第12話 尋ね人
チロ、無事だよね…。
昨日の事故が頭から離れない沙良は、翌日、朝から神来公園を訪れた。来たからと言って必ずチロに会えるわけではないが、以前も雨の中でオカリナを吹いていたらチロが現れた。だから沙良はオカリナを持参していた。
いつものベンチに座って沙良は『スカボローフェア』を吹き出した。雨の中で香住さんが私を慰めながらハミングしていた曲。練習曲集にも載っていたので、こっそり練習していたのだ。
やっぱ、暑いや…
3回吹いてチロが出て来なかったら帰ろう。沙良は心に決めて2回目を吹いていたら後ろから足音が聞こえた。曲が終わった途端、
「キミ、上手になったね」
背後で男性の声がした。沙良は慌てて振り向く。あっ!いつかの…
後ろで微笑んでいた男性は、今年の春、沙良にオカリナを吹かせてくれた人だった。
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。オカリナちゃんと買ったんだね。嬉しいな、続けてくれていて」
「はい。すっかり相棒になってます。あの時吹いていらっしゃった曲から始めました」
「そうなんだ。そりゃもっと嬉しい。隣に座っていいかい」
「はい、どうぞ」
「僕もね、あの時のオカリナをずっと使ってるんだよ。予想通り思い出深くなっちゃってね」
「あっ、あの時はすみませんでした」
沙良が落として傷つけたオカリナの事だ。沙良は焦った。
「ううん、全然。でも古い曲を知ってるんだね」
「はい。友だちの、と言ってもずっと年上の人なんですけど、薬剤師さんが歌ってて」
「薬剤師さん?」
「はい。ドラッグストアの」
おじさんは周囲を見回す。銀色の髪が夏の光に鈍く光る。
「ドラッグストア!そうか…」
「ドラッグストアがどうかしたんですか?」
「いや、実はね。ずっと人を探してるんだけど、その人が薬剤師さんなんだ」
「へぇ?」
「以前同じ職場で働いていた人でね。多分この辺りの人なんで、休みを取るたびにこの近くの病院をずっと聞き回ってたんだよ」
沙良は少し呆れた。
「薬剤師さんって言うと、基本はドラッグストアじゃないんですか?」
「はは、そうだよね。思い込みって怖いな。歳取ると思い込みが激しくなっちゃってね。やだね、年寄りは」
「いえ、そんな歳だなんて」
おじさんは腕を組んだ。
「ふう。でもドラッグストアを訪ねて回るのも大変だな。数が多そうだし」
「なんで探してるんですか?」
「うん? まあ、なんだろ。まずは謝りたいんだよね。いろいろ誤解しちゃってて。そのせいでその人は傷ついて、病院も辞めちゃったんでね。責任感じてさ。それで将来の事も話したいんだ。許してもらえるなら」
「大人の人も大変なんですね」
「だね。ま、キミたちも大変だと思うけど」
「これからドラッグストアを回るんですか?」
「いや、今日はもう帰らなくちゃいけないんだ。飛行機の時間があるから」
おじさんはベンチから腰を浮かせた。
「ここ空港の近くだからさ、ちょっと寄ってみただけなんだけど、キミに会えて良かったよ。虚しく帰るだけだったのに、小さな花束貰ったみたいだ」
「褒め過ぎです」
「はは、いいじゃない。僕の勝手な妄想だから。じゃ、今度は一緒にオカリナ吹こうね」
「はい」
おじさんは大きなリュックを背負い直し、手を挙げて公園から出て行った。歩いて人を探すってめっちゃ大変じゃないのか。そんなにまでして謝りたい相手ってどんな人なんだろう。どんな事情があったんだろう。やはりお薬に関係することなのかな。
香住さんも『結婚をお願いしようと思ってた』とか言ってたな。大人の話はスケールが大きいや。あーあ、チロも出てこないし、暑くなってきたし、やっぱ帰ろう。
オカリナをリュックに入れて沙良は立ち上がった。
ん?
銀色髪のおじさん、将来の事も話したいって言ってた。将来? それに薬剤師さんが病院を辞めたって? 飛行機で帰るって? それ、もしかして…。
沙良は駆け出した。公園の入口までダッシュして辺りを見回す。
視界の端っこにバスが遠ざかってゆくのが見えた。
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