第18話 海路の日和

♪ ピンポーン


 ドラッグストアの自動ドアが開いた。


 『いらっしゃいませ!』


 入口近くにいた男子の学生バイトが声を出す。ちょうど香住は商品の陳列をしている最中だったが、薬品に関するややこしい話は全て香住に回って来るのでそれとなく気にしていた。案の定バイトの男子が足早にやって来る。


「三村さん、お客さんです!」


 お客さん?そりゃそうでしょ。来店者はみんなお客さんだよ。不審感が顔に出たのかバイト男子が小声になる。


「店のお客さんじゃないんですよ。三村さんって薬剤師さんいますかってご指名なんです。処方箋とかじゃないみたいです」


 言ってる事が判らんなと思いながら香住は入口に向かう。すると入口の脇に立っていた銀髪の男性が香住に向かって頭を下げた。 え?



「三村さん、ご無沙汰です。秋野です」


 余りに突然だった。沙良ちゃんが言ってた銀色の髪の人…、沙良ちゃんの言った通りだった。


「あ、えっと、秋野先生。あの、その節はすみませんでした」


 ドキドキしながら香住もお辞儀ををする。秋野医師は香住のその肩を手で止めた。


「すみませんは僕が言う事なんです。許して下さい。あなたのこと誤解していました。あんな風に言って本当に申し訳なかった。あなたの人生を台無しにしたかもしれない」


 秋野医師は香住に向かって深々と頭を下げた。背後でバイトの学生がポカンとしている。香住は学生バイトに


「何かあったら呼んで。外に居るから」


と告げると、秋野医師を外へいざなった。


「ここじゃ何なので、ちょっと外へ」

「そうだね。職場だもんね」


+++


 二人は駐輪場の脇のベンチに並んで腰掛けた。香住は改めて秋野医師を見る。髪の色が変わっただけじゃない。妙に痩せている。日焼けした顔には心なしか皴も増えたようだ。


「先生、もしかしてあたしを探していらっしゃったんでしょうか」

「うん、そうなんだ。あ、そうだ。先に言っておくけど絢ちゃんは元気に退院したよ」

「そうですか。良かった・・・」

「その退院の時にね、キミが絢ちゃんの治療に貢献してくれていたことが判ってね。お父さんの話も聞いて、それで僕は自分が間違ってたと知ったんだ。噂は僕がちゃんと調べて打ち消さなきゃいけなかったのにそのまま鵜呑みにしてしまった」


「・・・」

「だからまずは何としてもキミに謝らなきゃって思って、総務に聞いたらこの付近だって言われて、時々来てたんだけど病院ばっかりを当たってしまってね。あるところでポロっと洩らしたら、それはドラッグストアじゃないかって言われて。医者って世間知らずなんだって痛感したよ」

「あ、有難うございます」


 これは沙良ちゃんの事だ。しかし香住の中には戻って来た過去と戻らない気持ちがごちゃ混ぜになった。憧れていた秋野先生。あの叱責以来、自分の気持ちもよく判らなくなっていた。けど誤解が解けた以上元に戻る筈。筈なんだけど…。混乱する香住をよそに、秋野医師が続ける。


「でね、三村さん。キミさえ良ければなんだけど、また戻ってきてもらえんだろうか」

「東京にですか?」

「うん。西立山病院には戻る気にならんだろうし、それは僕の責任とは言え無理ないと思う。僕もね、あそこは辞めたんだ」

「お辞めになった?」

「そう。自分でも自分が嫌になっちゃって、全部リセットしたいなって思ってね」

「はい」


「今は開業医のお手伝いしてるんだよ。先生が高齢で後継ぎがいないから頼めないかって言われてね」

「はい…」

「それでキミを呼びたいなって」

「でも医薬分業なのでは」


 秋野医師は微笑んだ。


「そうじゃないんだ」


 秋野医師は一瞬空を見上げ、そして出た言葉は衝撃的なものだった。


+++


「勝手な言い分に聞こえると思うが、僕はキミと二人でやっていきたい。その想いが日増しに強くなってる。僕がぶち壊したキミの人生を僕がリペアしたい」


 香住は言葉を失った。


「僕と一緒になって貰えないだろうか」


 そして香住は悟った。彼がオカリナで『明日に架ける橋』を吹いていた理由を。

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