第19話 友だち2号

 二学期が始まった。始業式の日、美芽が『サマコン、来てくれて有難う』と言ってくれたが、それ以外の沙良の立ち位置は1学期と変わらない。しかしそれよりも気になるのは香住と会っていないことだった。あのお医者さんと思しき銀髪の男性の話をして以来、沙良は何度かこのベンチでオカリナを吹いているのだが、香住はちっとも現れない。スマホのメッセージもずっと未読のまま。沙良は一度思い切ってドラッグストアに入ってみた。ぐるぐると店内を回ってみたのだが、香住の姿はなかった。


 『便りがないのは良い便り』、という言葉があると沙良は習った。きっとそう言う事なのだろう。もしかしたらあの銀髪おじさんが香住を探し当てたのかも知れない。しかし、それならそれで香住は何か言って来そうなものだ。やっぱあの人だったーとか。謝りたいと銀髪おじさんは言ってたのだから、香住にとって都合悪いことではあるまい。ま、大人の世界は判んないけどさ。


 沙良はオカリナを出した。何吹こうかな。オカリナを口に当てて考えていると、沙良のスマホから通知音が聞こえた。

あ、香住さん? 思念が通じたのかな。慌てて沙良はスマホを取り出す。やはり香住からのメッセージだった。


『沙良ちゃん。連絡しないでごめんね。今、東京なの。沙良ちゃんが言った通り、銀色の髪の人は秋野先生だった。ある日ドラッグストアに訪ねてきてくれて、いろいろ話した結果、秋野先生とやり直すことにしました。詳しいことはまだ決まっていないけど、結婚式には沙良ちゃんも呼ぶつもり。彼も沙良ちゃんの事を”キューピッドの彼女”とか呼んでいて、是非来て欲しいって。今は近所の薬局でアルバイトしています。じゃ、また連絡するね。離れていてもずっと友だち1号だよ』


 け、けっこん? もうそこまで? 


沙良はそっくり返った。確かに香住さんも願ってたけど、あのおじさん、結構トシに見えたよね。大丈夫かな、って余計なお世話か。はぁーびっくりだ。そっかー、香住さんの片想いじゃなかったんだ、きっと。


 沙良はオカリナを置いて『おめでとうございます』スタンプを連打した。


 そして改めて神来の森を眺める。『ずっと友だちだよ』って言ったところで、ここにはいないもんな。ふう。沙良はオカリナを手に取ると『明日に架ける橋』を吹き始めた。東京まで長い橋が架かったんだ。香住さんは渡って行った。でも橋だもん、また帰って来ることもできる。今度はあのおじさんと一緒に。もしかしたら香住さんが話していた絢ちゃんって子も来るかも知れない。そう、私は放っておかれた訳じゃない。輪が広がるんだ。沙良はそう自分に言い聞かせてオカリナを吹いた。 カサッ。


 あ、チロ…。


 沙良は吹き続ける。きっとチロは聴いている。オカリナの調べが好きなんだ。


 曲が終わる。沙良がオカリナを膝に置いてもチロはこちらを見たままだった。もうやや小さな大人のキタキツネになっている。沙良は声を出してチロに話かけた。


「チロ、香住さん覚えてる?チロの足のケガを治療してくれた人だよ。香住さんね、東京に行ったの。結婚するんだって。それはとてもいい事なの。チロのお父さんとお母さんと同じだよ。でも東京って遠いのよ。飛行機で行かなくちゃいけないの。だからね、ここにはなかなか来られない。香住さんは私の友だち1号って言ってくれたけど、滅多に会えないのよ。チロはまだ独りぼっち?一緒だね。じゃあさ、じゃあ私の友だち2号になってよ。私、時々ここに来てオカリナ吹くからさ、チロとはお喋りできないけど、聴いていってよ。そんなお友だちがいてもいいよね」


 初秋の風がひんやりと沙良の心の隙間を吹き抜けて行った。

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