第8話 剣術と魔法

 卵から生まれたのは、やけに白くて弱々しいひな鳥だった。

 さっそく鳥番に見せに行くと、小さな騒ぎになった。


「こりゃあまた、すげぇのが生まれたもんだ。大成功ですよ」


「少し弱々しい感じだけど」


「いやいや、ひなのうちはこれでいいんでさ。それよりも白さですよ。これほど白いのは生まれてこの方見たことねえ。羽が白いでしょう。これが白いほど強い魔力を持って生まれてきた証でさあ」


 ひなは大切に育てるからと言われて、鳥番のおじさんに取り上げられてしまった。

 この白いケルンは、周りからひどく羨ましがられた。周りがあまりに羨むものだから兄貴まで真似をして羨ましいと言ってくる。

 そのケルンはシロと名付けることになった。


 白にちなんだ名前のケルンはどこにでもいるらしいが、ここまで本当に白いのは他にいないそうである。

 あまり白くないケルンに白とかが入った名前をつけると馬鹿にされるので、堂々と白を名乗れるケルンはどこに行っても羨ましがられる。


 親父と兄貴に羨ましがられて取り上げられる心配もしたが、マリーにみっともないですよと言われて二人とも大人しくなった。

 いくら白くとも大して走れないケルンもいるそうで、その意味でも周りは半信半疑だったに違いない。


 おれは生まれてくれたことが嬉しくて、授業の合間をみては鳥小屋まで行くのが日課になってしまった。

 シロの方もよくなついてくれて、見に行けば身体を摺り寄せてくる。

 離れていても意思の疎通ができているような感じがするし、魔力の同調を試したのは正解だったと思う。



 それから、さらに数ヵ月の月日が流れた。

 大人の理解力と前世の知識によって、当然ながら授業は順調に進んでいる。

 召喚魔法の授業も、実際に契約するところまで進んだ。

 図書室の金網の中にあった、古びた黒い背表紙の冊子に手を乗せて魔力を同調させると、黒猫を一匹召喚できるようになった。


 虫けら級の召喚獣である。

 うまく魔力を同調すれば、こちらの命令を伝えることもできるし、猫の考えていることや見たものをおぼろげながら感じ取ることも出来る。

 バウリスターの血統のおかげか、これだけは苦労もなく覚えることが出来た。

 契約した本は自分で管理しなければならない。


 同じ契約書で他者が契約してしまうと、自分の契約が解除されて召喚獣を呼び出せなくなってしまう。だから人目に触れない場所に仕舞っておく必要があるのだ。

 図書室にある金網に覆われた部屋は、ほとんど泥棒対策のためのダミーであり、自分が契約した本は、屋敷の中に自分で隠し場所を考えて管理するように言われた。

 魔法の授業以外でも進歩はあって、作法などはマスターしたと認められてなくなっている。


 男でありながらマナーが完璧すぎると、女々しいなどと陰口をたたかれることもあるという理由から、ほどほどで許されるのが通例のようだった。

 しかし三人の姉たちは、気の毒にもいまだに厳しい授業を受けている。

 教養、魔法、薬学、戦闘に関する授業はまだ続いているが、教養に関してはピエール先生と毎日小一時間くらいソファーに座って軽くお茶をする程度で済むようになった。


 薬学はもともと趣味でやっているようなものだし、回復魔法については使えるようになっているので、気が向いた時に顔を出すくらいでいい。

 薬の調合なども基本的なことはできるようになったし、作りたい薬もできたのだが、材料集めの難易度があまりに高すぎて、学習意欲がそがれている。

 おれとしてはポーションの作り方を教わりたかったのだが、領内で作れたのは軟膏くらいのものだった。


 いくつかの授業が無くなった代わりに、魔法と戦闘の訓練は厳しさを増している。

 やっと一次成長が終わって、本格的に体が動かせるようになった重要な時期だからだ。

 この時期に色々なことを教わるのが一番吸収するらしい。そしてこの時期に覚えたことはなにがあろうと一生忘れないそうである。


 この頃から、素振りだけでなく実際にサリエ先生と打ち合うようにもなった。

 サリエ先生は非常に長い剣を使う身体強化に長けた戦士だ。

 強化魔法のあるこの世界では、剣の重さはハンデにならない。切れ味も魔法によって強化されるため、槍のようなものよりも破壊面積の大きい剣が重宝される。

 その槍さえも、この世界では巨大な斧と言っても差し支えないくらい大きいものばかりだ。


 この世界にある強化魔法は二種類あって、膂力を上げる身体強化と、切断力を上げたり、破壊効果を追加する刀身強化である。

 しかし、おれはまだ魔法壁しか教えてもらっていない。


「実戦で敵と相対したら、まずは相手に魔術刻印があるか確認しなさい。あれば幸運ですが、なければ正統の魔術を使う相手の可能性があります。常に魔法で牽制して、魔力壁を使わせ続けなければなりません。ですが練習中は魔法壁以外の魔法を使うことは禁止します」


 どうやら剣を極めるにも、魔法への対策を学ぶのは必須なようだった。

 基本的な戦い方の指南はわずかで、すぐに打ち合いが始まる。

 それでは打ち込んできなさいというので打ち込んだら、あっさりと打ち倒された。

 こんな年齢の子供相手にも、手加減してくれる気は無いらしい。


「まだ私の剣を受けられないのだから、動きを予測して安全地帯を探さなければなりませんよ」


「探しています。右側に抜けようとしました」


「では、ぎりぎりまで攻撃を引き付けるよう心掛けなさい。あんなに速く動き出したら、振り出した剣でも追いきれてしまいます。対応されないタイミングで動くのですよ。避け間違いや受けを誤るのはあってはならない事です。実戦では一度でも失敗すれば命を落とします」


 足場を悪くするために、周りには瓦礫が積まれている。

 なるべく高い場所をとるようにと教えられた。移動する場合、高いところから低いところへ移動する方が素早く動けるし、視界も良くなるから、何事にも対処しやすくなるのだ。

 そして素早く敵の攻撃をかわしたら、必殺の一撃を叩き込むよう教えられた。


 ウエイト差のせいで、かわして攻撃するという戦い方しか選ぶことが出来ない。

 いくら子供が身軽だと言っても、棒に綿と皮を巻き付けたような軽すぎる模造剣の攻撃など避けられるものではない。

 軽いから軌道を変えるのも簡単だ。


 しかし条件は同じだと言うのに、こちらの攻撃は当たる気配すらない。

 今日は突きを重点的に使ってみたが、簡単にかわされてしまった。

 リーチも補えるし、突きによる点の攻撃は、線の攻撃の何倍も受けにくいはずなのだ。

 とくにサリエ先生が使っている長物で突きを受けることなど、そうそうできるものではないだろう。なのに先生はそれを簡単にやってのけている。


 おれとしては沖田総司の三段突きを参考にしてのことだった。

 実戦では同じ相手を戦うことはまずない。

 見慣れない攻撃手段が一つあれば、それが本当の武器になる。

 そして攻撃は、捨て身で必殺の一撃を放つ方が、窮地において血路を開きやすい。

 三段突きというのは三度突くのではなく、一度の突きで三度突くつもりで捨て身の突きを放つ技の事である。


 素振りを続けたおかげで身体強化の魔法はものになってきている。

 それなのに長剣を使う相手に一撃すら入れられないというのは、どうしても自分の才能に疑問を感じてしまう。


「なにがいけないのでしょうか」


「今のところは何も悪くありません。攻撃を入れられないことを言っているのであれば、それが普通です。腕に差があれば当然のこと。むしろ一撃でも入れられたら、腕において並んだと言ってもいいでしょう。それでは素振りを始めなさい。今日も動けなくなるまで続けるのですよ」


 素振りで使う棒は、日々重さを増している。

 今使っているのは、木の棒に鉄棒を何本も巻き付けたものだ。

 棍棒のようなこれを毎日精魂尽きるまで振らされる。

 サリエ先生は行ってしまったので、動けなくなる寸前で切り上げて魔法の練習に移った。


 魔弾の弾丸はいまだに小さくすることすら出来ていなかった。

 魔力の流れから言って、イメージはつかめてきているはずなのに成功させられない。

 これがエステル先生の言っていた壁という奴だ。

 どうも手のひらから撃ちだすのに無理があるように感じている。


 指先からなら小さな弾丸を撃ちだせるような気がするのだが、威力の上がってきた魔弾を指から放てば、子供の指なんか簡単に折れてしまうように思えて試していなかった。

 しかしやってみない事にはどこが悪いのかわからない。

 おれは思い切って指に全力の身体強化をかけると、指の先から魔弾を放ってみた。

 鋭い痛みが走って、おれの意図した小さな弾丸を形成することに初めて成功した。


 一瞬やっちまったかと焦ったが、指はちゃんと元の形を保っていた。

 突き指程度で済んだのは、弾丸が小さくなって反動が少なくなったおかげだ。

 それでも弾丸の小型化には成功したので、次の段階に進むことになる。

 回転を与え、弾丸の形状を変えられるようになる必要がある。


「とうとう成功したじゃないか」


 そう半笑いで声をかけてきたのは、薬学を教わっているガルラ先生だ。

 もの好きで、たまにおれの訓練を見にきたりもする。

 今日も酒の匂いをぷんぷんさせて、飲んだくれている様子だった。

 つねに飲んでいるから、薬学について教わりたくとも予約が必要になる厄介な先生である。


「まだ途中です。この発動方法では指への負担が大きすぎます」


「しかし、そのやり方でしか成功しなかったんだろ。お前の魔力量が多すぎて絞り切れてないんだ。他のやり方じゃ絶対にできっこないぞ」


「でも指がもちません。この威力でしか使えないのなら失敗ですね」


「そんなことないだろ。お前が何をしたいのかは知らないが、やり方は他にいくらでもある。魔力によって発射台を形成するとかな。魔力の物質化はもう習っただろ」


「魔力の物質化は、長い年月の瞑想によって成せるものだと教わりました」


「普通はそうだろうな。でもお前はバウリスター家始まって以来の才児だそうじゃないか。自分の才能を信じてみたって悪くない賭けじゃないのか」


 それだけ言うと、ガルラ先生はどこかへと行ってしまった。

 きっと酒でも買いに行ったのだろう。

 才能とは言っても、魔力の物質化に必要なのは妄執ともいえるほどの思い込みを作り出すところにある。

 魔力操作の才能があるからと言ってできるものではない。


 ただおれには、こちらの世界の人が持ちえないイメージを最初から持っているという強みがある。

 ほかの手段として、魔道具のようなものを使う事も考えたが、あれは天然の魔導石から作られるもので、ピンポイントで必要な性質を持った石を探すのは不可能に等しい。


 自分の魔力を物質化したものなら、魔道具よりも最適な機能を備えられる。

 だが、狙って創り出すのは非常に難しいシロモノだ。

 けれど魔弾をあきらめないのであれば、ほかのやり方はないのかもしれない。

 少なくとも、おれが本で読んだ限りでは、オリジナルの魔法を作り出すのに魔力の物質化ほど適したやり方はない。


 もしかしたらほかにもやりようはあるのかもしれないが、ヒョードル先生はおれが初級魔法にこだわることに大反対なので、アドバイスを貰えそうな人がいない。

 おれはやってみるかと考えて、石の上に座って座禅を組んだ。

 強いイメージこそが成功のために必要なものだ。


 この魔法に成功した人が、それが実体化するほどまで一つのイメージを真剣に信じることこそが、この魔法の成功の秘訣だと言っているのを、以前に本で読んだことがある。

 イメージはシンプルなほどいい。

 おれが最初に思いついたイメージは、マグナムのリボルバーだった。

 強い弾丸を発射するイメージというと、それしか思い浮かばない。


 複雑な機構は無視したいところだが、魔力の弾丸を発射するための機関を内蔵したものでなくてはならない。

 それはさんざん練習してきた、魔弾の魔力錬成イメージに近いものだ。

 すでに何万発撃ってきたのかわからない。

 おれは新しいイメージで魔弾の練習を始めることにした。

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