第10話 サマーコンサート

 北の大地に夏の日射しが眩しい。神来中学吹奏楽部は夏休みすぐの吹奏楽コンクール地区大会では銀賞に終わった。しかし部員たちに遊んでいる暇はなかった。今度はアウトレットでのコンサート。大屋根の下に並べられた椅子と譜面台、少しずつ集まって来る買い物客。朝から配布されているチラシを手にした客も多い。


 沙良もチラシを持ってやって来た。美芽や美月と顔を合わすのは何だか恥ずかしいので、端っこのベンチに腰かけて開演を待つ。4曲だからトーク入れても40分位だろう。Tシャツにショートパンツ、麦わら帽子を被った沙良は、小さなリュックからオカリナを出して膝の上で握りしめる。


 美芽から貰ったチラシは、初めてかけてもらった言葉、初めてもらった手紙、明日への希望だ。


『じゃ、来てね、待っとるけんね』


 そのひと言にどれほどの温かみを感じたことか。あの瞬間は陽の光が身体に射し込んだようで反応できなかった。でも後からじわじわと温かさが拡がって来たんだ。有難う綿貫さん。沙良はチラシに書かれている演奏者の名前を目で追って、そして指で撫でた。


 吹奏楽部員がぞろぞろとステージに出てきた。それぞれの楽器を持っている。綿貫さん・・・、あ、いた。でも手を振る訳にいかないな。私、ちゃんと来てるよ、判るかな。やっぱり真中に居れば良かったかな。沙良がじくじく考えていると、今度は担任である杵屋先生が出て来た。そっか、顧問だもん、出て来るよね。沙良は慌てて麦わら帽子を前に傾け顔を半分隠した。3年生の部長がマイクの前に立つ。


「えー、皆さま、今日はお集まり頂きまして有難うございます。私たちはここから歩いて10分ほどの神来中学吹奏楽部です。今日はこのステージで演奏をします。4曲ほどですが、どうぞ最後まで聴いて行って下さい」


 会場から拍手が起こり、部長は照れたような表情で席に戻って楽器を手に取った。杵屋先生が中央に立ち、タクトを振り上げる。1曲目はあの『明日に架ける橋』だった。


 前奏に続いて金管楽器が厳かにメロディーを引っ張る。1番は吹奏楽らしいボリュームで演奏された。沙良はオカリナの指だけで合わせた。大丈夫、私も合奏出来てる・・・。1番の終了間際に美月が立ち上がった。あ、ソロなんだ。

沙良はステージの美月を見ながら指を動かす。

 

 2番の始まり、一転してサックスの丸みを帯びた柔らかい音がゆったりと響く。


♪ When you're down When you're on the street・・・  ・・・  ・・・


 あれ?


 次のフレーズの間に不自然な間が空いた。美月の指が止まっている。部員たちの目が揺れる。沙良は咄嗟にオカリナを口に当て、息を吹き込んだ。


♪ When evening falls so hard ♪


 次の瞬間、サックスが生き返る。


♪ I will comfort you ・・・ ♪


 美月のサックスは会場に朗々と響き渡った。


 3番は再び全員での吹奏楽になる。沙良はもう指を動かさない。ただ響き渡る音色たちに身を委ねていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る