第23話 不思議の森

 やっぱここに来ちゃうな。神来公園のベンチで、沙良はまたオカリナを手にしていた。まだ香住さんの悲しみの欠片があちこちに漂っている気がするが、明るい曲でも吹いて吹き飛ばそう。


 沙良が吹き始めたのは『にじいろ』。沙良も好きな曲だ。この曲をハミングすれば悲しいことも手をつないで、スキップしながら行ってしまう。そんな気がする。沙良の音色は森へと高く舞い上がった。


+++


 ん? オカリナ?


 通りがかった美月は自転車のブレーキを引いた。神来公園の前。公園だから誰かが吹いていてもおかしくない。しばらく美月はその調べに耳を澄ませた。このメロディーは『にじいろ』。きれいに伸びた音色。軽快なタンギング。一緒にサックスで合わせたくなるような演奏だ。上手いな。いいな。


曲はリピートされる。美月は自転車のスタンドを立て、そっと公園を覗き込んだ。


あ。


あの後ろ姿は、小野田さん。ここで吹いてるんだ。軽快なメロディとは裏腹に気まずい思いが美月の心を横切った。声を掛ける訳にはいかない。私が彼女をここへ追いやったようなものだ。美月は手近な木陰に身を隠した。曲に込められた彼女の思い。一粒一粒の音符に託された思いが伝わって来る気がする。上手いだけじゃない? 聴いているうちに美月も判らなくなってきた。自分は何のために彼女にあんな事を言ったのだろう。美芽のため? それだけじゃない気がする。でも美芽のためでしょ? 反問を繰り返すうちに曲はエンディングに入った。


美月は混乱しながらそっと公園を出ると、自転車に跨った。急いで漕ぎ出す。でもな、きれいな音だったのは間違いない。ふう…参ったな、この胸のモヤモヤは…。


+++


 沙良は『にじいろ』を何回かリピートして一休みしていた。目の前の森の木々からコツコツと音が聞こえる。


キツツキ?


 目を凝らして木を見ると、居た居た…赤い帽子の、あれはアカゲラだ。夏休みのキャンプでパパが教えてくれた。アカゲラは木につかまりながら嘴で幹をたたいて大きな穴を掘っている。何の穴だろう。巣にするのかな。

よく見ると、隣の木にもいくつもの穴が開いている。あの子が全部開けたのかな。すご…。身を乗り出して眺めているとアカゲラは突然羽ばたいて飛び去った。邪魔しちゃったかな。


 沙良は少し反省し、空を見上げた。すると先ほどの木からさえずりが聞こえた。穴から小さな嘴が出ている。ヒナ…かな。見ていると少しずつ身を乗り出してくる。頭が赤い。きっとアカゲラのヒナなんだ。そうか、ご飯を待っているんだ。あんまりガン見すると嫌がられるかな。すると…


 すぐ上の穴からも小さなヒナが顔を出した。こっちは白とグレー。違う種類の鳥だ。アパートみたい。いろんな鳥が住んでるんだ。沙良が感心していると先ほどのアカゲラが帰って来た。アカゲラのヒナが騒がしく鳴く。親のアカゲラは器用に口移しで餌を与えるとすぐに飛び立った。アカゲラのヒナはキョロキョロしていたがやがて巣穴にひっこんだ。


 まだ飛べないからああやってご飯をもらうんだ。これって結構大変。沙良が穴を眺めているとまたアカゲラが戻って来た。しかしアカゲラのヒナは巣穴に引っ込んだまま。すぐ上では白とグレーのヒナがチィチィ鳴いている。すると…


 アカゲラの親はすぐ上の穴の所へ飛び移った。  え?


『おうち、間違ってるよ!』


 沙良は心で叫んだ。しかしアカゲラの親は躊躇ためらわずに白とグレーのヒナに餌を与えた。


 えー?  沙良はびっくりした。んなことあるのかな…って目の前で起こってる!


 アカゲラの親はまた飛び去り、すぐに戻ってきて、今度は自分の巣穴の中に顔を突っ込む。すぐにアカゲラのヒナが顔を出し、今度は正しく餌をもらった。そうそう、それでいいのよ。上のおうちの親鳥はどこにいるのだろう。


間違い…かな。いや、そんなことない。アカゲラの親が間違っただけ?人間だったら判らないことはない。ご近所の子どもたちにご飯を食べさせることもあるだろう。でも動物でも、たまにブタのお母さんが子犬を育てるとか、聞くことはある。ふうむ。


 沙良がもうしばらく観察しているとアカゲラの親は、また白とグレーのヒナに餌を与えた。白とグレーの親鳥はちっとも現れない。うーん、これはもう間違いじゃない。きっとアカゲラの親鳥はどっちのヒナも養っているんだ。兄弟みたいに思っているのかも。それじゃ家族じゃない、種類が違うけど。


不思議なことがある森だ。昔々神様が降りて来たって話がある神来の森。その神様が今もここにいるから、こんな不思議なことが起こってるのかも知れない。別の種類の鳥だって仲良く家族になって暮らせる森。まるで神様の魔法だ。


じゃあチロだって、この森にいればお母さんや家族が出来るかも。出来ますように。神様、チロに魔法をかけてあげて下さい…。


沙良は姿が見えない、そもそもいるのかいないのかも判らない森の神様に、そっと祈った。

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