第11話 事故

 夏休み、沙良は1泊で家族キャンプに出掛けた。キャンプ場には困らない地域だ。カナダを思い出す広々とした自然を楽しんだ沙良は、自家用車で帰宅途中だった。


 もうすぐ神来の森に差しかかると言う場所で、沙良たちの前を走っている車の速度が落ちた。前の車は『わ』ナンバー。沙良の父もブレーキを踏み車間を少し空ける。父が声を上げた。


「キタキツネがいるね、親子かな」


 沙良は後部座席からフロントガラス越しに道路の端っこを見る。前方の道路脇の茂みにキツネが立っていて、道の反対側の草地に子ギツネが立っている。チロよりちょっと大きいかな、一緒に道路を渡れなかったんだ。危ないな。


 沙良の父は更にブレーキを踏んで、飛び出しに備える。その時、『わ』ナンバーの左右の窓からそれぞれ腕が突き出され、何かを路上に投げた。ロールパン? 右側から投げられたパンはセンターライン付近に転がっている。

道路脇の親ギツネは目の前に転がったパンをくわえる。『わ』ナンバーは加速しそのまま走り去った。


 「やばい!」


 沙良の父が叫んだ。転がったパンを目掛けて子ギツネが飛び出し、反対車線を走行してきたトラックが咄嗟に避けようとハンドルを切った。クラクションが炸裂する。


 !!


 蛇行したトラックはそのまま沙良たちの車とすれ違って走り去った。しかし路上には微動もしない金色の小さな塊が残されていた。


 沙良の父はハザードを点滅させ車を停める。親ギツネは路上に出て来て、金色の小さな塊を鼻でつついている。路上には血が流れている。沙良は言葉が出なかった。目はセンターラインを凝視し瞬きも出来ない。


 反対車線をビジネスワゴンが走って来た。路上のキツネに気がついたのか、ワゴンはハザードを点滅させ停車した。中から作業服を着た男性が2名出て来てセンターラインに近寄る。親ギツネは諦めたかのように踵を返し、茂みに戻る。その動きを虚ろに追う沙良の目には、その親ギツネの表情が焼き付いた。何か達観したかのような金色の瞳。額に傷痕のある親ギツネ。一度路上を振り返り、親ギツネは茂みに続く森へ入って行った。


 路上では沙良の父が作業服の男たちに声を掛けている。先程の事故の事情を話しているのだろう。少しして戻ってきた父は、ハザードを止めて車を発進させた。


「市役所の人だった。もう助からないって。エサやっちゃいけないのにって怒ってた」

「本当に。なんで判んないのかしらね。可哀想に」


 前席で会話を交わす両親。沙良は何も言えない。何もできない。せめて、チロ…じゃなくて良かった。こんな気持ち、正しいの? 沙良は心の中に生じた苦くて堅い塊を持て余した。

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