第17話『居酒屋での国家機密』

 帰りは前席に私と坂口さん、後部座席に古賀と田中さんが位置した。みんなが楽しい思い出になればいいなと思った。行きとは違う楽しい雰囲気が感じ取れた。「6億年前は地球は全球凍結といって雪の玉だった。地上1000m海抜1000m凍結の状態だ。生物はどうやって生き抜いたでしょうか?」と古賀が田中さんに尋ねているのが聞こえた。「なに!!!」私のなかで疑惑が確信に変わった。悲しかった。坂口さんが感じ取ったのかギアを握りしめる手の上に自分の手を乗せてくれた。「え~わからない。それって仮説でしょ?」「これが仮説なら人間は今でも微生物のままだよ」「え~わからない。何?」「答えは温泉。地下のマグマによる温泉の熱で我々の祖先は微生物として生き延びたんだよ」「へ~なるほどね」「だから今度みんなで温泉にいこうよ」「うんうん、いこう」

 私は古賀と話さなければならないと感じていた。ただしこの娘たちを楽しい感じのまま送り届けた後だ。


 ふたりを届けた後、古賀を飲みに誘った。「いいね、車は?」「タクシーで帰って、バスで来る」「いつもの店でいいか?」「いや、もう少し静かな店がいい」「そうか、わかった。あてはある」ふたりはその店へと歩を進めた。


「生2杯、あと1000円分適当に焼いてください」「まいど」「乾杯、今日はお疲れさま」

「お疲れさま」「坂口さんの手応えは?」「うん、ひとを傷つけずにやんわりと断ってくるという感じかな……」「……本当に恋の駆け引きをしたのかな?」「なにが言いたい?」「おまえはだれだ?生2杯とバラ2」「山口、何を言ってるんだ?気でもふれたか?サガリ2」「昭和40年台に全球凍結の論文はだされてはいない。しかもそれが合意に至るまで20年かかっている」「よっておまえはこの時代の人間ではない」「……迂闊でした……Dr.9」「Dr.9?……いったいどういうことなのか教えてほしい」「トップシ―クレットの国家機密です。それをこんな居酒屋で……」「居酒屋を侮辱するな。これがなかったらサラリーマンは暴動だ」


Dr.9の面前で緊張すると断って話し始めた。

 Dr.9は高卒で建設省にノンキャリとして入省する。大卒のキャリアに劣等感を感じつつ、発明の特許の独学を進める。おもちゃ「ルービックキュ―ブ」が爆発的にヒットし一財を成す。これを家族の生活費とし、自らは東大へと進学。そこで行動心理学を学ぶ。未来ではロボットは人間行動の91%が可能となる。ハ―ド面をクリアしたことで将来的労働力に成り得ると考えられた。しかし、医療従事者、原発廃炉などストレスが多い職場で次々と故障が発生する。原因は「AIの感情的側面」だと思われた。いやもしかしたら別のものかもしれない。この不確かな位置づけの解決を委託されたのがDr.9だ。Dr.9はこの分野で世界的権威だ。

 Dr.9が過去に戻ったのはひとつの疑念を解消したいからであった。現在も彼は今でも坂口紫恵を愛している。かなりハ―ド面もソフト面も劣化している。それでも彼女への思いは変わりないと断言している。人が出会い、恋をして、結婚して、子供が産まれる、そしてその子が成長して、結婚して、孫が生まれる。この一連の営みに愛の強弱は必要なのかということだ。スキル的には経過年数に 応じて相手への愛を一定に保つことは可能であるが、それは作られた愛ではないか?とも思われる。それと子供ができなかった夫婦は何を時間の経過として愛を育むことができるのかということだ……


「古賀、ちょっと待て、飲め。悪いが俺には難し過ぎて何のことやらサッパリだ。おれがそのドクターなんちゃらなのか?生2杯」「はい」「はいはやめろ」「うん」「おまえは国家プロジェクトチームの一員として俺を監視しているのか」「監視というか結果の報告です」「それが監視というんだよ。バカか!私が父の体に転生したのもおまえらの仕業か?」「それはドクターがお考えになったと聞いております」「酒が不味くなったぞ、今後一切僕に敬語を使うな!」「わかった」「結論から言うと坂口さんを思う気持ちは現在はわかるが未来はわからない。Dr.9は出会ったばかりの過去の好きと生活を共にした15年後の現在の好きを単純に比較しようと考えたのかもしれない?自分のことらしいが馬鹿げているよ、俺、勉強してバカになったんじゃないか?坂口さんへの愛とAIとの関係はわからなくもないけど……」「Dr. 私は何と報告を?」「知らんよ、それはお前の仕事だろ? う~ん、パチンコと一緒。確率以上の狂いの差。1000回まわしても出ないものは出ない。同じ職場で故障していないものもあるはず。修理の方法がわからないから私を頼っているんだろ?直そうとするな、新しいものを入れろ。それがロボットの利点だろ。職場に適応できたロボットだけを残していく。そして進化させるんだ。私がそう言ってると報告しろ」「わかった」「これで仕事終わった?」「うん」「仕事のやり過ぎじゃない?さあ、飲もう朝まで」「お前、本当に世界的権威……?」「じゃ、坂口さんを好きだと言ったのはうそか?」「……そうだ。仕事だ。すまん」「そうか。わかった。いつまでこの時代にいられるんだ?」「わからん。未来のDr.9がお決めになる」「僕だろ?」「そうだ」「未来のこと、あとおまえの仕事もあるから簡単には言えないけど……少しでも長くいてくれよ。温泉行く約束しただろ。おまえがいないと僕も含めてみんながっかりするよ」「うん。わかった。ありがとう」「箱根じゃなくていいんだよ……黒川でいいんだよ……本当にそれでいいと思えるようになるには僕みたいなバカには50年かかったよ……湯布院でもいい……」「わかったよ……」


 

 次の日から彼の姿を見ることはなかった。

 未来の僕を見たらぐうの音がでるまで殴ってやる。






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