第21話 吹かないで

 体育大会のほとぼりが冷めると再び沙良はクラスでぽつねんとなった。終業後、一人でさっさと帰るのも寂しく、このところ図書室で宿題を片付けてから帰るようにしている。その日も図書室に小一時間ばかり籠っての帰り、中庭を歩くと吹奏楽部の練習音がバラバラと聞こえて来た。個人個人で練習しているようだ。


 よし、私もちょっと吹いて行っちゃお。


 沙良はいつものベンチに座ってリュックからオカリナを取り出す。とりま、YOASOBIにしよう。テンポが速いからオカリナにはちょっと向かないと思わないこともないけど…。


 吹き始めた沙良の元に一人の生徒がやって来た。


「小野田さん」


 ん? あ、山名さん。やってきたのはサックスを手にした美月だった。


「あのさ、邪魔して悪いけど、お願いがあるんだけど」


 山名さんからのお願い?


「なぁに?」


「あのね、あなたの趣味の邪魔をする気はないのよ。それははっきり言っとく。だけど申し訳ないけど、ここでオカリナ吹くのはやめて欲しいの」


 沙良はお願いの内容に驚いた。


「な、なんで?」

「ここで吹かれると美芽のためにならないの」

「美芽…綿貫さん?」

「そ。吹奏楽部はね、文化祭が終わると3年生が引退して、私たちの学年が中心になるの。大会のメンバーも2年生中心に選ばれるのよ。だけど今のままじゃ美芽は選ばれない」


!?


「あなたのオカリナの音が気になるみたいで練習に集中できてないの。あの子、中学からクラリネット始めたから、このままじゃ1年生に抜かれちゃう」


「そ、そうだったの…ごめん」


「あなたがオカリナを吹くことをとやかく言ってるわけじゃないのよ。それは解って。どこか他所で、音が聞こえない場所で吹いてくれたらそれでいいの。あの子、のんびり屋だから小野田さんに直接言わないから、私が代わりにお願いする」


「う、うん。解った」


「美芽、今が正念場だから」


「うん。ごめん」


 美月は回れ右をしてさっさと歩いて行った。沙良には衝撃だった。自分が吹いているオカリナの音が、綿貫さんの練習の邪魔になってるなんて思いもしなかった。確かにどんなに邪魔になっていても、綿貫さんは自分では言い出さないだろう。


 美月の話を疑いもせず、沙良は反省した。


 そしてオカリナをリュックに仕舞うと立ち上がる。やっぱりあそこで吹くしかないか。

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