第4話(小学4年生)
「ウオオ-面んんん」
掛け声が鳴り響く。うんんん汗臭い。窓開けよう。
町には2つの剣道道場があった。ひとつは町立で伝統もある強豪チーム、北安だ。もうひとつが女性を主体とした三教堂だ。
僕は三教堂だ。男なのに。それには訳があった。ふたつ上に姉がいた。姉が先に三教堂で鍛練していたのだ。
お父さんがある日、軽トラックで姉を迎えに行くのでお前もこいと言った。
「お父さん、酒のんでるよね」
「あんなの飲んだうちには入らない」と父
「危ないし、酒飲んでるお父さんが来るとね-ちゃん、嫌がるよ」
父は国土交通省の役人でアル中だった。朝から酒屋に寄って一杯ひっかけてから出勤するような人だった。飲まなければ大人しく綺麗な花を見つけては頂戴して家の庭に植えるのが好きだった。
「いいから乗れ」
練習は終わりかけていた。
父が「剣道と柔道どっちがいい?」と訪ねてきた。どっちも興味なかった。ただ柔道は耳が潰れるからいやだなあとだけは思っていた。「どちらかと言えば剣道……かな」
「長谷部先生、来週から坊主もやりますのでお願いします」
「え?!」
「わかりました。がんばって下さい」と先生。
「え?!」「え~~そんなあ」とは思いつつも先生の眼前、「がんばります」と苦虫をかみつぶしたような笑顔で父を睨んだ。
ね-ちゃんはやはり機嫌が悪くさっさっと帰る用意をしていた。父は先生に深々と頭を下げて、したり顔で姉の自転車を軽トラックの荷台に積んでいた。
練習は月・水・金曜の週3回だった。
先生は書道も教えていた。
先生がお亡くなりになって何年だろうか。
町で基幹の大橋を作った時、橋の名前は先生が書かれた書体を模していた。まさに文武両道のお方だった。大橋を渡る時は今でも先生を偲び頭を下げる。
それに後になってわかったことだが北安を指導するのは長谷部先生に内定していた。しかし、そこはいろんな力が蠢めいて別の先生が指導することになり、長谷部先生は一切、北安から手を引き、三教堂を設立した。道場も駐車場も自分のお金で自分の土地に建てた。
三教堂には3つの誓いがあった、
一、 勉強します。
一、 剣道します。
一、 善い行いをします。
これを初めに宣誓して練習が始まるのだった。三つのことを教え、共に学ぶとの意義で三教堂の名が付いた。
もし、この3つの誓いを守りつづけていれば、いや、1つだけでも継続できていれば、こんな50歳を迎えることはなかったろうに思う。
小学4年生の時には教えられ、実行してたことなのに……。
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