第11話 魔物退治


 魔力の物質化成功を一番に喜んだのは、初級魔法にこだわることを一番反対していたヒョードル先生だった。

 固有魔法を発現させたと宣伝して回り、親父からがっぽりボーナスをせしめていた。

 鳥番や犬守のおじさんの方がよっぽど尊敬できる人格だが、おれが敬わなければならないのはヒョードル先生というのがつらいところだ。


 おれがキングトロールを倒してしまった時も、自分の弟子がとてつもない召喚獣と契約したのだと触れ回っていた。

 あまり言いたくはないが、あのキングトロールは知能がある相手に勝つことはない。

 触手同士を目の前でぶつける猫だましで、顔を両手で覆いながらしゃがみ込んで動かなくなってしまったほどの逸材である。


 おれが恐ろしいほどの才児であるとしなければ、三歳児に負けたのを認められなくてそのように触れ回っていたのではないかと思われる。

 5歳になった今では、もはや教わることもなくなってきて、魔法の授業では複合魔法を重点的にやっていた。

 剣の方は、やっとサリエ先生とまともに打ち合えるようになってきた。


 いまだに素振りが練習のメインではあるが、そのおかげで強化魔法の方が自然と使えるようになっていた。

 すでに剣速と威力はサリエ先生を越えているので、それによって技術の差を埋めることが出来ている。

 力負けしなくなったことで、避ける剣術に加えて、受ける剣術も使えるようになった。


 弓の方はおれにやる気がないせいで、やっと的に当たるかどうかだが、サリエ先生の方も教えることをあきらめている。

 騎士は剣と弓が使えてこそと言われるが、別に騎士を目指しているわけでもないし、固有魔法ハウルの方が便利で使いやすい。


「今日は本気できなさい。召喚魔法と固有魔法以外なら使ってもいいわ」


 剣の練習前にサリエ先生がそう言った。

 その言葉に驚いた。

 最近ではかなりの数の魔法を使えるようになっている。


「いいんですか」


「遠慮はいりません」


 開始と同時に、おれは火炎弾の魔法を放つ。魔法壁に阻まれるが、これは目くらましだ。

 魔法を追いかけるように一直線に駆けて、突きを放った。

 このくらいの攻撃がサリエ先生に通用しないのはわかっている。

 サリエ先生の間合いに入る直前で、真空を作り出して移動する風魔法、縮地を背後に発動させて、突きを放つ態勢のまま後ろにシフトする。


 コンマ数秒遅れたおれの突きが、体勢を崩したサリエ先生に入った。

 サリエ先生の鍛え抜かれた体が宙を舞う。

 しかし空中で体勢を立て直したサリエ先生は何事もなかったように着地し、着地と同時にこちらへと斬りかかってきた。

 おれは縮地を使って横に飛んだ。


 攻撃はなんとかかわしたものの、切り札を使ってしまったおれに、それ以降のまともな有効打はなかった。

 そもそもおれが普通の魔法など使えたところで目くらましくらいにしかならない。

 近距離なら威力はあるが、剣の間合いの内側で魔法を使う余裕などなかった。


「ずいぶん成長しましたね」


「そうでしょうか」


 ほぼ3年間、毎日8時間以上もしごかれていれば成長だってするだろう。

 このくらいの成長では、おれ自身が満足出来ない。


「小さいうちから強化魔法を使いこなしていましたからね。そこまで体に馴染ませた人間は、これまでに見たことがありません。しかもその動きは、子供特有の体の軽さや柔らかさを活かしたものではないから、大人になっても変わらなく使えるでしょう」


 その言葉にドキリとする。

 確かに、大人の体で子供のように体を動かしたら、足首などが動きに耐えられなくて身体を壊すことになる。

 おれはその感覚を持ったまま子供の体になっているから、図らずも子供らしくない動きをしてしまっていたのだ。


「そろそろ魔物との戦い方を覚えてもいい頃です。街道沿いで魔物と戦う許可を公爵に申請してみましょう。街道に出ても、剣の腕があると過信してはいけませんよ。まだ棒でしか訓練していないのだから、本物の剣とは勝手が違うことを忘れないように」


 今まで勝手に魔物と戦ったことはあったが、剣で戦ったことはない。

 さすがに魔物だって死に物狂いでくるから、ゴブリンでさえ油断できるような相手ではないのを知っている。


「ひとりでいいのですか」


「ケルンに召喚魔法、それに固有魔法まであるのだから大丈夫なはずです。街道なら兵士がいます。少しでも危険を感じたらすぐに助けを求めなさい。今後、私との訓練時間は半分にします。これからは自分の戦い方を見つけて、それに必要な訓練は自分で探さなければなりません。強くなるために歩まなければならないのは、けっして一本道ではありませんかね。自分にあった道を探すのですよ」


 サリエ先生が真剣な眼差しでおれの顔を覗き込んだ。

 そのアドバイスなら、おれはすでに心得ていて、独自の魔法を編み出している最中だ。

 先生はどこかでそのことに気が付いていたのかもしれない。

 魔法の練習のために、剣の練習をおろそかにしても怒られたことはなかった。


「いいですか。相手の実力を見て逃げるかどうかの判断、有利なポジションの取り方、周りの状況把握、総合的な戦術を心掛けるのですよ」


 こうして、今後は訓練の前に討伐証明部位の提出まで求められることになった。

 しかし、おれの体はまだぜんぜん出来上がっていない。簡単に骨折だってする。

 領内なら大した魔物はいないからという事だろうが、正直言ってちょっと怖い。

 なにせゴブリンだって石くらい投げるし、枝から作った棍棒や槍くらいは持っている。


「では最後の授業として、今日から野外生活訓練をします」


 その日から一週間ほど、サリエ先生と近くの森で寝泊まりすることになった。

 最初はなんの意味があるのかと思ったが、それは遭難した時のための訓練だった。


「この木の枯れ枝は濡れていても火が付きます。こっちの木は樹皮が同じように使えます。簡易な雨よけがあれば、雨の中で火を起こすこともできるのですよ」


 外套を雨よけにして焚き火をする方法や、燃えやすい木の種類や集め方、木を削って食器や野宿に必要な道具を作る方法などを教わった。

 当然ながら風下からは魔物が寄ってくるので、その警戒方法なども教わる。

 さらには、体臭を消す薬草や、匂いでの追跡をかわすために川を渡る方法など、サリエ先生の指導は軍事的な行動で必要になるようなことにまでおよんだ。


「火を起こすかどうかは、自分の体力や装備、その場所に生息する魔物なども考慮しなければなりません。火が起こせない時も、風に当たることだけはなんとしても避けなさい。体力を失えば生き残る確率も半減では済まないのですよ。できるだけ乾いた服を身につけ、靴だけはなんとしても濡れていない状態を保つのですよ。いざとなれば懐に入れて、体温で温めて乾かしてもいいでしょう」


 夜は寒さに震えながらサリエ先生と眠ることになる。

 風に吹かれながら寝ると、どれほど体力が下がるか身をもって知れとのことだった。

 朝になると、サリエ先生に抱えられるような態勢で目を覚ます。

 それでも頭痛と体の震えと共に、体が重くて体調が非常に悪くなっていた。


「ではこのロープの結び方を百回繰り返しなさい。目をつぶっていても正しく結べるようにならなければ意味がありません。時には両手が使えないこともあります。完全に覚えるまで繰り返しなさい」


 そんな体調が悪い中でも、訓練は続けられる。

 ロープの結び方、星座による方角の確認、飲める水の集め方、虫よけの草、食べられる野草、止血方法、骨折した時の添え木の結び方など、教わることは尽きない。

 騎士ともなれば、戦場から一人で逃げ延びなければならないこともあるのだろう。

 ナイフ、ロープ、外套だけで生き抜くサバイバル術を徹底的に叩き込まれた。


 野外訓練が終わった次の日から、体調が悪いまま午後はシロに乗って街道のパトロールを始めることになった。

 ケルンに乗った兵士たちとすれ違う事も少なくない。

 危なくなった時に少しでも目立つように、今日はエステル先生から貰ったピンクの外套を羽織っている。


 最初に現れたのはゴブリンだった。

 なんともリアリティのある風貌で、剣で戦うと考えただけで、その迫力に圧倒される。

 やはり少し怖い。

 ゴブリンは長めの棒きれを槍のように持って、何で磨いたのか尖った穂先が黒光りしている。

 おれはシロから飛び降りて、オリハルコンの剣を抜き放った。


 キーンと振動する純白の刀身を見ても、ゴブリンに怯んだ様子はない。

 魔物には感情などなく、人間への害意だけを具現化したような存在なのだ。

 完全に死んだことを確認するまでは、まったく気が抜けない相手である。


「ブシッ!!」


 という掛け声のもとに、槍の穂先がおれに向けて突き出された。

 気圧されてたたらを踏み、おれは尻もちをついて転がった。

 すぐに縮地で距離をとって構え直す。

 そこにゴブリンの槍が突っ込んできた。


 今までの訓練をすべて忘れてしまったかのような避け方で、半身の態勢から腰の入っていない剣を振るう。

 そんな攻撃でも、弾けるような勢いでゴブリンの首が空に飛んでいった。

 剣が鋭すぎて、粗末な攻撃でもなんとかなった。

 しばらくは動くこともできず、死んだかどうかの確認もせずに、ただ座り込んでいた。


 おれはゴブリンの死体を、いったん犬守の所に持って行くことにした。

 持ち上げるのに強化魔法も必要ないくらい軽く、風に吹かれてやっと汗が引いてきた。

 ダイアウルフたちに癒されながら、気持ちを落ち着かせる。

 そしてもう一度、シロに乗って街道をひたすら走った。

 森の中を観察していると、なにかがモゾりと動くのが見えた。


 あぶない魔物はいないと思っていたので、何も考えずに森の中へと入っていく。

 そしたらどでかいカメと目が合った。

 気が付いた時には目の前に水流がせまっていた。

 水の冷たさを感じるとともに体が宙を舞う。


 ナイアルの触手を呼び出して体に巻き付けると、背中に衝撃があった。

 木に叩きつけられたのだろう。

 地面に転がったおれを、シロが咥え上げて走り去ろうとしたので止める。

 あれはとても美味しい肉が取れる貴重な魔物である。

 水弾を木の陰に隠れてやり過ごしながら、おれは手の中に創り出したハウルを、カメがいた方に向かって連発した。


 甲羅に命中した弾が、あらぬ方向にそらされている。

 藪に隠れて頭が見えなくなってしまったので、適当に当たりをつけて撃っているが、どんなに連発しても倒せたという手ごたえが得られない。

 仕方なく太めの触手を召喚して、巻きとって潰すことにした。


 力を籠めるとぐしゃっという音がして、血飛沫が舞う。

 ひっこめられていた頭が力なく垂れてきたので、念のため剣でそれを切り飛ばしてから、内臓を処理した。

 この魔物だけは避けろと言われていたのを今になって思いだした。

 巨体だから遠くからでもわかるだろうと言われていたのに、同色の藪に紛れていたためまったくわからなかった。


 体調がよくないのもあるが、今日はゴブリンとの一戦から、どうも集中力に欠けている。

 カメを背中に巻き付け、シロに行き先を伝えて、おれはシロの背中にぐったりともたれかかった。

 温かい羽毛に顔をうずめていたら寝てしまったらしく、いつの間にか街に戻って来ていた。

 緊張のせいで精神的な疲れが溜まっていたのだろう。


 街の中心を抜ける大通りをシロに乗って歩いていると、めちゃくちゃな注目を受ける。

 白いケルンも珍しいし、子供がカメを一人で持ってくるのも珍しいのだ。

 これは避けろと言われていた魔物なので討伐証明部位も取らずに、すべて肉屋へと売ってしまった。

 家に持って帰っても処理が大変で歓迎はされない。


 注目されているので早く帰りたかったが、ふとハンターギルドの文字を見つけて思いとどまった。

 あのカメは大層な金になるらしいが、一般のハンターや傭兵はどのように倒しているのかが気になった。

 あの水流は、触手もなしに木に叩きつけられていたら死ぬような威力だった。


 建物に入ると、まわりは厳つい男たちであふれている。

 その中でも、とりわけ経験がありそうな一人の男を見つけた。

 ちょうどいいことに、その男は壁際の椅子に座って休んでいるところだった。

 話しかけようとして少し戸惑う。


 ピエール先生から、下賤の者と話すときは敬語を使わないように気をつけなさいと、耳にタコができるほど聞かされている。

 なんでも、少しでも舐められたら金をとられ、それがエスカレートすれば最後には命までとられるから、どんな相手であっても、対等か相手よりも自分が上だという態度で話さなければならそうである。


 多少大げさに言っている向きはあるだろうが、ピエール先生はそんなに外れたことも言わない人である。

 しかしこの短気そうなおっさんに、そんな態度でいいのだろうかと思わなくもない。


「ちょっと聞きたいことがある」


「なんだ坊主、見ねえ顔だな」


 ため口で話しても、おっさんには気にした様子がない。

 気にしてないというより、相手の口調なんぞを気にする神経が備わってないような感じだ。

 そのことにおれは安堵した。


「ハンターたちが、森にいるカメをどうやって倒しているのか教えて欲しい」


「どうやって倒すだあ? そんなもん、みんなで飛びかかって倒すに決まってんだろうが」


「水弾が飛んで来るだろ」


「そりゃあ飛んで来るさ。運が悪い奴は木に叩きつけられる。それで死んだら分け前が増えていいじゃねえか。……まあ、坊主の言いたいことはわかるがな。いろいろ作戦を考えてみたって、いざカメが現れたら、みんな頭空っぽになっちまって万歳しながら突撃よ。なにせ、あれを倒せば朝まで酒が飲めるんだ」


 男は豪快にガハハと笑ってみせた。

 そんな無茶な話があるかと思うが、荒くれものというのはそういうものなのだろうか。


「毎回、死人が出るのか」


 おれは恐る恐る、そう聞いてみた。


「んなわけねえだろうが。丈夫な体と鎧がありゃあ滅多には死なねえよ。打ち所が悪きゃ2、3日寝込むことはザラだがな。ハンターってのは、一番槍を入れた奴が倍の報酬を貰える習わしがあんのよ。だから夜討ち先駆けあたりまえの世界だ。どうしても競争になっちまう」


 正直、なんの参考にもならない。

 それでもなおも粘ってみる。


「だけど槍や剣じゃ効かないだろ」


「魔法なんざもっと効かねえ。あの甲羅にはなにをしても無駄だ。だからケツをぶっ刺すんだよ。グサッとな。そうすりゃ血が噴き出すから、放っとけばカメの方もそのうちくたばる」


 尻が弱点なのはいいことを聞いた。

 しかし、一人では魔法を避けて後ろに回るなど不可能だ。

 触手で潰したら買い叩かれてしまったので、しばらくは見つけたとしても放置でいいかなと結論して、おれは屋敷へと帰ることにした。

 助かったと告げて、カメを売って得た金をチップがわりに置いてギルドを出た。

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