第8話「勇者のトラウマと決着」
「いきなり魔法ぶっぱとか考えたじゃないか!!」
俺は叫びながら実際この戦法は正解だと思っていた。先手必勝は重要だと俺の義理の姉の絵梨花姉さんことエリ姉さんも言っていた。あの人は向こうの世界で俺に虐待じみた訓練を課していたが言う事は常に正論だった。
『快利、甘いぞ!! 相手は最初の一撃に全てを賭けて来る者もいる!!』
『でも開始の合図と同時なんて……言う事は分かるけどさ』
俺がそんな事を言うとエリ姉さんは当時まだ中学生だったのに既に大きくなっていた胸を揺らしながら俺に宣言した。
『兵は
『う~ん、そういうもんかな?』
『そういうものだ!! それに示現流という流派は最初の一撃に――――』
そんな会話を思い出しながら俺は演習場の大きな岩に身を隠しながら態勢を整える。後ろでは下級魔法、初級魔法と呼ばれる魔法が連射されていて、いずれ大岩も吹き飛ばされる可能性すら有るだろう。
「ここまではエリ姉さんが正しい……だけど!!」
俺は独り言を言って岩の影から躍り出た。そして気配探知のスキルで接近していた三人を袈裟懸けに斬った。木刀だから鈍い感触がして骨は折れただろう。俺の一撃はスキルで威力が上がっているからだ。
「くっ!? 何で俺たちの位置が!?」
「バカ野郎!! あのガキはスキルを使えるんだぞ!?」
「だけど気配探知なんてすぐにはっ、うわあああ!?」
ここ一ヶ月の演習と言う名のイジメをして来て俺の能力の変化は気付いていただろうに油断していた。いや学習能力が欠片も無かった。
「俺は策を弄して戦うのが好きなんだよ!!」
そして周囲に火の下級魔法の
「なっ!?」
辺りに悲鳴や怒号が響いて大惨事になるが構わない。この演習場は結界が有るらしく周囲への被害は考えなくて良いし他の兵士も快復魔法や医療魔術でカバーできるから問題は何も無い。
「こ、これは……まさか、勇者様、あなたは!?」
「ああ、周囲にメイドを脅して集めさせた油の壺を埋めといた」
「なっ、なんという事を!?」
「大丈夫だろ? 回復魔法が有るんだろ? 俺に散々使ったじゃないか」
そういうとユインズ百騎長はプルプル震え出して俺を睨んだ。もう睨む事しか出来ないようだ。それを見ると俺は満足気に逃げ出した。しかし今度は追って来ない。当然だろう罠が有るのが露呈したのだから向こうも慎重だ。
「気を付けろ何をしてくるか分からんぞ!!」
副団長が大声を出して指示を出しているが正解だ。何も昨日の内にメイドに言う事を聞かせて用意したのは油壷だけじゃない。演習場の森の中には他にも罠を設置していた。特に凶悪なのは油壷で丸焼きの罠だが他にも嫌がらせの罠は用意した。
「ぐあああああ!?」
「ぎゃあああ!?」
「何だこれ~!!」
そして罠で弱ったり動けなくなった兵士や騎士を一方的に攻撃し昏倒させる。それだけで五十名弱を戦闘不能に追い込んだ。しかし敵は未だ二百名を越える数がいる。そして罠も多くを設置したが限界は来る。
(ま、ここまで来れば後は俺次第……やるぞ!!)
俺は今度は逆に一気に敵陣を中央突破するように木刀を振り回しながら魔法を連射する。それだけで周囲の第三騎士団は大混乱だ。それを数回繰り返し隊列をズタズタにすると各個撃破する。しかし問題が発生した。
「あっ、木刀が折れた……」
◇
それも当然だった。当時は今に比べて圧倒的に弱いとはいえ俺は勇者だ。木刀の方が先に限界を迎えていた。だが俺は躊躇しないで倒した騎士の持っていた剣を奪って抜いた。
「重い……んじゃ軽くするか」
そして奪った剣に魔力を流し込み木刀と同じ重さにした。これも後で知るが実は重力系魔法の中の調整魔術の一つで装備品を任意の重さや大きさに変更し使いやすくする術だった。もっとも当時の俺は無意識でこれを使用していた。
「くっ、怯むな!! かかれ!!」
「そのセリフは……敵の、悪役のセリフなんだよ!!」
俺は手に馴染んだ銀色に鈍く輝く剣を振ると簡単に兵士が鮮血を出しながら吹き飛んで悲鳴を上げていた。
「なっ!?」
「あ、ああ……そう、だよな真剣……だもんな」
そして俺は手に持つ剣が偽物から本物になったのを初めて自覚した。そして周囲の騎士や兵士たちもいよいよ目の色が変わった。そこからは本気の殺し合いとなった。だが俺は一歩も退かずに戦い抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……あと十人!!」
「くっ、まさか、こんな……我が第三騎士団がたった一人に」
既に団長と副団長は倒れ残っているのは手練れの数名とユインズ百騎長のみだった。だが構わないと俺は残りの騎士たちに飛び掛かる。
「いくら勇者でも疲れは有る!! 今こそ好機だ!!」
「そうだ、勇者と言ってもただのガキだ!!」
「そうさ俺は、俺は騎士になったんだ!!」
何か気になる発言をした奴も居たが俺は構わず突撃して三人を容赦無く斬り捨てた。そして俺の背後から別な騎士が二人突撃してくるから至近距離で雷の下級魔法のスパークを放つ。
「あと、五人……ふぅ」
そして魔法を放とうとした時だった。何と魔法が出なかった。それは単純な話で魔力切れだ。RPGみたいなゲーム風に言うとMP切れだ。
「やった!! ついに魔力が切れた!!行けるぞ!!」
そしてユインズ百騎長の周囲の騎士たちが俺に殺到した。だが俺にとってはチャンスだ。その事に気付いていたのは俺とユインズだけで奴は大声を上げていた。
「バカ者!! 勇者を……奴を舐めるな!! 魔法など使わなくても勇者は!!」
「え?」
「そう言う事だ!! うおりゃあああああ!!」
俺が魔法を使えないと突っ込んで来た三人を一刀のもとに斬り伏せる。実際は一人一人斬ったんだけど表現としてはこっちの方が正しいと後で聞いた。
「くっ、まさか……本当にここまでとは……」
「はぁ、はぁ、はぁ……でも結構キツいけどな」
「そうでなくては困ります勇者、あなたをこの人数で疲弊させられなければ我が騎士団は終いだ」
そう言うとユインズは剣を抜いて俺を睨んだ。それに対する返礼に俺はニヤリと笑って睨み返した。
「はぁ、ふぅ……いよいよラスボスの登場か」
「ラスボスとは意味が分かりませんが……今の貴公になら勝てる!!」
そして周囲は動けない騎士や気絶した兵士たちが大勢いる中で遂に一騎打ちが始まった。よくよく考えたら俺は百騎長と真剣勝負の一騎打ちは初めてだった。そして数合打ち合っただけで理解した。
「強い……他の奴とは別格だ」
「当然だ、私だけが唯一この団で本物だからだ!!」
その威圧感や剣捌きの全てが強いと思うと同時に俺が思ったのは、今の俺でも対処が出来る位のレベルだという感想だった。
「くっ!? だけど!?」
俺は押し込まれそうになるのを弾き飛ばした。そして隙が出た瞬間に魔法を放とうとして思い出した。俺、魔力切れじゃんって……意外と当時は焦っていたらしい。
「はぁ、はぁ……魔力が、もう無い……」
「お覚悟!! 勇者殿、王には事故死と報告しておく!!」
「ぐっ!! うわっ!?」
そしてユインズは今まで一度たりとも言わなかった殿を付けて俺に連続で斬撃を放った。ギリギリで防いだが魔力も神気も無い状態では身長差も有って俺が不利で何とか凌いでいた。
「何とか防いだようだが、次で終わりだ!! この世界を救うのは貴様のような異世界人の、ましてや未熟な子供などでは断じて無いっ!! この世界の人間が、我らが救うのだっ!!」
「ぐっ、俺は……こんな所でっ!?」
どうすると考えている中で時間がゆっくりと流れる不思議な感覚が俺を支配する。そして俺は再びエリ姉さんの特訓と言う名のしごきを思い出していた。
『快利!! これは有名な剣豪の佐々木小次郎が使った技『燕返し』のやり方が書いてある本だっ!! 顧問に借りて来た、凄いだろ!?』
『えっ? うん凄いね。それで何で俺に木刀向けてるの?』
『今からお前に燕返しを見せてやる!! ついでに私の燕返しを受けてみろっ!!』
そしてエリ姉さんは自己流の燕返しを俺に見せた。まず木刀を上段に構えそれを一気に振り下ろした。鼻先のギリギリまで掠ってビュンと風の音が鳴り剣圧が俺の顔に叩きつけられる。
『せいっ!! はぁっ!!』
『す、凄い……揺れてる……』
しかし俺は燕返しよりも、その時既にバスト九〇越えの胸に釘付けだった。だから当時の俺は姉さんの胸をガン見してたせいで下から来る本命の一撃を顎に直撃させられ気を失ってしまった。
「終わりだっ!! 勇者!!」
そして今目の前のユインズは正に上段から斬りかかり、その剣筋は鼻先に掠った。その瞬間ニヤリと奴は笑った。それを見て俺はすぐに悟った、これはエリ姉さんの燕返し(自己流)と同じだと、だから俺は間合いを強引に詰め相手の振り下ろした剣先を踏んで咄嗟に二段目を封じた。
「なっ、なにぃ!? この上下二段切りが読まれていた!?」
「そうだっ!! その技を俺は知っているっ!! それになぁっ!! お前なんかの剣よりも……エリ姉さんのオッパイの方がもっと速く動いてたんだよっ!!」
俺は剣を踏んづけたまま相手の懐に入り込み交差した瞬間、相手の剣を持つ手首を打ち、続けて相手の鎧の隙間の胴の部分を横薙ぎに斬り払った。
「み、見事……だ。勇者ど……の」
「エリ姉さん……やったよ。俺、姉さんのお陰で勝てたよ……」
ユインズは倒れ俺は剣を支えに何とか片膝を付いて油断無く最後まで周囲を見た。でも、それが限界で俺は魔力も神気も体力も全てを使い切って地面に倒れた。
◇
そこから先は聞いた話だが俺は近衛騎士団により救出され治療を受け数日の間は眠り続けていたそうだ。そして目覚めると凄まじい事になっていた。
「え? 第三騎士団を最前線送りぃ~!?」
「うむ、元から不良兵士やサボりの常習犯や犯罪者上がりなどの連中を戦時特例法で無理やり編成したのが第三騎士団でなテキトーな罪をでっちあげたかったのだ」
復活して真っ先に文句を言ってやろうと玉座の間に突撃した俺に対して王様が言ったのがこれだった。
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