第24話 危機

 坂口さんはそれからもたびたびお弁当を持ってきてくれた。いつも美味しく出来ていた。こういう仕事をしていると悲しいことに美味しくないものがたべられなくなる。この偏食は今だに治っていない。美味しくて良かった。

 

 楽しい時は続かない。

 前の店の駐車場で坂口さんとキスをしたことがある。これを他店舗の社員に見られていたのだ。旦那が先輩社員で嫁が契約社員で帰りの車窓から見たと主張した。名は坂本と言った。嫁とは働いたことがある。いやな夫婦だ。


N店にて、

「あれは君だよね?」

「違います。知りません」

「あれは山口さんでしたよ。間違いないわ」

「証拠でもあるのですか?」

「なにをきさま、先輩に向かって、証拠を出せだと?穏便に終わらせてやろうと思っていたが……ただではすまさんぞ!」

「好きにしてください。わざわざお店までお越しくださりお疲れさまでした」


 夫婦は顔を見合わせ、田口店長の所へ行った。

「田口店長、山口が深夜帯に駐車場でアルバイトの女性とキスをしていました。」

「アハハ。それで……?」

「店長! 服務規律違反です!」

「そうだな。わかった。ただ言っておく。この件をこれ以上他言するな。坂本、お前、店長になりたいんだろ。ずっと副店長でもいいのなら好きにしろ。わかったか!」

「は、はい。お時間頂戴して申し訳ございませんでした。失礼致します」

「うん。それにお前ら暇だな。早く子供を作れ。暫くおれの前に表れるな。気分が悪い」

「はい。わかりました……」


 坂本夫婦は逃げるように帰って行った。

 

 店長との付き合いは長い。これはただでは済まないと確信していた。

 店長がお帰りになる前に事務所に呼ばれた。

「失礼します」

「おう、入れ」

「はい」

「座れ」

「はい」

「夜勤のかわいい娘だろ?やったのか?」

「え?あ、いえ、やってません」

「嘘言え、バカタレが……あのバカ夫婦が言うことも一理ある。知ったからには、このままにしておくことは出来ない。わかるよな?」

「……」

「わかるだろ?」

「…………」

「お前、本気だな?俺にそんな態度を取るなんて……」

「すいません。本気です」

「いや、相手が結婚してないなら何も言わない。結婚してたよな?」

「はい」

「それはいけない。不貞行為だぞ。お前がしていることは?」

「はい」

「彼女と別れるか、会社を辞めるか、どちらか決めろ」

「…………はい」

「決まったら教えろ!」

「はい」

「山口、(天網恢恢疎にして漏らさず)という格言がある。調べとけ!」

「はい」


「じゃあ、帰る。あと宜しく!」

と言って帰って行った。


 26歳の僕にはこれでも修羅場であった。

「女か仕事か?どちらを取るか?」

決断するには酒の力を必要とするなと感じた。

 

『天網恢恢疎にして漏らさず』

僕の座右の銘はこの時に決まった。



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