第9話 初めての招待状

 期末テストも終わり、吹奏楽部ではコンクールの札幌地区大会とサマーコンサートの準備一色になっていた。準備と言うのは演奏練習だけではない。演奏場所の下見、演奏者の配置の決定、楽器類の運搬の手配、そしてサマーコンサートについての周知である。札幌で行われるコンクールに足を運ぶ生徒は少ないが、サマーコンサートは近くのアウトレットが会場である。校内の掲示板にはお知らせとして掲示してあるものの、それだけで集まる筈もなく、また家族や町の人にも知ってもらうために毎回チラシを作っている。部員はそれを友人や家族や校外の人にも配ることが奨励されていた。


 美芽はこれは沙良に声を掛ける願ってもないチャンスだと考えた。同じクラスとは言え、いきなり『一緒にオカリナ吹こうよ』は言い出しにくい。だからまず音楽関係のつながりをつけるには格好の材料なのだ。


 そして1学期最後の日、終業式も終わって、成績表も渡され、夏休みの諸注意を聞いた後、いよいよその時が来た。生徒たちは立ち上がり、一様に荷物を抱えて帰ろうとしている。沙良が廊下に出た瞬間を狙って、美芽はチラシを持って沙良に駈け寄った。


「小野田さん」


 沙良が振り返る。まるで宇宙人に声を掛けられたような表情だ。


「はい??」


 美芽は手にしていたチラシを目の前に掲げた。


「夏休みにね、アウトレットで吹奏楽部がコンサートやるんよ。良かったら小野田さんにも来てもらえたらなぁって思って」


 沙良はチラシを受け取り目を通す。美芽は続けた。


「小野田さんも音楽やっとうと?」

「え? うん、って言うかこんな本格的なんじゃないけど」

「オカリナ吹いてたやろ?音楽やっとう人はみんな仲間や思うとるけん、聴いて欲しいなって」


 綿貫さん・・・、喋るの初めてかも。私がオカリナ吹いてるの知ってるんだ。沙良は戸惑った。


 その表情を美芽は見て取った。もう一押しや。しかし、その時背後から美月の声が聞こえた。


「美芽~、音楽室、練習行くよ~」


 美月は『何してるの』って顔をしている。これ以上喋ってるとややこしくなりそう。美芽は見切った。


「じゃ、来てね。待っとるけんね」


 美芽はそれだけ言うと、美月の背中を追いかけた。


 残された沙良には不思議な感触が残った。クラスメイトから初めて普通の会話をされた・・・。改めてチラシを眺める。演奏曲が記載されている。


 え? 明日に架ける橋?


 そのチラシは沙良にとって、初めて誘われたダンスのような、初々しい期待になった。こっそり合奏したら怒られるかな。端っこで指だけでも一緒に合わせられるかな。


 廊下を歩きながら沙良は一人思いを巡らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る