは持っていないのだ。
エステル先生にもらったケープの直しも頼みたいが、そちらは布を張り替えられたりしても嫌なので保留にする。
そういえばエステル先生は何をしているのだろうか。
まだ魔法学院に勤めているのなら、この機に是非とも会っておきたいところである。
兄貴は騎士学院にしか通っていないので、合いに行ったところで知り合いもいない大学に入れてもらえるのかわからない。
そんなことを心配していたら、お披露目会の出席名簿の中にエステル先生の名前を見つけた。
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