第16話 王都へ


 王都への道程は、6台の馬車を使い、騎士団を引き連れての移動となった。

 シロは12歳になる一番上の姉に取られてしまったので、おれはダイアウルフのボスにまたがっている。

 このボスは王都で繁殖させるために、おれが犬守のおじさんから任された一頭である。


 最も強い個体は、他の犬守のところで繁殖に使われるのだ。

 特にこのダイアウルフはオスであるから、どこに連れて行っても歓迎される。


「本当に賢いケルンだな。騎乗の訓練すら受けていないものを乗せられるとは」


 隣りを走っていた鎧に身を包んで女騎士の風情になったサリエ先生が言った。

 当然おれがコントロールしているから、慣れない姉でも乗れているだけである。

 しばらくすると姉は母マールからはしたないと怒られて、シロはおれの所に戻ってきた。

 あと4年以内に結婚相手を見つけなければいけない姉は、残念そうに馬車へと戻っていった。


 一般的に貴族の子女は、結婚するまで家族以外の男と外を歩くことも許されないが、一般の庶民はそれと違っておおらかである。

 メイドたちの中にも、家令とくっついたり離れたりを繰り返している者もいた。

 自由民のメイドであれば、そういったこともできるのだ。


 逆に奴隷民のメイドは、家長の所有物なので誰も手出しができない。

 そんな彼女たちは、愛人にされる場合を除いて、そのほとんどが男奴隷に下賜されることになる。

 戦時中でもないから、犯罪奴隷でもない奴隷なんてめったにいない稀な存在であるが、バリウスター家は500人以上を所有していた。

 ピエール先生曰く、うまく増やしたらしい。


 醸造所で働いている農奴にかわいい娘がいるなと思っていたら、兄貴が手を出してメイドになった奴隷もいた。

 その7歳年上の兄貴は、もうすぐ騎士学院を卒業する。

 貴族の男は大体14歳くらいから二年ほどを騎士学院や魔法大学に所属するのが一般的だった。


 一般の庶民は14歳で成人する。それまでに街にある学校は卒業しているので、その後に自分で金を稼ぎながら大学に通うか、普通の仕事に就くかするのが普通である。大学の入学年齢はそれに合わせているのだろう。

 貴族はだいたい学院か大学を卒業する16歳で成人とされる習わしだった。

 その辺りの成人年齢で結婚するのも一般的なので、今回の旅では兄貴の結婚についても決められることだろう。


 貴族の女はあまり学校には行かず、とにかく王都のパーティーに出て、相手を見つけるのが命題である。

 だから三人の姉たちにとっては、おれのお披露目会でさえも大切な出会いの場なのだ。

 主として息子の結婚相手を探している貴族の家長にアピールすることが大切である。

 この世界で貴族の結婚は全て親同士で決めるからだ。


 その結婚のつながりは血族と呼ばれ、結びつきは非常に強固なものだった。

 それは本人同士だけでなく家同士のつながりである。

 つまりは利害関係を共にする共同体なのだ。

 同じような経済力の者同士で結びつき、家の没落を防いだり、勢力争いで負けないようにするための儀式とも言える。


 バウリスター家は金と戦力だけはあるが、政治的な影響力はほぼないという立ち位置である。

 男子は引く手あまただが、相手には魔法の才能しか求めない。

 女子は結婚相手としての格は高いが、実利はあまりないという感じだろうか。


 バウリスター家次男のおれは、それほど相手に魔法の才能を求めないかもしれない御曹司という事で、格好の的である。

 女には気をつけろと、母親やアンナからキツく言われ続けてきたのもそれが理由だ。

 王都に行く途中で、ジャイアントスパイダーの群れに襲われたが、親父の召喚獣とおれのハウルによって、糸を作り出すための素材に変わった。


 親父が呼び出した紫色のカマキリのような召喚獣は、恐ろしいスピードで蜘蛛を狩りつくしていた。

 森に生えていた樹木すらなぎ倒す鎌の威力はとてつもない。

 たしかに軍隊並みの戦力を持っていて、召喚というのはハズレ属性ではないのだと理解できる。


 夕方になる前に中継地点の町が見えてきた。

 頑丈そうな石垣で周りを囲い、石垣にはバラのような植物を這わせている。

 この植物は、バラのような棘に凄まじい魔力毒を持っているので、モンスターすら近寄ることができない。

 石垣の間に使われているのはモルタルで、この世界にはコンクリートの技術がある。


 今回の旅で一番気楽なおれが、あてがわれた宿の一室でうとうとしていたら、サリエ先生に呼び出された。

 街の外まで連れ出され、なんだか決闘でもさせられるかのような雰囲気だ。


「レオン様がエンゾ老師に弟子入りすると聞いた時はショックを受けました。バウリスター家に仕える騎士の中では一番の腕だと自負がありましたからね」


 てっきり、おれは隊長が一番の使い手だと思っていた。

 なら一番の使い手は親父のことだろうか。


「それはすみませんでした」


「謝る必要などありません。レオン様の成長こそが一番に優先されるべきです。ですがその成長は、最初の師匠として確かめさせてもらいます」


 なるほど、もっともな言い分である。

 サリエ先生が木刀を一本放って寄こした。


「拾いなさい」


「必要ありません。素手でやります」


 その方が実力をわかりやすく示せるだろう。

 爺さんに心眼と名付けられた力に目覚めてから、相手の動きが良く見えるようになっている。

 本気で魔力を込めればスローモーションに見えるが、身体はゆっくりにしか動かせないので意味はない。


 その能力に目覚めてから、今撃ち込めば勝てるというタイミングがはっきりとわかるようになっている。だから打ち合わなくても相手の実力がわかってしまう。

 まあ爺さんとは二年以上を一緒に過ごして、そんなタイミングは一度もなかったけれども。

 なので、その能力に気が付いたのはこっちに戻ってからだ。

 そのおれが空手でサリエ先生と対峙してみても、負けるビジョンは見えない。


「……いいでしょう」


 サリエ先生が木剣を振りかぶった頃には、おれは懐まで踏み込んでいた。

 肩に軽く掌底を入れて体勢を崩す。

 そこで木剣の柄を軽く弾くと、木剣はサリエ先生の手を離れてくるくると宙を舞った。

 サリエ先生は地面に尻もちをついて、見開いた目をこちらに向けている。

 なんと声をかけていいのかと考えていたら、不意に後ろから何かが飛んできた。


 そのまま避けるとサリエ先生に当たりそうだったので、おれは飛んできたものを掴んだ。

 それは、たぶんサリエ先生が引き寄せたであろう石ころだった。

 サリエ先生の見開かれた目が驚愕に歪んだ。


「……本当に、あのエンゾ老師に師事したのですか」


「はい」


「たった数年で腕を認められたのも、やはり間違いではなかったようですね。さすがにバウリスターの血筋といえども信じられませんでした」


 いや、その血筋とか言うのは魔法の才能でしょ、とは突っ込まなかった。

 その言葉で納得してくれるのならそれでいい。

 まあ目に宿った力は魔力と身体強化のたまものだし、そのおかげで爺さんの技をものにできたのだから、完全には間違ってない。


 一心一刀流の奥義はタイミングを極めるところにある。

 相手の動きが事細かに見えるようになる心眼は、本当に修行の役に立った。


「レオン様の実力は十分にわかりました。それでは宿に戻りましょう」


 弟子にやられて落ち込むかと思われたサリエ先生は、予想外に晴れやかな表情で言った。

 納得してくれたならそれでいいやと、深く考えずにおれは頷いておく。

 いつの間にかサリエ先生は、おれをレオン様と呼ぶようになっていた。

 もしかして一人前と認めてくれたのだろうか。


 宿に帰る途中で、若いハンターが抱えきれないほどもある大きな果物を村に運び込んでいるのを見かけた。

 バウリスター家の荘園からこれほど近い場所でも、糖類はそれほど貴重らしい。

 あんな状態でモンスターに襲われたら戦えないだろうから、まさに命がけだ。

 たぶんおれたちがいるから、今日の買い取り価格は特別に高いのだろう。明日の朝食辺りで出てくるに違いない。


 それから中継地点となる街を二つほど挟んで、五日目の夕方には王都へと到着した。

 初めて見る、見上げるほどもある高い城壁と、石造りの堅牢そうな建物、大通りの活気と喧騒に圧倒される。

 城壁は金属で補強しているのか、銀色の輝きを放つ板が打ち付けられていた。

 金属だとすれば錆びないステンレスのようなものがあるということだろうか。


 気になってピエール先生に聞いてみると、特定の地域に出没するスライム核から作られているらしく、腐食耐性もあるらしい。

 スライムが金属を取り込むなんて知らなかった。

 そのファンタジーらしい素材の存在に少し嬉しくなる。

 街を抜け、バウリスター家の所有する豪華な邸宅に入ると、いくぶんぽっちゃりした兄貴に出迎えられた。


 兄貴は昔からぽっちゃりしていたが、おれの常日頃からの運動量がおかしいだけで、普通は豪華な食事をとっていればぽっちゃりになる。

 おれのように尋常ではない運動を毎日していたら、回復魔法がない限り、普通なら軟骨が無くなったりして、何かしら体にガタ出てきてしまうだろう。


 それにしても兄貴はだいぶ太ったので、親の目の届かない王都で羽を伸ばし、豪遊三昧をしていたに違いなかった。

 しかし両親は再会を素直に喜んでいる。

 バウリスター家を継げば、領外に出ることなどほとんど許されなくなるのだから、今だけの特権だと大目に見てもらえているのだろう。


 権力と金と自由があれば大抵の人間は堕落して失敗を重ねるが、そこは領地を継ぎたくないおれによって、兄貴は子供の頃から教訓となる小話を山のように仕込まれている。

 世間一般の15歳よりもいくぶん真面目なくらいに育ったはずだ。

 再会を喜んでいる両親たちを尻目に、軽く兄貴に挨拶したおれは外に出た。


 一直線でそこいらの店に飛び込んで商品を見て回る。

 なんでも揃っている品ぞろえに、目がくらむような思いがした。さすが王都だ。

 最初の魔道具店で、ケルン用の首にかける明かりの魔道具を買った。

 魔力を込めると3時間くらい光っていてくれるものだ。


 それが面白かったので、本屋に行って魔道具の作り方の本を一冊買う。

 さっそく読んでみたが、その内容にはがっかりしてしまった。

 魔道具は金属加工の極致のようなものだから簡単にできるようなものではなかった。

 一度で燃えてしまう魔術スクロールなら特殊なインクを用意するだけで作れるが、発動する効果は本人の持つ魔力属性に依存するので、特に可能性は感じない。


 最後に王都の犬守にダイアウルフのボスを預けて、王都での初日は終わった。

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