第24話 文化祭
神来中学の文化祭は11月、もう初雪が降ってもおかしくない寒い時期の金曜日と土曜日に行われた。クラスの出し物は迷路だった。生徒たちの机を積み上げ、段ボールの壁で覆うだけのものだが、しゃがんで歩くという制限を付けたため、そこそこ面白いものになった。思わず立ち上がった参加者はすぐに見つかるので、監視係によって秘密のエスケイプコースから連れ出され、ほっぺに反則シールを貼り付けられるというオマケ付きだ。
美月と美芽もクラスの話し合いには参加していたが、吹奏楽部は開会式、閉会式のほか、二日ともにコンサートがある。その練習のため、迷路の製作も当日の参加もできなかった。美芽は開会式と閉会式には演奏しないものの、コンサートには出演する。文化祭コンサートは先日美月が沙良に言ったように大会メンバー選抜オーディションの側面があり、美芽は美月に叱咤激励を受けながら練習に励んでいた。
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コンサート初日は観客も生徒ばかりということもあって吹奏楽部は緊張もなく伸び伸びと演奏できた。美芽も若干ヨタヨタしながらもミスなく演奏できた。美月は安堵し、二日目は自分の演奏に集中しようとしていた。その二日目、
「続いて吹奏楽部によるコンサートです」
総合司会の実行委員がマイクの前に立つ。二日目は土曜日ということもあって生徒の家族も多数会場を埋めている。
美月はスポットライトを浴びながら会場を眺めた。そう、ここは学校、ホームグラウンドだ。オーディエンスは生徒以外が多いとは言え、サマーコンサートとは違う。リラックスして行こう。美月にとっての黒歴史に近いサマーコンサートの汚名を返上する機会なのだ。あの時は演奏の途中なのに、それも調子よく入れたのに、一瞬思考回路に雑念が入り頭が真っ白になった。下らない雑念だった。会場近くの木の枝に、違う種類の野鳥が二羽、連れ立って留まったのだ。違う子なのに仲良し?言葉が横切ったのではない。そういう疑念が一瞬差し込まれ、たった今吹いていた箇所を喪失したのだ。本当に集中していないからあんな事になる。ましてや会場のオカリナのサポートを受けるなんて恥もいいところ。これまで数々の舞台を経験した美月でも、『本番は練習のつもりで』という言葉が如何に難しいことなのか痛感したのだ。
部長がタクトを振り上げ、演奏が始まる。曲は朝ドラ『なつぞら』のテーマ『優しいあの子』。北海道発の話なので馴染みやすかろうとの選曲だ。ま、この曲はそれほどプレッシャーはない…
ふと会場の最前列を見ると幼い女の子がオモチャの笛を吹いている。音は全然聞こえないし、演奏の邪魔にはなっていない。しかし一所懸命に吹いている。生徒の誰かの小さな妹なのだろう。母親らしきが隣にいるが、吹奏楽の音で娘の笛の音は聞こえないと見える。
小さな女の子は『優しいあの子』のメロディに合わせて身体を揺らし、腕を動かしてあたかも吹奏楽部の一員のように懸命に吹いている。突然美月の胸の奥から酸っぱい思いが上がって来た。あれは、あの子はずっと前の私だ。
幼かった美月もたまたま聴いたブラスバンドの迫力に驚き、クリスマスにオモチャの縦笛をサンタさんにねだった。願いが叶って縦笛を手に入れた美月は毎日それを吹き鳴らしたものだ。縦笛が、演奏が大好きだった。オモチャだなんて思わなかった。一人前だと思っていた。あの子もきっと同じ思いなんだ。
そう、あれはオモチャなんかじゃなかった。れっきとした楽器だった。本物の音楽だった…。
突然身体を揺らしてリズムを取り始めた美月に、サックスパートの仲間は驚いた。しかし美月がサックスを振って指す最前列をパートリーダーの3年生が確認すると、同様にリズムを取り始める。
美月は最前列の女の子と目が合った。ウィンクしてみる。女の子は縦笛を上げて応えた。美月のリズムはスタンディングオベーションのように部員たちに伝播し、小さな女の子を包み込んだ。
♪ 優しいあの子にも聴かせ~たい~ ♪
美月の心にスピッツの歌詞が残った。あの子って誰だろう…。
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