第10話 ナイアル


 三歳の誕生日を迎えた。

 子供が三歳を迎えると盛大に祝うのが、この国の習わしらしい。

 親父からはオリハルコンの剣、ブラックドラゴンの皮でできたジャケット、新しく手に入れたという召喚魔法の契約書、それに使い道もない金貨を数枚貰った。


「最近は剣の修練を頑張っているそうじゃないか。これは先行投資のようなものだから、もっと剣の腕を上げるように頑張るのだぞ」


「私からは、あたらしい服を3着しつらえたものを送ります。大切に着るのですよ」


 兄貴からは大きめのナイフ、姉たちからは三人で縫ったという首巻を貰った。

 首巻とはケルン乗りが使うマフラーのようなもので、バウリスター家の証である青と白の生地でできていた。

 これは兄貴も親父も同じものを持っている。


 なんと言っても親父からのプレゼントが一番振るっていた。

 剣はおれの身長に合わせて短いながらも、豪華な作りの鞘に収まった一品もの。

 鞘から抜いてみると、白い刀身がキーンと高周波のような音を立てて振動した。それだけで作りの良さがわかる代物だ。


 ブラックドラゴンのジャケットも一級品で、クロスボウで打たれても穴すら開かないものだ。

 小さな鱗が何枚も折り重なるようになっていて、しなやかなのに弓矢が抜ける隙間もないほど密に重なっている。

 そして鱗の下にはゴムのような弾力性のあるぶ厚いのにしなやかな皮が入っているので、剣で撃たれても打撲すらしないだろう。


 なにより召喚魔法の契約書は、猫と契約したようなものじゃなく、黒い妖気のようなものが漂っているなんとも恐ろし気な一冊だった。

 おれは大喜びで何度も礼を言った。

 夕食はおれの大好きなカメ肉がでて、甘いお菓子も食べ放題である。

 麦の収穫が無事に終わって、家の中も華やいだような雰囲気が漂っていた。

 この年のブドウも実りが良くて、さっそく絞られたワインが蔵に寝かされている。


 麦から作る蒸留酒とブドウから作られるワインは、バウリスター家の収入に占める割合も大きい。

 おれもブドウジュースが飲めるから、酒蔵にはよく遊びに行っていた。

 どちらも高級酒で、でき次第に王都へと運ばれていく。

 それと麦のために街道は整備され、この時期から親父は街道の警備にかかりきりになる。


 商品を運ぶ行商たちの安全を確保する必要があるのだ。

 サリエ先生とヒョードル先生も、一か月ほど前から警備のために、王都との中間地点にある野営地へと行ったきり帰ってきていなかった。

 だからおれも自分の時間を持てて、非常にのびのびと過ごしている。


 華やかな宴会が終わって部屋に帰ると、少しだけ冷静になった。

 親父から貰った契約書は明らかにヤバいのではないかと思えてならないのだ。

 あいにくヒョードル先生はいないので相談できる相手もいない。

 血のような色をしたタイトルに妖気まで放っているのだから、明らかに契約をためらわせる雰囲気があった。


 表紙はナイアルラトホテプと読める。

 聞いたこともない召喚獣だし、召喚魔法の本にも載っていなかった名前だ。あたりまえながら等級も種族も不明だった。

 親父は、王都へ報告に行ったついでのオークションで落札してきたと言っていた。

 もとから鑑定書もついていなかったそうだ。


 オークションで競われてムキになり、理由もなく大金で落札してきたそうである。

 貴族のメンツがあるから負けられなかったと後述していた。

 それでもまあいいかと、おれは契約書に手を乗せる。

 考えてもわからないことは、考えるだけ無駄というのがおれの性分なのだ。


 かなり手こずりながら一時間ほどかけて魔力の同調を済ませると、契約は完了した。

 呼び出せるようになったのは大小様々な触手である。

 というか呼び出すのではなく、何故かはわからないが地面や体から触手を生やせるようになった。

 いじくりまわしてみると、すべてが筋肉でできているかのように力強い。


 たぶん本当に触手のほとんどは筋繊維によって形成されているのだろう。

 触手は細いのから大木のように太いものまで、何本でも魔力の続く限り呼び出すことが出来るが、対価として非常に多くの魔力を持っていかれるので乱発はできない。

 これは召喚魔法なのだろうか。


 どちらかというと召喚というより、召喚獣に体の一部を貸してもらっているような感じがする。

 触手も自分の体の一部のように自由自在に動かすことが出来て、意思の疎通によって動かしているという感じがしない。

 召喚魔法などではなく、変なものに呪われたんじゃないかという気さえする。


 それにしても、このおれが体から触手を生やすようになるのだから、人生というものは予測がつかない。

 こんなものが何の役に立つのかわからないが、これだけ丈夫なら防御には使えるだろう。

 それに筋肉と同じで、普段は非常に柔らかいから衝撃も緩和できる。


 もっと派手なやつを想像していたから、拍子抜けしたような感じでベッドに横になった。

 ヒョードル先生のキングトロールを前に見せてもらった時など、ケンカキックで大木を蹴り折って、それを片手で振り回すような芸当をしていたから、そういうやつを期待していた。

 でも、ヒョードル先生もそれで怪我をしていたし、このくらいあつかいやすいものの方がいいのかもしれない。


 なにせ、これなら練習しなくとも自在に使いこなすことが出来る。

 いや、バウリスターの血があるおれには、そういう難しいやつの方がいいのか。

 結果だけを言えば、一か月後に遠征から帰ってきたヒョードル先生のキングトロールと戦う機会を得られたが、簡単に勝つことが出来た。


 力自慢のキングトロールさえ、触手に絡めとられれば身動き一つできない。

 キングトロールの胴体ほどもある巨大な触手の力は、撒きついた大木を粉々にするほど強力だった。

 ただ呼び出すだけで気を失いそうになるほど魔力を吸い取られたので、そこまで大きいものは二度と呼びだす気はない。

 この触手はナイアルと呼ぶことにした。


 サリエ先生とヒョードル先生がいないあいだは、シロに乗って人気のない山奥に行っては魔弾の練習を繰り返していた。



 それから二年ほどして、おれが5歳になった頃のことだった。

 ついに、近未来的な形状をしたリボルバーの物質化に成功したのである。

 粘土や削った木などを使って、イメージを固めるのには本当に四苦八苦した。

 最初は手のひらの中に現れたそいつに、まったく気が付かなかった。


 いつの間にか手の中に握られていたのである。

 そんなまさかと思っていたら風のように消えてしまった。

 しかし一度形成できるようになったものは、何度でも創り出すことが出来る。

 おれは呼び出したリボルバーで岩を撃ってみた。


 鈍い発射音と共に、とてつもない反動が体を突き抜ける。

 しかし両手で押さえているから、肩が抜けたりするようなことはなかった。

 バレルの中にはしっかりとライフリングが刻まれており、残す課題は弾丸の形状だけとなった。

 それすらも最近では魔力操作に慣れてきているので難しくはないだろう。


 ついに形になってくれたのだ。

 試しにイノシシ型の魔物を撃ったら、何事もなく貫通してくれた。

 しかしまだ満足な威力とは言えない。

 弾が音速を超えるような本物の銃では、当たったところから衝撃波が広がって広範囲を損傷するのだ。


 それが出来なければ、ちょっと連射の効くクロスボウと変わりがない。

 あくまで銃でしか出せない威力を出すことが目標である。

 そしてこれからは射撃の練習も必要になった。

 射撃も練習すればするほど習熟すると聞いたことがあるのでおろそかにはできない。


 この相棒には、ハウル(咆哮)とでも名付けようか。

 今までやってきたいろいろなことが形になってきたのを実感し、嬉しかった。

 ここまで来るのにやたらと時間がかかったような気がする。

 あとは、撃ち殺してしまったイノシシはどうしようか。


 いつもは逃げているから、初めてこんな大物を倒してしまった。

 そういえば鳥番のおじさんが、いらない魔物は犬守に持っていけばいいと言っていた。

 街には必ず犬守という役割の人がいて、多数のダイアウルフを飼育している。

 ダイアウルフは魔物退治や警戒などを任せるために飼いならしたもので、もともと群れで狩りをする性質から統率の取れた動きができる。


 それを人間が指揮することによって、大物の魔物であっても取り囲んで倒すことかできるようになるというものだった。

 でかいイノシシを触手で背中に括り付けて、それを町まで運んだ。

 武器を持ったいかつい人間が多いので、あまり街の中に入ったことはない。


 今回ばかりは仕方がないので、門番に挨拶して街の中に入る。

 犬守の家は、柵で囲われた中に大量のダイアウルフがいるので、すぐに見つけることが出来た。

 このダイアウルフは屋敷の警備にも使われているもので、犬守のおじさんはおれを見ただけでぺこぺこと頭を下げた。


「もしやバウリスター家のお坊ちゃんではありませんか。わざわざボアを届けてくださったのですか。ご苦労様です」


 首巻の色でそう判断したらしい。

 確かに親父も同じものを巻いてるから、見たことがあればわかるのだろう。


「このまま投げ入れてもいいのかな」


 構わないと言うので、おれはそのままイノシシを柵の中に投げ入れた。

 ハスキー犬を三倍くらいにしたオオカミたちによって、丸々太っていたイノシシは見る見るうちに骨だけになってしまった。

 喧嘩もせず仲良く食べている。

 見た目は、かわいい顔つきの犬でしかない。


「触っても?」


「うーん、まずは柵の外から触ってみてください」


 そう言われたので、シロから降りて柵の中に手を入れてみる。

 ぺろぺろと嘗め回されるだけなのを見て、中に入ってもいいとの許可が出た。

 恐る恐る入ると、ダイアウルフたちはおれにまとわりついてくる。

 ふかふかで非常に触り心地がいい。


 試しにお手をさせてみると、素直に手を乗せてきた。

 そしたら、他のダイアウルフまで伏せておれの指示を待つような仕草を見せた。


「これは珍しい。認められてしまいましたね。ダイアウルフたちは相手の強さが計れます。自分たちより強ければリーダーとして群れに招き入れようとするのです」


 なにを持って強さを計っているのだろうか。

 魔力量なのか、それとももっと総合的なものか。

 もしかしたらおれの着ているブラックドラゴンの革のせいかもしれない。

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