最終話 思い

 朝、空はまだ薄暗く薄い雲に覆われていた。細かい雨がしんしんと降り続ける。

 まだ寝ているおばあちゃんに静かに行って来ますと伝える。おばあちゃんは目を閉じたままニコッと笑いながら「気を付けてね。」と言った。

 

 昨日習った行き方の通り、家から道を下り小川へと出る。そのままビッグケーキ方面上流に上る。

 枯れ葉、枝、土が混ざる水の中を感覚で行く。やがて岩場となる。デコボコ道を上る。

 大きな池につく。上から水がまっすぐたたきつける。グレートフォール2だ。滝は上がったことがない。不安を胸に滝に入り気持ちを上に向けると、体は思ったよりも軽くスーッと上に上がって行く。エレベータのようだ。

 おばあちゃんの言った通り、途中から岩場に入る。暗闇と光が交互に訪れる。

 下を見ると銀の針山が突き出ている。落ちたら串刺しになりそうだ。

 

 グレートフォール1。グレートフォール2に比べ全然小さく、優しく静かに流れる。細いシルクの帯が垂れ下がっているかのよう。ゆっくりと登る

 雨は止み、薄い雲の隙間から光が差す。光を浴びビッグケーキが水のしずくと共に白銀に輝く。グレートフォールから光のしずくが舞い散り、小さな虹がかかる。

 

 登りきるとそこには大きな池があり、周りには池を隠すように木々が生い茂っていた。森の中だ。小さな花もぽつぽつと咲いている。しかし日頃から手入れがされているようで雑草などはあまりない。森の中の公園のようだ。

 日がさしているが、前日からの雨のせいで森の中は天然のクーラーのように冷えていて肌寒い。ところどころ雨粒が光に反射しキラキラと輝いている。

 水のしずくが池に落ち、ところどころに波紋を作る。たまに池の水が揺れる。魚が泳いでいるようだ。

 

 朝8時前くらいだろうか。早く来すぎたと思った。

 池沿いを伝い散歩していると、一人の30過ぎくらいの女が歩いていた。こちらにはすでに気が付いていたようで驚いた様子はなかった。

 「おはよう。あまり見かけない顔。こちらには初めて?」

 「おはようございます。はい。ティナと申します。」

 その女は名を聞くと、姫であることに気が付いた様子で、丁重に池の奥のほうへを招いてくれた。

 

 池の奥へ行くと、女は水の中へ入りながら手招きしてくれた。

 水の中を少し潜ると洞窟があり、女はその中へと入って行った。

 洞窟の中を少し上ると、女は水の中から出た。

 

 この洞窟の中がエルティアの魔女の隠れ家。

 銀色の壁がきらきらと輝く。岩陰から適度に光が差し眩しいほど明るい。花がところどころに咲いている。

 何人かの女たちが机を囲み、楽しそうに朝の食事をしている。奥のほうでは湯気があがっている。

 

 ここで待つよう言われ、小さな椅子に腰掛け待っていると一人の女性がこちらへやって来た。

 見覚えがあった。写真で毎日のように見ていたその女性だった。絶対に違うことは理解していた。もう亡くなったのだから。それでも体が震え、自然と涙が溢れた。歯を食いしばり感情を抑えた。

 「ティナちゃんね。大きくなったわね。お母さんの妹のリディアです。」

 「おはようございます。リディアさん。」

 さあこちらへと手招きされ、個室のほうへと向かった。その部屋は壁がきれいに視覚に削られ、扉が付いていた。中は普通の家庭と同じように机、椅子、食器棚などが置いてあった。

 

 椅子に座りしばらくするとお茶とお菓子が出てきた。

 「朝早くに急にお邪魔してすみません。」

 「あら、いいのよ。先ほど初めましてって言ったけど実は小さいころには何度か会っているのよ。ティナちゃんは覚えてないと思うけど。」

 「そうなのですか?全く覚えておりません。」

 「まだ、本当に小さな頃だったからね。

 私はお城にはあまり行かないようにしているの。生前、姉に同じような人が2人いると混乱するからって来ないようにと言われてたり、亡くなった後も旦那さんから妻を思い出してしまうとか、子が混乱するとかで暗に来ないように言われてたり、私も行くと変な目で見られちゃうかなって恐縮しちゃったりで。」

 「そうだったのですね。母に妹がいることも知りませんでした。」

 「それくらい教えるべきかと思うけどね。」

 目の前にいる母にそっくりの女性。とても不思議な気がした。しかし会話すればするほど父から聞いていた女性とはやはり違うことが分かった。


 リディアは昔を思い出すかのようにいろいろと姉の話をしてくれた。

 「姉は、本当に気が強くって、まっすぐな性格だったわ。

 全く同い年なのに私の事を守ってくれたりもした。本当に双子の姉妹なの?って感じ。いくつか離れている気がしたわ。

 この国の密猟者の話を知った時、私がこの国の動物を守るって言って無茶なこともいっぱいしていた。一緒に居て心臓がおかしくなりそうだった。

 もちろん私たちはただの魔女の姉妹だったから、姉が王妃になるって話を聞いた時に本当にびっくりしたわ。信じられなかった。お姫様なんて憧れちゃうけど私には絶対に無理。人前に出るだけで緊張しちゃうし何をやるにしても自信がなくって。本当に姉の事は尊敬していたわ。私って駄目なのかなって悩んだりもした。」

 「父からもそのような話をよく聞きます。本当に強い母だったって。」

 「姉が不治の病だって聞いた時はショックだった。だから何度も薬を飲んでってお願いしたけど頑なに拒んで。頑固な姉だったわ。」

 「聞きました。最期まで男性のエキスは口にしなかったって。」


 リディアは少し寂しそうな顔をし、直後、柔らかい笑顔を見せた。

 「私なら絶対に飲んだだろうし、今でもたまに食するわ。肌つやがきれいになるし。姉は何でって今でも思う。

 私たち双子で、同じ日に産まれて、同じような容姿で、同じ環境に育ってなんでこんなにも違うんだろうって思ったわ。少しでも頑固な性格なおしてくれたらよかったのにって。

 でも今はきっとそれが当たり前なんだと思う。

 ここで生活しているみんなもみんな全然違う。容姿、食事の好み、得手不得手、頭の回転、哲学、倫理観。理解できないほど違う場合だってある。でもそれが当たり前でそれで良いんだと思う。

 いけないのは、それに成否・差・善悪をつけること。そして、それを他人に押し付けたり、他人を利用したりすること。

 ここにいるみんなはそれをわかっている。魔女同士傷つけ合おうとすると呪いで死んじゃう影響が大きいのかな。だからここにいるみんなも私もとても幸せ。」

 「リディアさんはずっとここで生活されているのですか。」

 「子供の頃はずっと下で生活してたわ。普通の女の子たちと同じ。でも今はここにいることが多いかな。たまに地上に遊びには行くけどね。

 少し社会に出て疲れちゃったの。自分で言うのもなんだけど仕事は普通にできたわ。でも人間関係とかでうまく行かなくって。」

 もちろん結婚とかもしてないのだろう。隠居生活と言ったところか。

 この場所については秘密であるが、国も魔女が住んでいる村がどこかにあることは知っているらしく、定期的に支援物資が届くらしい。なので生活には困らないそうだ。


 いろいろと1時間近く話をした後、リディアが一緒に生活している人たちに私を紹介したいとのことで一緒に他の部屋を一軒一軒回った。

 それぞれ個性的な部屋で楽しかった。しかしながらほぼ共通して部屋の壁には今売り出し中の男性人気アイドルグループ、DSTのポスターが張られていた。中には「見て、この子かわいいの。清純で、ダンスも上手で。見ているだけで幸せになるでしょ。」なんて自慢してくる人もいた。


 天気でグレートフォールも昼には姿を消すだろうとの話だったため、11時過ぎに村を出ることにした。

 リディアが送り迎えしてくれた。

 

 最後意を決してリディアさんにお願いごとをした。

 「リディアさん。一つお願いごとを聞いていただけませんか?」

 「あら、ティナちゃん。何かしら。」

 リディアの体に抱き着いた。顔を胸に埋めすりすりした。

 「おかあさん・・・」

 小さな声が漏れた。どうしても気持ちが抑えきれなかった。我慢していた涙が溢れだした。目の前にお母さんと一緒の人を見て、ずっとずっとお母さんが居なくて心細く寂しかったことに気が付いた。お城の人はみんな優しいし自分の事を面倒見てくれる、父だって優しいし少しでも時間があれば私に会いに来てくれる。だから寂しいなんて思ったことがなかった。けれど、お母さんがいないことがやっぱり寂しかったのだ。話の中の伝説でしか出会わないお母さん。写真のお母さんが少し目に入るたびに日頃から何かを感じていた。それが何だか分からなかったけど、ずっと寂かったんだ。とてもとても。

 「あらあら。」

 リディアは優しく頭を撫でてくれた。初めて母に抱きしめてもらえた。何よりも温かく、何よりも愛に満ちている、そんな気がした。

 

 池から魚が跳ねる。

 花たちが風に煽られ左右に踊る。

 小さな虫たちが集団でダンスしている。

 小さな蝶がデートしている。

 たまに木から水がポツンと落ち、池に波紋を作る。

 そんな中、数分、リディアに甘えた。

 落ち着くとリディアに「ごめんなさい」と謝った。リディアは「いいのよ。また遊びに来てね」と言ってくれた。


 翌日ティナは城に戻った。

 王はまた駆け足で迎えに来た。ティナは父に、もう急に出て行かないと約束した。

 

 その日から城は平安な生活を取り戻した。


 以降、数年にわたり国は自国民の調査に取り組み始めた。特に離婚率、母子家庭の実体、国民の意識など調査するようになっいくつかの法も改善されていった。

 

 数年後。


 ティナは15歳を迎えた。

 エルティア王国は、歴代、王子、王女が15歳になった時、全国民の前にその姿をお披露目し挨拶する伝統となっている。

 この日は、一目その姿を見ようと城の外は早朝から溢れんばかりの人達で埋め尽くされていた。国中の全番組でも放映される予定だ。

 旗を振る者、ファンファーレを吹く者、紙吹雪をバラまく者、この機会をチャンスと見て商売する者、お祭り騒ぎになっていた。

 

 雲一つない晴天。空にはヘリコプターや気球が飛んでいる。白い鳥がそれを横切る。

 10時になった。

 扉が開き、城のバルコニーにビッグケーキに象徴される白銀のドレスに身を包んだティナが姿を現す。待ってましたとばかりに大歓声に包まれる。

 その姿は、美しい、その言葉以外に余計な形容詞などいらない曇りなき姿だった。国民中が大歓声をやめ見とれるほどだった。ティナが手を振ると、また一際に大きな歓声に包まれた。

 後から、アーランドソン国王、そしてクリストファとその妻、杖をついた前王妃、その後ろに城の用人達たちがずらっと並ぶ。全員手を振り国民達に挨拶する。

 

 ティナの前にマイクが向けられる。国民達は徐々に静かになって行く。

 ノイズが無くなった。

 ティナはその様子を見、落ち着き、ゆっくりと話し始めた。

 

 「このような晴天の中、皆さまと一緒にこの日を迎えられたことを心から光栄に思います。

 

 この国は、古くから不思議な力で守られてきました。またこの国は世界に先駆け男女を平等に尊重する国造りをしてまいりました。

 そして今、史上最も自由で平和な時代が訪れました。

 しかしながら、今でもなお、根強い差別、偏見は存在いたします。また、自由で平和になった反面、格差、行き過ぎた競争、無責任で勝手な行動、欲による新たな問題も発生しております。そしてそれらの犠牲となり、今もなお、自分も見失い、希望を持てず一人苦しみ、耐え続けて生きている人も沢山存在いたします。


 私はみんなを救いたい。

 

 人は産まれ、最期まで生きる義務と、そして幸せになる権利が与えられます。ところがその環境は残酷にも人それぞれ違い決して平等ではありません。

 産まれながらにして不幸な環境のもとに生きる人達も沢山いるのです。

 どんなに幸せを願っていても、どんなに誠実を貫いても、時に過酷を強いられることもあります。

 そして、人は間違え、過ちを犯します。意図していなくても傷つき、傷つけてしまうこともあります。


 でも自分を見失わないで欲しい。

 どんなに過酷で苦しくても、幸せになることをあきらめないで欲しい。

 どんなに自分を責めたくても自分を好きでいて欲しい。

 どんな環境にあっても頑張って生きようとすることは何よりも素敵な事なのです。

 そして、それがどんな形であっても頑張り生きようとしている他人のことを侮辱してはならないのです。みな同じ命なのです。

  

 私はみんなを救うことができないかもしれない。でもずっと皆さんの事を思い、見守り、できる限り力になることをここに誓います。

 この世界中の人たちが少しでも今より幸せになって欲しいから。」

  

 ティナはこぼれそうな涙を拭い目を閉じ、胸のペンダントを手に握りしめた。

 

 あの時の事を今でも鮮明に思い出す。

 

 私の目の前で自殺した少女。

 私を憎み殺そうとして溶けて死んでゆくあくび。

 顔中、涙でぐちゃぐちゃになっていたヤクモ。今はどうしているだろうか。もうこの世にはいないかもしれない。

 監禁部屋で寂しげな顔をした少女。

 燃え崩れるホテルを目の前に闇の中抱き合いながら泣き続けていた女達。

 泰人に傷つき、そして泰人を失い一人悩んでいた琴美。

 希望を失い若いうちに死ぬと決めていた少女。

 孤独に苦しみ、死のうとしていた莉乃。

 

 そして自分も死のうかと思ったあの日。

 もう一度心に誓う。忘れない。でももう泣かない。

 


 国民達は静まり返った。もっと希望と栄光に満ちた明るい言葉を想像していた。何かこの国にあったのだろうか?不穏な空気に包まれた。


 静寂の中、群衆の中の一人の女が涙を流しながら拍手を始めた。シホホネスから来た女のようだった。

 また近くの赤ちゃんを抱いた女が拍手し始めた。

 またその近くの数人の女達がハンカチで目を抑えながら拍手し始めた。

 やがて、その小さな拍手につられてキョトンとしていた者達もわけがわからないまま真似して拍手をしはじめた。つられて徐々に拍手が大きくなり、やがて城は拍手喝采で包まれた。

  

 その瞬間、城から銀色に発光する光の粒が舞い散った。

 光に反射し辺り一面がきらきらと輝く。

 城に虹がかかる。

 見学に来た人たちは、白銀の中、まるで宙に浮いているかのような感覚になった。

 その夢のような景色を国の演出と思い、そして見たこともないような美しさにさらに盛り上がった。演説前のお祭り騒ぎが数倍にもなって戻った。

 そしてその光を浴びた者たちはなぜだか心が晴れやかになった気がした。

  

 ティナの後ろではクリストファの妻、そして前王妃も泣いていた。、ティナが経験した出来事の大きさがどれほどだったのかを共感した。

 王はドキドキしながら見守っていたが、あの時、ティナは本当につらかったであろうこと、そしてそれに強く耐え抜いたであろうことを知り、娘を誇りに思った。

 

 魔女の涙。

 魔女の最大の魔法。

 魔女が心から本当に幸せを願い涙するとき奇跡が起きる。


 先の戦争の時もそうだった。魔女たちはあの時、心から平和を願った。いくら魔女でも台風や地震、津波など起こす魔法など存在しない。しかし、あの時それが起きそしてこの国は救われた。

 魔女たちにも知らない不思議な力がこのエルティアには確かに存在するのだ。



 城の前の広場のお祭り騒ぎは真夜中まで続いた。

 そして、また平和な朝が訪れた。


 数日後、ティナはおばあちゃんと一緒に公園を散歩していた。

 この日の午後、おばあちゃんは森の家に帰るとのことだった。

 

 休日で公園は朝から人でにぎわっていた。家来達の見張りのもと池のほとりを2人で散歩する。

 ふと、やっと歩けるようになっただろう小さな子供と母親と思われる女が遊んでいる姿が目に入った。近くに父親はいない。思わず不安な気持ちになる。

 その10分後、父親と思わしき男がその女の近くに寄って話し始めた。飲み物でも買いに行っていたようだ。それを見て思わずホッとしてしまう。

 

 「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんの今の幸せって何?」

 ティナはふと思いついたように聞いてみた。。

 「あたしの今の幸せかい?今のねえ。そうねえ。最近はテレビでアイドルグループのDSTの子のダンスを見てるのが楽しみかなねえ。一緒に踊りたくなっちゃう。」

 思わず笑ってしまう。

 「おばあちゃん大好き。また森の家に遊びに行ってもいい?」

 「どうぞ。待ってるわ。今度来たときは、元気になる特性のお肉のスープご馳走してあげる。」

 「わあ、楽しみ。」


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水の中で 玉木白見 @tmtms44238566

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