第7話 ケルン
「召喚魔法は非常に効率が良く、出しておけば警戒、索敵、殲滅、移動、逃走など、同時にすべてが可能になる魔法なのですぞ。さらには農業にかかる膨大な人手を減らすことにも成功しました。それはひとえに、古の召還術を行使できた初代バウリスター家当主、レオラレス様の功績によるものと言えましょう。それによって領地と家名を国王様より賜りました」
「なぜレオラレスには、その召喚魔法が使えたのでしょうか」
「よい質問です。魔法の素質とは、すなわち血です。その血統を磨き上げることにより、レオン様のような才能を生み出すことに成功したのです。国内で最も魔法に長けた女子だけが、バウリスター家に嫁ぐ資格を持ちます」
「結婚相手は自分で決められないのですか」
「もちろんでございます。結婚相手は誰がいいなどと言い出すこと自体、男子として軟弱である証というだけでなく、貴族としての禁忌となっております。この王国に生まれた貴族の男子に、そのような妄言を口にするものはおりませんな。意中の女性がいたら妾にでもするのが普通です」
「この世界に恋愛結婚というのはないのですか」
「とんでもない。二度とそのような言葉を口にしてはなりませんぞ。図書室などに籠もって本など読まれますから、そのような悪い影響を受けてしまうのです。それは庶民社会における慣習であり、貴族社会では受けられ得ぬものなのですぞ」
振り切ってるなあ、異世界。
貴族にとって恋愛結婚というのは駆け落ちや心中といった行為に等しいらしい。
つまりそれは一族を捨てる行為であり、貴族にとってそれ以上の背徳行為はないとまで魔法教師のヒョードル先生は言い切った。
「他の地域で農業が出来ないのはなぜでしょうか」
「そんなことは簡単ですぞ。この地域は特別に魔物の数が少ないのです。それに、たまに現れる大型魔獣を相手しながら農業など、普通のものにできるわけもないですからな。それこそバウリスター家の召喚士を除いては不可能と言い切れます。バウリスター領が安全と言っても、たまにはオーガくらい現れるので、油断はできませんな。まあ、他の地域であっても果樹などを城壁の外に植えて、外に出る際に野生の植物などと一緒に採取するくらいのことは行われております。それであっても、ハンターギルドや傭兵ギルドの無法者たちが、ハントのついでに微々たる量を取ってくるのが関の山でしょう。そんな量でも街の住人にとっては生命線ではあります。ですから、この国では魔物を倒すための強さが、生き物の価値にも等しいのです。それゆえ魔法の力に長けた私などは、王都でも下にも置かぬあつかいをされたもので、それはもう毎日のように貴族の子弟たちが、貢ぎ物を持ってきては私に教えを請い……」
この先生の悪いところは、すぐ自慢話に終始するところである。
女性関係で問題を起こし、この地に逃げて来た下賤のものであると、ことあるごとにピエール先生に陰口を叩かれていることを知っているのだろうか。
「話がそれましたな。それでは召喚魔法の等級についてお教えしましょう。下から順に、虫けら、小型、中型、大型、国宝、幻想、神話となります。私が使えるのは大型クラスまでとなります。初代バウリスター様が使ったのが幻想クラスですね。レオン坊ちゃんなら神話級であっても契約可能でしょうが、なにせコンタクトが取れませんからな。契約には契約書が必要になります。これを手に入れるのが一番の問題でしょう。契約の書は、時たまこの世界に降ってくるとも言われておりますが、真偽のほどは不明です。古代から伝わった契約書が残っているだけとの説などもありますな。その昔、王都にモンスターが押し寄せたことがありまして、その時に私の呼び出したキングトロールが先陣を切って騎士団を率いた光景は、今でも絵画のように鮮明に私の脳裏に……」
召喚の本には、トロール系は上位の個体であっても馬鹿すぎてコントロールが効きにくいとあったが、果たしてその騎士団に被害は出なかったのだろうか。
力だけは強いのがトロール系の特徴である。その大型個体ともなれば大木を引っこ抜いて戦うこともできるだろう。
そのヒョードル先生の自慢話に背筋が冷たくなるのを感じた。
午後の授業では裏の練兵場に出て、初級魔法を教わることになった。
エステル先生に教わってできるようになっていたので、一通り確認しただけで終わった。
次からは中級魔法になるが、高度な魔法になるにつれて複雑な魔力操作が必要になるので、契約の言葉を唱えただけでは発動しない。
晩御飯を食べてからは、またサリエ先生による剣術の稽古が待っていた。
一日でも休むと体が鈍るという理由で、すでに暗くなっているというのに走り込みと素振りを言いつけられた。
身体強化の魔法の練習には、基本動作の反復が重要だそうである。
一日が忙しくなったが、合間を見てオリジナルの魔法の特訓もしていた。
習い事が始まったおかげで、メイドからの監視が緩くなって敷地内であれば自由に動けるようになったのは大きい。
一度は敷地内からも抜け出してみようと試みたが、練兵場の裏は切り立った崖になっていた。
この屋敷は崖の上に立てられた城のような作りになっている。
屋敷の正面にある林の道を通らない限りは、街に行くこともできない。
しかし、そちらには見張りの兵士が常にいるので、おれが気付かれずに屋敷を抜けることなど無理なようだった。
屋敷の前の林には、でかいダイアウルフが何匹も放たれているので近寄る気にさえなれない。
敷地内で、おれが最初に興味を引かれたのは、小屋で育てられている大きな鳥である。
馬小屋の中で馬と一緒に、茶色やグレーの大きな鳥たちが繋がれている。
尾羽が非常に長く胴体は丸っこい見た目の、このケルンという鳥は騎乗用に飼いならした野生動物である。
つねに世話役の男が、かいがいしくこの鳥の面倒を見ていた。
「この鳥は、人間から魔力を与えられて育つんでさあ。気を付けてくだされ。こいつらの蹴りは中型の魔物くらいなら一発で殺します」
ある時、鳥を眺めていたら世話をしていた男にそう話しかけられた。
羽まみれになって、大量の藁を運び込んでいる。
「こんな細い足で人間を乗せられるのかな」
「いやいや人間を乗せたくらいじゃ、なんてこともありませんや。卵のうちに魔力を注ぎ込むと、足の丈夫なやつが生まれるんでさあ。無理やりに強化するもんですからね」
足に魔力を貯めて、身体強化の魔法を発動させられる生き物なのだろう。
もともと足に魔力を貯める性質の鳥に、さらに人間が魔力を強制的に与えて羽化させると、人を乗せて走れるくらい強力な脚力を持たせることができるのだ。
ようは錬魔と同じ理屈だと思われる。
ダチョウよりも首が短く、馬の半分以下の大きさで、長い足と尾羽が付いている。
前傾姿勢で走るようだが、背中は平らで座りやすそうだ。
見た感じ、軽くて小さいから馬よりも機動性はありそうである。
整地された道が少なく、魔物が跋扈する世界では馬よりも便利なのかもしれない。
なにより魔力による強化だから、その脚力は馬などとは比べ物にならないだろう。
「誰が卵に魔力を注いでいるの」
「そらあ、あっしらですよ。魔力が多いのだけが自慢でね。坊ちゃんも一つやってみますか」
藁の上に並べられた卵を見せてもらった。
恐竜の卵のように大きいのがいくつも並んでいる。
こんなに孵らせるのかと驚いたが、どうやら成長して選別に落ちたケルンは売ってしまうらしい。
その卵に魔力を注ぎ込んでいくと、一つだけいくらでも魔力を吸い込んでしまう卵があった。
「その卵は大食らいでね。死んでるわけじゃなくて、たまにそういうのから凄いのが生まれたりするんでさぁね」
それを聞いた瞬間、ぜひとも育ててみたいと思った。
おれはその卵を貰うことにした。
なにせおれの魔力を全部吸い取ってもまだ足りないようなのだ。
ありえない程の大食らいである。
一日二回、ちゃんと魔力を与えたら凄いのが生まれてきそうな予感がする。
足りない分の魔力は周りから集めればいい。
姉でも兄貴でも親父でも、この家には魔力を余らせているものがいくらでもいるのだ。
おれは無理を言って、卵を入れる袋と、それを体に括り付ける縄を貰った。
その日から、おれのケルン育成が始まった。
「たしかにケルンは、魔法使いにとっても騎士にとっても重要な鳥だがな、なにもお前が抱えることはないだろう。鳥番に任せておけばいいではないか」
「どうしても自分で育ててみたいのです」
親父は、汚らしいずだ袋と、藁で編んだ荒い縄が気に入らないのだろう。
確かにゴミが出て家の中が汚くなる。
しかしメイドが秒で綺麗にしてくれるのだから、メイドには申し訳ないが、父の迷惑にはなっていない。
「まあまあ、いいじゃありませんか。レオンは勉強にも熱心で、教えた皆が驚いていましたよ。きっと好奇心が強いんだわ」
フォローしてくれたのは母のマリーだ。
「もっといいケルンを父上がお前にくれるよ」
兄はすでにケルンを一匹プレゼントされていて、乗り方を習っているところだ。
「どうしてもこの卵を育ててみたいのです、兄上」
「仕方ないな。初めてのワガママだから大目に見るとするか。だが食事の時はメイドにでも預けておきなさい。藁臭くてかなわん」
それからおれは本当に一日中、卵を抱えて過ごした。
召喚魔法の授業で習った、召喚獣と自分の精神をリンクさせるための魔力同調も試している。
召喚獣とケルンは別のものだが、召喚魔法の練習のついでだと思えばいい。
魔力をリンクさせると、かすかに意思の通じたような感覚がある気がする。
ようするにバウリスター家の血統とは、この能力に特化したものなのだ。
できたとしてもおかしくはない。
一日中卵を抱えて離さないおれに周りは呆れていたが、卵を取り上げられることはなく、育成は順調に進んだ。
最初は頼んでいたが、姉たちは面白がって自分から魔力を吸わせに来てくれるようになった。
おれは授業の間も離さずに、3か月ほど抱え続けた。
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