第12話 剣の修行
ギルドから帰ると、さっそく母親からお小言を言われる。
「あんな無法者のたまり場に近寄ってはいけません。二度と出入りしないでくださいね」
ギルドはおれの叔父にあたる人が経営している。
ようするに親戚だから、こういった情報が筒抜けなのだ。
街の大きな施設は、大抵の場合、この叔父が経営している場合が多い。
大金を持った子供がいると、軽く騒ぎになっていたようだ。
おれとしては鈍い色の硬貨だったから、そんなに価値があるとは思わなかった。
小銭を数枚置いてきたつもりだったのだ。
確かにあのカメは、大金が稼げる大物という話だったのに、そんなことすっかり失念してしまっていた。
今度からは下手なことをしないように気をつけよう。
次の日は、午前中を魔法の訓練に費やす。
ダミーを棒で打ちながら、その背後に空中で生み出した魔法の槍を突き刺す練習だ。
この距離なら、おれの魔法でも本来の威力が出せて、なおかつ、この魔法なら自分自身が巻き込まれることはない。
五回目でダミーの後ろにあったかぼちゃに命中して、黄色い実が飛び散った。
真槍と呼ばれる上級魔法の一つである。
「見事なものです。よくそんな器用なことが出来るなと感心しますよ。神童と呼ばれた私ですら上級魔法を覚えたのは16歳になってからのことでした。それをここまで使いこなしてしまうとは。バウリスターの血は恐ろしい」
会った時より少しだけ老けたヒョードル先生が木陰に座りながらそう言った。
この人はもう十分に稼いで、おれがひとり立ちした後には王都あたりで豪華な老後生活を送る夢を見ている。
その夢は、予定より数年は早まりそうである。
おれも戦闘中に上級魔法を使うという目標の一つが今、達成できた。
「それでは午後になりましたので、街道の警備に行ってきます」
「ええ、そうしてください。昼食くらいゆっくりと食べてから行かれてはどうかな」
「いえ、移動しながら食べられるものを貰って行きます。それでは失礼します」
街道での魔物討伐二日目である。
3年間練兵場で訓練した成果を、なんとしてでも出さなければならない。
すぐに森から出てきたゴブリンを見つける。
おれが飛び降りて対峙すると、後ろからクルルというシロの心配そうな鳴き声が聞こえてきた。
おれは気にせずにオリハルコンの剣を抜き放って構えた。
地元の冒険者の話を聞いてから、命がけの戦いは多少不格好でも構わないと開き直っている。
ゴブリンの獲物は槍。槍の攻撃を避ける練習はしていない。
剣よりも数段は対処しにくい攻撃だ。
頭が冷静だったおかげか、ゴブリンが攻撃に出た瞬間、安全な導線が見えた。
無意識のうちに体が動いて、次の瞬間にはゴブリンがおれの間合いの内で隙だらけの体を晒していた。
無駄のない動きで、隙を晒したゴブリンの首を撥ねる。
そこで油断せずに、周りの安全を確認して、ほっと胸をなでおろした。
これなら自信を持っても大丈夫だろう。
冷静にさえなっていれば、この程度の相手なにも問題はない。
さっそくゴブリンの死体を犬守の所に持っていった。
このエサやりが思いのほか楽しい。
冬の食料をため込むために山籠もりしていた群れが帰って来ていて、今日は20匹くらいまでに増えたダイアウルフが柵の中に詰め込まれている。
餌のやりがいがあるというものだ。
身体が一回り大きいボスも帰って来ていて、そこまでいくと人間が乗れる程の大きさがあった。
ひとしきり戯れてから、街道に戻ってゴブリンの搬送を続けた。
ゴブリンの倍くらいあるオークも現れたが、難なく倒すことが出来た。
今日は集中力が違う。
オークは脂肪分が多く人気のある肉なので街で売った。
それを最後に森に入ってハウルの射撃練習をしてから屋敷に帰った。
ハウルで流線形の弾丸を撃てるようになったのは、それから一年後だった。
その頃になると、犬守のおじさんからダイアウルフを任せてもらえるようになっている。
現れた3匹のオークの一匹に、数を減らすためのハウルを撃つ。
オークの頭が弾けて、その巨体が地面に転がった。
もう一匹をダイアウルフに襲わせて、最後の一匹をおれがシロに乗ったまま剣で倒す。
簡単に倒せるようになったが、剣の練習はまだ律義に続けていた。
ダイアウルフたちは獲物を取り囲んで、後ろに回った個体から攻撃を仕掛ける。
一定の距離を保って、後ろに回ったらヒットアンドウエイという、この一見最強に見える戦術も万能ではない。
複数の敵が現れてしまえば対処が難しくなるし、オークのようなリーチが長い敵には怪我をさせられることもある。
使い捨てにできるほど育成費用も安くないから、犬守のおじさんもあまりオークなどとは戦わせたがらない。
いつでもオークを倒せるから、練習がてらにやらせているだけだ。
それでもダイアウルフが数匹いれば、オーガなどが出ても高い回避能力と持久力でへばらせることができるのだから、村人からは神獣のようにあつかわれているのもわかる。
オーガなどが突発的に現れて、飼っていたダイアウルフが数を減らしてしまうのはよくあることで、通常は必要よりも多めに育成される。
今おれが任されているのは、エサやりをかねた散歩である。
リーダーが首元に噛みついてとどめを刺しているので、最後の一匹も無事倒せたようだ。
オーク三匹は運べないので、その場でダイアウルフたちに食べさせた。
おれもハムとチーズを挟んだサンドイッチを昼食として食べる。
最近では荘園周りの駆除も頼まれているので、ダイアウルフたちを引き連れて周回することが日課になっていた。
森の中では、たまに親父が召喚している幻想級の召喚獣にも出くわすので心臓に悪い。
白い饅頭の上に、ピンク色の塊が乗って、青と白の尻尾をたなびかせながら、ダイアウルフの群れを連れまわす光景は、バウリスター家の風物詩になりつつある。
兄貴は王都の騎士学院への入学が決まって、こちらにはたまに帰ってくるだけになった。
走り回っていると、たくさんの農奴たちが仕事の合間に声をかけてくれる。
農奴であっても、家族も持てるし酒も飲めるから不幸そうには見えなかった。
魔物の肉ならいくらでもあるから食べ物にも困らない。
それに王都の庶民ですらめったに食べられない白いパンですらここにはある。
荘園の近くには農奴の暮らす建物と、兵士のための訓練場付きの宿舎、それにともなって街ができあがっている。
傭兵ギルドやハンターギルドなどは、行商が盛んになる秋から初夏にかけて賑わいを見せた。
それ以外の時期では、バウリスター家が出している常設のモンスター駆除依頼がハンターギルドにあるだけだ。
一年中ここに住んでいるハンターたちは、常設依頼をこなしながら森で薬草や果物、香辛料となる山菜などをとってきて生活している。
それを管理しているのが、親父の弟にあたるシバ叔父さんである。
この頃になって、親父があまり家に帰ってこない理由を知った。
なんと街に30人もの愛人を抱えているのだ。
こっちの世界の貴族はそれが当たり前らしく、母親のマリーにも気にした様子はない。
それでも親父は異母兄弟ができないように気は使ってはいるらしい。
兄貴がいなくなったことで家の中の序列二位となったおれは、色々と責任を持たされることが多くなって息苦しさを感じ始めていた。
挨拶に行ってこいなどと、面倒な用事を押し付けられることがある。
丁重にあつかってもらえるし、必要なことは執事から入れ知恵してもらえるので負担はないが時間を取られるてしまう。
娼館や塩屋などにお金の回収に行けば、露骨に賄賂を渡してくることもある。
それらには、少しだけ楽しさを感じているのも事実だが、今は大事な成長期である。
だから人生をやり直すからには最高を目指すと決めていたおれにとっては負担でしかなかった。
それに近ごろでは領内でのモンスター駆除にも、サリエ先生との稽古にも物足りなさを感じている。
乳幼児の頃から強化魔法の練習に専念し、普通なら身体の動かし方を覚えるような時期から、魔法で強化された体の動かし方を学んできたのだ。
我が家の兵士団でトップクラスの実力を持つサリエ先生ですら、おれほど強化魔法を体に馴染ませることはできていなかった。
そこで兵士団の隊長に相談を持ち掛けた。
騎士の称号を持つ隊長は、突然の訪問にすこし取り乱していたが、おれは気にせずに用件を伝えた。
「もうそんな時期ですか。サリエから学ぶところがないとすれば、この私に教えられることもないでしょう。剣が好きとは聞いていましたが、そこまでとは思いませんでした。私の知る限り、王国最強の剣士と言えば稀代の剣豪エンゾ老師しか思い浮かびません。弟子は滅多に取らないそうですが、話を聞いてみてはどうでしょうか」
現在は山の中に住んでいるというエンゾ老人を訪ねてみることに決めた。
場所はバウリスター領の隣、森の中に小屋を作って住んでいるという。
それほど遠い場所ではない。
両親から許可をとって、三日三晩かけてエンゾ老人が住む小屋を見つけることに成功した。だが、この老人が曲者だった。
「その色はバウリスターの子倅か。大層な魔法使いの家系じゃと聞いておる。魔法なんぞを使う者に教える剣はない。帰れッ」
「老師、そこを何卒お願いします。剣で高みを目指すと志したのです」
「馬鹿なことをぬかすでない。だいたいお前なんぞを弟子に取ったら、ここの領主からワシが追い出されるわ。大たわけが。大人しく土でも耕しとれッ」
ビシャリと小屋の扉を閉めると。それきり小屋から出て来なくなった。
いろいろと説得を試みたが、次第に頑固じじいの態度に腹が立ってきた。
なぜかこんなおれでも、バウリスターの家名をけなされるのは面白くない。
土でも耕しとれなんて馬鹿にされ方をしたのは初めてだ。
それで言い合いになって、最後は子供じみた(5歳半)ののしり合いになった。
「もうお迎えが来ちゃうから、教えられないんでちゅか~。訓練中にポックリくたばったら大変でちゅものね~。やーい、もうろくジジイ!」
「こんッ、たわけたガキがッ!」
木刀を持って飛び出してきたジジイの一撃を、使い慣れた持参の木刀で受ける。
こんなもうろくに負けてなるものかと必死で打ち返した。
さんざん打ち合ったのち、若さゆえの体力でジジイが根負けした。
「チッ、元気のいいガキじゃい。しょうがない、弟子にしてやるから食い物でも持ってこい」
「もうろくしてるみたいだから弟子になるのはやめたよ。おれと引き分けじゃないか」
「ふん、では最初の教えじゃ。頭に血を登らせるな。怒りに任せて渾身の一振りは出せん」
「そんなもの出せても大したことなさそうだけど」
「誰に口をきいておる。そこに構えい」
ひとことで言えば、この爺さんは本物だった。
いざ対峙して見れば、まったく隙がない。
打たれたことさえ気が付かなかった。
持って来ていた白パンを渡すことで、おれは正式に弟子と認められた。
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