最後の捜査
綴木しおり
最後の捜査
これが俺の、最後の捜査だ。
俺の名前は矢島壮、俺は今この辺りで起こっている連続殺人事件に大きく関わる人物を追っている。
奴は20年前、俺の親友を殺した。
俺はその日からずっと奴のことを追い続けている。
奴を絶対に逃しはしない、いつか必ず裁きを下してやる。
そんな思いを胸に抱き続けてこの20年を生きてきた。
事件の犯人は依然として逃亡中で、警察もまだ足取りが掴めないでいる。
奴は頭の切れる人物だ。
俺は奴を20年間探し続けているが、いまだに居場所は分かっていない。
だが、奴が俺の親友を殺した現場には奴以外にも複数の仲間がいた。
そいつらは数日前にようやく見つけ、裁きを下すことができた。
残るは奴1人のみ、俺は一心不乱に捜査を続ける。
それから数日がたったある日、俺は自分の目を疑った。
今回の事件の被害者宅周辺を移すマスコミのカメラに、なんと奴の姿が映っていたのだ。
何という偶然、何という奇跡だろうか。
やはり正義は俺に味方している。
俺は急いで奴のもとへ向かおうとした。
だが、
「待って!」
俺を呼び止めた人物がいた。
それは妻だった。
俺はこの20年の間に彼女と結婚し、一端の家庭を築いていた。
彼女も殺された親友の友人であり、俺の奴への憎悪も理解してくれているはずだった。
「ねえ、どこに行くつもり?」
「どこって、奴のもとに決まってるだろ。ほら見ろ、奴が映ってる」
どうやら奴は自分がカメラに映っていることに気づいていないらしく、今もカメラの前を徘徊している。
テレビを見たまま彼女はしばらく黙っていた。
やがて彼女は言った。
「本当に、あなたが行かないとダメなの?」
「ああ」
俺は間を開けることなく答える。
「ねえ、あなたはもう十分やったわ。後は他の人に任せればいいんじゃないかしら」
「いや、あいつらはもうあてにならない。だから俺がこの手で終わらせるしかないんだ」
その答えを聞いて、もう俺を止めることができないと悟ったのか、妻は黙って俺を抱きしめた。
俺も自分の両手を妻の背中に乗せる。
おそらくこれが最後の抱擁となるだろう。
「俺が全てをやり遂げた後、おそらく何人かの人物が俺のことについて聞きにこの家に来る。いいか、お前は俺がやったことについて『何も知らなかった』と答えるんだ。これは俺が勝手にやったこと、お前は一切関係ない。分かったな?」
「ええ、分かってるわ。だからあなたはあなたの信念を最後まで貫き通して」
「…ありがとう」
俺は妻の両腕から抜けて玄関の扉を開いた。
「いってらっしゃい」
妻が見送る俺の背中にはもはやさきほどまでの温もりは残っていない。
あるのは奴への冷たい感情だけだった。
奴はカメラに映った場所の数十メートル先をうろついていた。
奴は俺が居場所に気づいたなど夢にも思っていないようだ。
奴の後をつけていって少しすると、奴はある一軒家の中に入った。
ここが奴の現在の寝床のようだ。
これで全てが終わる。
俺は勢いよくドアを開けた。
そしてその瞬間、相手を甘く見ていたのは自分の方だったことを思い知った。
俺の目の前にいたのは奴、そして奴が呼んだと思われる数人の男たちだった。
彼らの両手には皆拳銃が握り締められている。
「…どうやら俺は嵌められたようだな」
一体、拳銃を持った男たちを前にして1人の男に何ができるというのだろうか、俺は自分が置かれている状況への諦めの笑みを漏らす。
そんな俺の所作でさえ恐ろしく思ったのだろうか、彼らの顔は一層強張り、その指は引き金へとかけられている。
「やっぱり君だったのか」
奴が言う。
「ああ、お前が俺の親友にしたことを許すわけがないだろ」
「君が許してくれなくても、法は私を許してくれるさ」
奴は俺を嘲笑う。
「ああそうだ。お前は法では裁けない。だから俺は自らの手で裁きを下すとを決めたんだ。」
「だが君は法に裁かれる」
「そのようだな。まったく、正義というものはつくづく悪の味方をしたがるものだ。俺の親友を殺したお前は裁かれず、俺はこれから裁きを受ける」
「そうは言っているが君も俺の大切な仲間に手をかけただろ?」
「よく言うぜ。お前はあいつらのことをこれっぽっちも大切だなんて思っていないくせに」
「それは君の想像に任せるよ。さあ、もうお別れの時間だ」
奴がそう言うと同時に、今まで会話を黙って聞いていた男たちが俺に近づいてくる。
為す術のない俺は両手をあげて降伏の意を伝える。
彼らのうちの1人は言った。
「矢島壮、お前を連続殺人の容疑で逮捕する」
最後の捜査 綴木しおり @kamihitoe
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