第4話「勇者が魔法を覚えるのに必要な期間は二日です」


 それから十回目の回復を受けた頃だった。気のせいか回復が少し早まっているように感じる。この時の俺は気付いていなかったが実は確実に成長していた。


「では、さっさと行って下さい勇者殿」


 百騎長が面倒そうに言って俺を回復させると奴の部下が俺を追い立てる。それは作業になっていた。だが追い立てる奴らの目は心の底から楽しそうだ。


「ほらほら走れ走れ!!」


「ギャハハハハ!!」


 それを見ながら俺は逃げなきゃと本能で走り出す。気のせいか逃げ続ける内に相手の魔法を何度か避けるのも上手くなって来た。


「上手いじゃないか勇者様!!」


「ぐはっ!?」


 だが、それも俺の気のせいで偶然だったようだ。三回に一回くらい回避に成功していたようだが運が良いだけだろう。


「ちっ!! 逃げ足は良いじゃねえか!! 勇者様ぁ~!!」


 よく見たら例の兵士長だ。下卑た笑みを浮かべて俺を追い立てる様子は元の世界でのイジメを思い出させて嫌な感じだ。俺は背中に炎で焼かれる痛みを感じ悶絶するが耐えられないレベルじゃない。


 むしろ耐えて逃げることに全力だ。元の世界より深刻なのは俺に肉体的なダメージが有る事で、回復され永遠に攻撃を受け続ける苦痛が凄まじい。今思えば元の世界ではイジり、パシリ、罵詈雑言など精神的なイジメが多かった。


「それを、考えたら……キツいのは、こっち、か……」


「何か言ったかぁ!! ゆ~しゃ~様ぁ!!」


「ぐあっ……ううっ……」


 雷の魔法で体を貫かれビクンと跳ねて倒れると運ばれる。そして回復されるが今回は一瞬で済んだ。苦痛に歪んだと思ったらすぐに回復して安心した。慣れって怖いなと思っている内に、その日は夜になって俺は第三騎士団の狭い寝所に放り込まれた。




「あれ? ここは?」


「起きたのカイ?」


 その言葉で俺は夢の中だと理解した。だって俺のことを、そう言って優しく呼んでくれる同級生は今は居ないから。でも優しい夢に縋りたかった。


「うん、ルリ……嫌な夢を見てさ」


「そっか、でも私も最近は恐い事ばっかりだった」


 周囲を見ると中学からの同級生の少女の部屋なのはすぐに理解した。茶髪だけど染めている訳じゃない少女は風美かざみ瑠理香るりか、俺の大事な親友で、この一年後に俺のイジメの主犯になる少女だ。


「そっか、お父さんやお母さんとか今日は家には?」


「ううん、事務所……会社で対応してる」


 この時ルリの家は執拗に警察に取り調べを受けていた。この裏の事件について俺は当時は知らなかった。それは今から七年後に知ることになる。そして当時は俺は一人心細い彼女の傍に居ることしか出来なかった。


「ルリ、俺……何て言えば分かんないけど」


「ううん、カイが居てくれるだけで、その、助かってるし」


「俺、安心できるまで、いつでも、迷惑じゃなければ……来る、から」


「うんっ!! 待ってる!!」


 お互いにキョドって顔を赤くしながら俺たちは支え合っていた。そんな優しい思い出は一瞬で消えた。叩き起こされた。




「勇者殿、飯の時間だ、来い」


「あっ、ああ……」


 そこで出されたのは硬いパンのような何かとお湯のようなスープ、塩の味が微かにする白湯のようなスープだった。


「眠れましたか?」


「一応は……」


「では今日も飯を食べたら訓練です」


「分かった……」


 こっちが夢であってくれと俺はこれほど強く望んだことは無い。でも紛れもなく現実は今いる世界で、元の世界にはもう戻れない。でも優しかった世界は無いのだからと思い出すと俺は現実を受け入れるしか無かった。


「ほらほら勇者様!! 逃げろ逃げろ~!!」


「今日は何で行きますかねえ!! まずは炎よ!!」


 今日も兵士に追いかけられる日々、だけど数回魔法を食らって気付いたことが有った。昨日よりも兵士たちの魔法の威力が落ちている。さらに魔法の軌道も少しだけ見れていて回避も出来た。


「おっと、外しちまったぜ~、そらっ!!」


「ヘタクソが!! こうやんだよ!!」


 今度は電撃のような軌跡が見えたから俺は避けようとしたけど腕に当たる。強力な電撃が体に……走らなかった。


「あれ?」


「おい、お前も避けられてんじゃねえか!!」


 そうしている内に俺は冷静になり始めていた。相変わらず魔法に当たると痛いし恐い。だけど昨日より少しだけ遅く見える。だから俺は魔法を避けようと試みた。しかし結果は失敗で致命傷を避けるのが精一杯だ。


「おやおや、今日は傷が少ないですね勇者殿」


「ぐっ、お陰様でね……」


 百騎長に回復魔法で治療され即座に復帰すると俺は考える余裕が出て来た。そして一つ考えていたことを実行してみた。単純に相手の裏をかく。


「そ~ら、次は炎だ!!」


「右に回り込め~!!」


 奴らはバカ正直に大声で作戦を言っている。当然ながら狩りをしている相手が動物なら言語を理解しないが相手は人間である俺だ。舐めているんだろうが付け入る隙が有る。


「あそこだ!! 狙え~!!」


「逃げんなよ勇者!!」


 追って来ている。ならばチャンスだと俺は森の中でも奥の薄暗い場所に入り込むと兵士たちの追跡から逃れた。少しの間なら隠れていればバレずに済むと思っていた。


「ちっ、スキルで探せ!!」


「あの奥から反応が有るぜ!!」


 スキル? 何だそれ……RPG御用達の能力系か? だが俺の場所はすぐにバレて追い詰められる。そういえば近衛の三人にレクチャーを受けていた時にスキルとか話していた気がするのを思い出す。


(どうすれば、どうすれば……せめて何か……)


「勇者、みぃ~つけた!! くらえ雷撃よ!!」


「くっ、来るなああああああ!! うわあああああ!!」


 俺は背後に現れた兵士にゼロ距離で雷の下級魔法を撃たれそうになった時に咄嗟に俺は何かを爆発させるイメージで手を前に出していた。


「えっ!? ギャアアアアアアアア!?」


「手から炎が?」


 そして兵士の一人を全身火傷に追い込んでいた。これが一番最初の魔法で炎の下級魔法で俺は燃えろバーンと呼んでいた。


「おい、どうした……え?」


「はぁ、はぁ……燃えろ、燃えろおおおおおおお!!」


 完全な不意打ちで二人目を燃やした。二発目で完全に俺は理解した。魔法を使う方法を理解できた。何かを周囲から集め放出させるイメージ、後は応用で妄想力が大事で俺はすぐに雷の初級魔法のスパークなども使えるようになった。


「ぐあああああああ!?」


「な、何でだよ勇者は魔法つかえねえんだろ!?」


「いま、覚えたんだよ!! くらええええ!!」


 それから俺なりに頭を整理しながら魔法の使い方を兵士たちを実験体にして覚えて行く。そうこうしている内に五人全員を倒したから俺は風の初級魔法の応用で五人を広場に吹き飛ばした。




「なっ……これは」


「はぁ、はぁ……回復してあげて下さい」


 俺は肩で息をしながら言った。魔法を合計で六回使ったが、かなり体が疲れた。後で知るが、この症状は魔力オド欠乏症で魔法を使い過ぎるとなるものだ。初回の俺は初級魔法を五発以上撃つとフラフラだった。


「なっ、勇者、殿?」


「魔法の……特訓、なら、使って、良いんだろ?」


 だけど意地だけは通すために百騎長を見て言った。これは魔法の訓練だ。まさか魔法を使って反撃してはいけないなんて理由は無いだろ?


「ぐっ、それは……ですが、まさか使えない振りを!?」


「今さっき、覚えた……だけだ!!」


 それを言うと何人かは叫んで嘘だと言うが俺は余裕は無かった。だから目の前で俺は腕から放出するイメージをして先ほど兵士たちが使っていた魔法を放つ。


「スノーボール!! スパーク!! バーン!!」


 氷、雷、炎を出せる威力で連射して周囲に放ちまくった。そして気を失った。これが俺が初めて人前で使った魔法だった。


「まさか、二日で魔法を……ありえない、ありえない修得速度だ」


「嘘に決まってまさぁ、百騎長」


「あ、ああ……そうだな、だが……」


 この日、俺はグレスタード王国で初の魔法を二日で覚えるという快挙を達成したのだが、これが正式に認められるのは二年後だった。

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