第20話 体育大会

 9月の下旬、神来中学では体育大会が行われた。依然クラスでぽつねんとしている沙良にも借り物競争が当てられた。沙良には初めての経験だ。そもそも沙良がカナダで通っていたミドルスクールには体育大会と呼ばれるものはなく、Sports Dayと呼ばれる行事で陸上競技を数種目行うだけだった。ましてや借り物競争の意味が解らない。


 やむを得ず沙良は、サマコンに招待してくれた美芽に休み時間にこっそり聞いてみた。


「綿貫さん。借り物競争ってどういうもの?」


 美芽は微笑んだ。


「解らんよね。走って行って、コースにある紙に書かれたもんば会場から借りて、それ持って走ってゴールする」

「ふうん。書かれたものって例えばどんなもの?」

「うーん。例えばぁ、校長先生」

「え?」

「まぁ、ようあるんは、メガネとか、ホークスの帽子」

「メガネは判るけど、ホークスなんてあるのかな」

「この辺じゃ少なかね。ファイターズならあるかな」

「どのみち解んない…」


「ま、一旦ウチんとこ来れば良かよ」

「うん。そうする。ごめんね」

「ううん、解らんで当たり前やけん」


 沙良はほっとした。何とかなりそうだ。


 そして体育大会当日、沙良はドキドキしながらスタートラインに立った。実は両親にも借り物競争について聞いてみたのだ。すると父は『好きな子』やら『怖そうな先生』やら『オタク』とか書いてあって盛り上がったとか言ってた。そりゃよく知った仲なら盛り上がるだろうけど今の私には拷問に近いよ。無難なものでありますように。


 合図が鳴って皆が飛び出す。少し走って沙良は手近な画用紙を取った。会場とアナウンス係に見せる。お題は、


『楽器』


 えー、いつもならオカリナを持っているのに。でもまず綿貫さんだ。沙良は画用紙を掲げながらクラスの方へ走った。


 クラス席では美芽がお題を確認していた。うーん、今ここに楽器がある筈もない。ホイッスルも楽器かな。どうしよう。美芽も周囲を見回す。沙良が走ってきた。オロオロする美芽。すると、横から、


「小野田さん、これ持ってって!」


 サクスフォンが沙良に差し出された。美月?。


「有難う」


 沙良は叫ぶとサクスフォンを大切に両手で抱えて走ってゆく。他の走者たちも混乱している。何しろ『最近禁煙した先生』やら『朝食がパン食の人』、『ガラケー』など難題揃いだ。


 沙良は余裕で一位でゴールし、クラスは盛り上がった。


 競技が終わり、沙良は困惑しながら戻って来た。山名さん、こんな大切なものをなんで貸してくれたのだろう。なんてお礼を言えばいいのか。でも、有難うしかない。


 沙良は美月に両手でサクスフォンを差し出す。


「本当に有難う」

「借りは返さなきゃね」

 

 借り…、サマコン? 山名さん、意識してたんだ。


「大事なものなのに、落としたりしなくて良かった」

「小野田さんは楽器は大事にすると思ったよ。1位だし、みんなハッピーちゃん」


 そう言うと美月はサクスフォンを持って本部席へ向かって歩いてゆく。そうか、校歌とか演奏するから持ってたんだ。それで咄嗟に持ってきてくれた。沙良は美月の知らなかった一面を見た気がした。


+++


美芽たちのクラスは結局2年生で3クラス中2位という可もなく不可もない戦績。1位を取れた競技は少なかったが、最下位も少なかったことが幸いしたようだ。しかし体育大会があっても部活はある。すぐに控えている文化祭の練習があるため、吹奏楽部員は帰れなかった。閉会式での教頭先生の挨拶が長く、グラウンドの後片付けと着替える時間を押してしまい、美芽も美月もバタバタしている。


「カバン持ってっちゃう?」


 美月がさっさと準備して美芽のところにやって来た。


「うん」


 美芽はおっとり育っていることあり、所作も大らかだ。お弁当箱を仕舞って、土埃にまみれた体操服をレジ袋に突っ込んで、それをまたリュックにねじ込んでいる。


「なかなか入らんと…」

「そりゃ何かを出さないと入んないよ」


 美月は呆れて眺めていた。すると、


 ゴトッ。リュックからポーチのようなソフトケースが転がり出た。美月の目が輝く。


「あれ、かっわいいー。メイクポーチ?見せてぇ」


 美芽が答える間もなく美月はソフトケースを手に取ってファスナーを開ける。中に入っていたのは…オカリナだった。


「ん?何これ?美芽、オカリナ持ってんの?」


 美芽は恥ずかしそうに頷いた。


「うん」

「なんで?」

「ちょっと吹いてみようかと」

「えー?」


 美月は疑うような目で美芽を見る。


「もしかして小野田さんの影響…とか?」

「まあ、そげなところ」


 美月はファスナーを閉じてソフトケースを美芽に渡しながら、わざとらしく溜息をついた。


「これで判ったよ。美芽が不調な原因。あんたそれやってるからクラの練習量、減ってるんでしょ?」

「そげんことなか。クラもやっとる」


 美芽は弱々しく答える。


「ううん。判るよ、聴いてりゃ。だいたいさ、オモチャだよ、これ。音楽じゃない、遊びだよ。音楽をちゃんとやるんならこんな事やってちゃ駄目だよ。そんなことじゃ大会メンバーに入れないよ!」


 美月は辛辣に言い放った。美芽は沙良が聞いていないか慌てて周囲を見回す。幸い沙良は速攻で帰宅したようだ。美月の口撃は続く。


「オカリナってさ、何千円でしょ?クラのマウスピースだけでももっとするでしょ。可哀想じゃないクラが!」

「そう…かな?」

「そうに決まってる。何千円ってリードひと箱と一緒じゃない。本当にオモチャ価格」

「値段やなかばい・・・」

「そりゃそうだけど、とにかく美芽はクラに集中しなきゃオケに失礼だよ」


 美芽は反論し切れなかった。確かに一緒に練習している吹部のみんなに失礼と言うのは判る気がする。美芽が描いていた沙良とオカリナをユニゾンで吹くという夢は音をたてて崩れた。

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