第22話 キス、キス、キス
僕たちは抱き合ってキスする関係になっていた。どちらがどうのと言った記憶はない。いうなら彼女が僕の気持ちを察してこうなった気がするんだ。
「この僕の気持ちを察する」に関しては今でも彼女以上の人はいない。不思議なんだけどだから今でも思い出す女性なのかもしれない。
僕たちは店舗の裏口、事務所、駐車場で人気がなければキスをした。時間の許す限り、人気が許す限り。彼女は口紅を直して店内へ僕は口紅を拭い取って店内へと戻った。この関係は店舗だけに限られていた。やはり、家庭があるからだろう、店が休みの日にどこかでとはならなかった。
僕には異動の話が来ていた。そうかもう一年になるのか。
店長は厳しい方だった。店長が作るワークスケジュールでみんな働くのだが僕と一年先輩社員には死ね死ねシフトと呼ばれるワークの線が引かれていた。一日の睡眠は約3時間、3ヶ月休みなしで働いた。
店長は副社長のカバン持ちをされていた方だ。副社長は当時球団を持ち、小売り王と呼ばれた方とチェーンのステ-キハウスを作られた方だった。
この店で店長と出会い、厳しさゆえに初めてアルバイトの前で涙したこともある。店長が大型店舗でカリスマ創業者の肝いりの店舗に異動することになった時には正直ほっとした。しかし店を後にするとき僕に言った。
「準備をしておけ。お前をすぐに呼ぶ」
地獄から地獄。ただぐっすり睡りたかっただけのなのに……それも許されそうにない。
「そうは言っても、前任者がいるわけだし、そんなに店長のいうとおりにいくわけがない!」と腹をくくっていたが……
「すべて店長のいうとおりになった」
今いる会社の寮から通勤できる距離なので引っ越しの必要はなく、たぶん店長のことだから今からすぐにこいとか言うんだろうなと気持ちが沈んだ。気持ちがへこむと思い出すのは彼女のことだけだった。まだ、携帯がない時代だ。店を離れることは彼女とも離れることを意味していた。これでよかったんだと自分に言い聞かせた。
店舗異動を控えたある日、彼女がいつもどおり出勤してきた。
「え!どうしたその顔のあざは?」
「…………」
「痛そうだな?働けるのか?」
「…………」
「誰から殴ら……旦那だな?くそ、なんてことしやがるんだ。君を殴るなんて……今日は働かなくていい。テラス席で紅茶でも飲んでろ。とにかに冷やせ。営業は君なしでもなんとかする」
「山口さん、好き。大好き。離れたくない」
「うん。ありがとう。でも食材借りに来たりとかするし、これで永遠のお別れではないから……」
「永遠?」
「そう、もう2度と会えないとかでは……」
「じゃあ次はいつ、その次の次はいつ?」
「落ち着きなさい。なんかドリンク持ってこようか?」
「やさしくしないで!どんどん好きになっていく。どうしてくれるのよ!」
「…………どうすればいいかわからないよ。仕事中だしね……ああ君と二人だけならキスをするよ。永遠にね……」
「うふふ、上手く持っていったわね」
「やっと笑った。君には笑ってもらわないと店の売上が上がらないから困るんだ(笑)」
「あ~~人をパンダみたいに……」
「いや、いや、君はパンダなんだよ。タイムカード見てみい。坂口パンダになってるから!」
「え!うそ?」
「うそだよ……。でも君を好きなのは嘘ではない。次、いつ会えるとは正確には言えないけど、また会える。わかってくれるよね」
「わかった。ありがとう」
まだDVとして問題視される前の話なのだが多くの女性が犠牲になってきたのかと思うと許せない。だがDVする側のケアの話はあまり耳にしない。加害者を減らさないと被害者は減らない。当たり前の話だと思うのだが……間違ってる?
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