第4話 最初の魔法

「このあと先生は何をされるのですか」




「図書の閲覧を許可されていますから、自分の研究をするつもりです」




 朝の錬磨が終わったエステル先生がそう言ったので、後について行くと、あれだけ警備の厳重だった図書室にあっさりと入ることが出来た。


 大きな一室にソファーが二つあり、あとは本棚で埋まっている。


 入り口には司書の爺さんが鎮座していた。




「あまり変な物には触れないでくだされ。隔離されてない中にも、危険な本は沢山ありますでな。下手に触れると、一生外せない呪いによって、猿へと姿を変えられてしまうこともありますからな」




 爺さんは、ことさら恐怖を煽るようにおれへと言い含める。


 猿の真似をして、檻に閉じ込められて一生を過ごす恐ろしさを語ってくれた。


 司書と言っても、ここにあるすべての本をあつかいきれているわけではないようだ。


 呪われたりしないようにする術を、最低限くらいは知っていると言ったところか。




 この世界の本とはどれほど恐ろしいものなのだろう。


 エステル先生が司書の爺さんから蔵書の説明を受けている時も、隣で聞いていたおれは身の毛がよだつ様な思いでいた。


 悪魔の血で書かれた本はこの棚ですとか、そんな話が飛び出してくる。




 おれは爺さんに魔法の勉強になりそうな本を一冊見繕ってもらい、それで普通の文字と魔法文字を学ぶことにした。


 他の本にも興味はあるが、タイトルも読めないうちに手を出すのは危険すぎる。


 図書室の中には金網で囲われた本棚もあり、そっちは司書の爺さんでさえも触れてはならない本が収められているらしい。




 エステル先生は一冊の本を手に取ると、ソファーに座って読み始めた。


 その邪魔にならないようにと、爺さんがおれに本の読み方を教えてくれたので、おれはこの機にしっかりと文字を覚えることにした。


 本当はエステル先生に魔法を教えてもらいたかったのだが、それは昼ごはんのあとでもいい。




「その歳で信じられませぬ。さすがバウリスターの血を引いておられるだけあります。すべてを一度の説明だけで理解されましたな。さぞ将来に光多いことでしょう」




 一冊を読み終わると、爺さんは驚嘆してそう言った。


 予習も済んでいたし、そんな煩雑な発音ルールがあるわけでもない。例外もほとんどなく簡単な言語だった。


 魔法文字も漢字のようなルールだから、おれには非常に覚えやすい。


 明らかに不自然すぎる幼児だが、バウリスターの家名は便利な解釈を与えてくれるらしい。変な疑いを向けられなくて済むから、おれとしては非常に助かる。




 今のところ、そんな馬鹿なと思うような不自然ささえ、すんなりと受け入れられている。


 おれはソファーに行って、もう一度、今度は中身に目を向けながら読んでみようと、最初のページからめくり始めた。


 紙がぶ厚いから、ページ数自体はそんなに多くない。




 気が付いたら、エステル先生が不信を持ったような顔つきでおれを見ていた。


 はからずも足を組んで頬杖をつきながらページをめくる姿勢が、目の前のエステル先生と全く同じだった。


 幼児がこんな姿勢で本を読んでいたら確かに変に思うだろうが、先生は自分の真似をしているのだと解釈したらしく、姿勢を正して椅子に座りなおした。




 おれは楽な姿勢で読みたかったので、気付かないふりをしてそのまま読み続けた。


 魔法を使うにはまず、体内の魔力に気付かなければならない。


 そこまではわかっている。


 次に魔力を使用して、この世界に影響を及ぼすエネルギーに変える。それもできた。


 そして一般的な魔法を発動させるためには、契約が必要であると本には書かれていた。




 その契約とは力を呼び出す言葉を唱えることで完了する。


 本の中で最初に書かれていたのは、原初の神の力を借りるための言葉──”我が脅威に抗う力を与えよ”の一文だった。


 おれは特に何も考えもせずに、そのお祈りのようにも聞こえる言葉を口にした。




 体の中の魔力が勝手にいじられて、なんとも奇妙な感覚がした。


 おれの魔力が勝手になにかを形作り、それを前方に飛ばそうとするのだ。


 風に前髪が揺れたかと思うと、前方にいた先生が悲鳴を上げた。




「きゃあっ! もう、危ないですよ! うすうすそういう事になるんじゃないかと思って警戒していたからいいようなものの、普通なら大怪我していたかもしれません」




 どうやらおれの撃ちだした魔力の弾丸を、先生が前に突き出した両手のひらで受け止めたらしかった。




「魔法って素手で受け止められるものなのですね」




 おれは自分が魔法を使えてしまったことに少なからず驚いていた。多少の身体強化くらいならできていたが、ちゃんとした魔法らしい魔法はこれが初めての経験である。


 そんなおれの様子に先生は大きくため息をついて、ビシッと人差し指を立てる。




「……二度としないでくださいね。たまたま私が、魔法の才能に最も秀でていると言われた星の民という種族の出だったからよかったようなものの、普通なら事故が起きてましたよ。その魔力量において、星の民に匹敵する種族は存在しません。魔力量はイコールで抵抗力になります。ですから、まだ魔力が固まってもいない貴方の魔法などレジストできて当然なのです。偶然のお陰で何事もなかったのですよ」




 自慢だか説明だかわからない話が始まった。


 やはり先生はエルフのような魔法に特化した種族の出身のようだ。


 そのぶん線が細いというか、薄っぺらで華奢な体つきをしているから、あまり筋力には恵まれていないようだった。




 少女のように見えるわりに話し方が大人びているのも、エルフのように長寿の種族だからなんじゃないだろうか。




「先生は成人しておられるのですか」




 おれはふいに気になったことを聞いてみた。


 エステル先生は一瞬だけ言葉に詰まる。




「こ、今年で97歳になります。で、す、が! お婆ちゃんじゃありませんからね。そんなふうに呼んだら許しませんよ」




 ふむ。やはりそうかと納得した。


 子供のふりでもしておくかと「でもお婆ちゃんですよね」と言ったら、両のほっぺをつまんで思いっきり引っ張られた。




「先生の言葉には常に、はいとだけ返事をしてください」




「はひ。はの、離ひてくらはい」




 手は放してもらったが、子供だと思われてぞんざいに扱われている感が納得できない。


 おれは本に視線を戻して、先を読み進める。そこには契約と共に魔法が発動するから気をつけろと書かれていた。


 どうしてそんなことを後から書くような片手落ちをしているのだと、思わず突っ込まずにはいられない。




 それでも異世界で最初の魔法を成功させた感動はある。


 この世界の魔法は抵抗力――いわゆる魔力の量によってはレジストされてしまうこともわかった。


 おれの自然魔法の才能は人並みだが、距離の適性がないから遠くの魔力に力を及ぼすのが難しい。




 やはり召喚魔法を極めるほうがいいのだろうか。


 その後で召喚魔法の基礎の本も読んでみたが、召喚魔法は才能にのみ依存して、魔力はそれほど使わない燃費のよい魔法だと書かれていた。


 つまり召喚を極めるとなると、おれの魔力にはろくな使い道がない。




 それでも魔法の抵抗力には飛びぬけた才能があると先生が太鼓判を押してくれている。


 つまり、それって魔法に対する防御力は凄いが、遠くを攻撃できる魔法は使えないという、ゲーム脳のおれにとっては到底納得できないクソザコナメクジである。




 それと先生はレジストしたと胸を張っているが、その手のひらは赤くなっていたので、ダメージが少ない、もしくはほぼ無傷だった場合にレジストしたというらしい。


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