第11話 罪

 ティナは翌日、またミヤコの元へと向かった。

 ミヤコはとても機嫌よさそうに鼻歌を歌いながらティナを家の中へと迎え入れた。

 

 「あら、お姫様、元気ないみたいね。お薬は飲んでいるのかしら。」

 「いいえ。だってこれ男性の・・ですよね。」

 「あら、今まで知らないで飲んでいたの?叔母様もひどい人ね。そういう大事なことを教えてあげないなんて。

 でも確かに気持ち悪いかもしれないけど飲んでおいたほうがいいわ。あなたとても元気がないわ。なんか一回り小さくなっちゃったみたい。」

 ティナはそれでも薬を飲まなかった。ミヤコが、いつものように紅茶とお菓子をだすと、「これは大丈夫ですよね」と聞いていた。ミヤコは、大丈夫よと答えた。ミヤコはキッチンで何やら作業をしながら話した。

 「ブタさん、じゃなくてあくびさんでしたっけ。昨日会ったようね。」

 「は、はい。」

 ティナは小声で返事する。

 「罪を感じることはないわ。確かにあなたがねずみ島の火事を起こしてしまったことは悪い事。でも仕方なかったのよ。

 あくびさんは、もしあなたを殺そうとしてなかったとしても、多分数か月後には亡くなっていたわ。あんなに姿形が変わるほど体型を変えてしまえば体が悲鳴をあげる。私たち魔女だって基本的には人だし寿命もあって不老不死なんてことはないの。同じ生命の摂理の元に生きている。その摂理を破るような行為をすればおかしなことになるわ。だから気にすることはないわ。」

 「でも私、あくびさんの彼も殺してしまったようです。」

 「それはあのブタさん、じゃなくてあくびさんが言っていたことでしょ。確証なんてないわ。」

 「で、でも。」

 「お薬、一粒でもいいから我慢して飲みなさい。そのほうがいいわ。」

 

 紅茶とお菓子を口に少しするとティナが話し始めた。

 「ミヤコさん。なぜこの国は女性ばかりがこんなに苦しんでいるのでしょうか?」

 ミヤコは、無言のまま席につき、レース状のカーテンから優しく差し込む光のほうを眺めた。部屋が少しの静寂に包まれた。

 「女性ばかりが苦しんでいるわけではなくて男性でも苦労している人はいるし、別に女性だって幸せな人は幸せだわ。あなたが思っているのは少し違うと思うけど。」

 「でも、私は数年前に男性は、女性を変な目で見ており、かつ自分の欲望のもと、女性を支配したがっていると教わりました。

 それで女性を騙したりさらったり、変質な行為をしたり、また女性を商売道具として利用したり、さらには2次元で女性を作り欲望の糧にしているなんて話も聞きました。

 信じられず、真実を確かめるためにお城を出てこの国に来ましたが、確かに言っていることが現実にもありました。そして、それらに苦労し、家出する子、家庭で悩んでいる人、望みもしない性風俗で働いている人なども実際に出会い、そして彼女たちは自殺まで考えておりました。なぜこの国はこんなことになっているのでしょう。」


 ミヤコは大きなため息をついた。

 「まあ、あそこに住んでいるとそういう人とも出会うわよね。でも本当に一部の人よ。

 確かにエルティアと違ってこの国は男女差別、男尊女卑が根強く残っているわ。エルティアとは違って性風俗やアダルトショップなんかも堂々とあるし。そして確かにそれらは男のためにあるもので、女性からみたら異質なものよ。そして確かに、頻繁に女性に対する性犯罪、侮辱的な発言や行為がありその被害に遭う人もいる。

 でもあなたが言っている苦しんでいる人達の原因がすべて男ではないわ。前にも言ったけど、経済的な理由もそうだし、家庭環境なんかもその原因、同性同士のいじめやその人個人の性格なんかも原因だったりするわ。そして女に限らずそれらのために苦しんでいる男だって沢山いるわ。

 あと、たしかに性風俗で働くことをはなっから希望している人は少ないと思うけど、結果的にそういうところで働くことを決意する女性が増えている気がするわね。また、そういうところで働くしか生きていく方法がない人たちもいる。性風俗などが本当に困った女性のセーフティーネットになっている一面はあるわ。」

 「でも、私の出会った人達はみんな男が原因だったように思います。」

 「あら、本当にそうかしら?確かに、身勝手に不倫したり、女を騙すクズのような男は沢山いるわ。でもそれもごく一部で正しい男もいるわよ。あと悪い女だって沢山いるし。」

 「テレビなんか見てても、はなから女性を見下して侮辱的な発言や行為をしている男が多々いるように見えます。モラハラ、DVなんて言うのも聞きました。」

 「そうね。特に年老いた男なんかは未だそういう感覚なのかもね。年老いた政治家や経営者の中にはひどいのもいるわよね。」

 「ミヤコさんもモラハラやDVが許せなくて、琴美さんの旦那さんに手をかけたのでしょう?」

 「あら、そのお話していなかったわね。」

 

 ミヤコはティナに、この国は国を挙げて秘密裏に魔女狩りを行っている事、魔女を捕まえエルティアとの外交に利用しようと目論んでいる事などを教えた。シホホネスは過去の戦争でエルティアを攻略できなかったという歴史を持ち、その遺恨が根強くあるのだという。魔女狩りの組織はシホホネスに必ず魔女がいると断定していて、何らかの不可解な事件があると必ず出向き独自に調査を行い何とかして尻尾を掴もうとしている。その組織の場所はいくつか噂にはなっていたが確証が取れなかった。どころが、あくびが教えてくれたオフィスから確証が得られ事態は急変した。

 川田泰人については、同じ魔女の友人より、数年前から政府の秘密組織がAIを使った魔女狩りのためのシステムの構築を計画しているという情報が入った。そして泰人はそのシステムの責任者として働いていた。システムに携わった他の連中は無能な者ばかりでとん挫だろうと考えていたが、川田泰人が思った以上に頑張りシステム構築の道筋が立ち始めてしまった。危機感を感じ、仕方なく行動に移した。しかしながらDVやモラハラというサイトの記事を読み、ひどい男のように見え少し罪悪感が緩和されたとも話した。なお、その他の連中共の中にはこの裏を知っており、魔女などバカらしい、または魔女が仮にいたとしたら恨みを買って危険な目にあう可能性があると考え、あえてプロジェクトの失敗を望み足を引っ張るものも多々いたという。泰人はとんだ貧乏くじを引いたわけだ。

 

 「私ね。あなた達と違ってフェミニストでも何でもないの。別に他の男が他の女を侮辱してたり、モラハラ働いてても何とも思わないわ。

 多分、そういうのって一部は女のほうも悪いのよ。いや、言い方が悪かったわ。男と女って基本的に思考や物差しが違うのよ。歩んできた生活環境が違うから。だからお互いが分かり合おうとしたとき、それがうまくできず、お互いがそれを非難し合ってしまうのだと思う。本当はそこでお互いが歩み寄り分かり合おうとする努力が必要なんだけど、それができないのよね。

 男女は同じ人間だけど違うものなの。その違いを受け入れ、その違いに適したそれぞれの環境があればそれでいいんだと思う。男女平等って言葉を武器に男女を全く同じ環境にし同じことをやらそうなんてナンセンスだと思う。」

 「でも、実際、暴力やモラハラ、侮辱、性犯罪は男が女にするものです。女はエロだとかで騒いだりしません。」

 「あなたが知らないだけで、女だって人によっては男に対して侮辱的な言葉を掛けるし、騙しもするし、エロだとかで盛り上がることもあるわよ。女性のほうが緻密にやるかなあ。あなただってそうじゃないかしら?」

 ティナはまた困惑する。

 「まあ確かに男のほうが堂々とエロだのなんなのってくだらないことで盛り上がるわね。

 でもそんな男っていざ女性と付き合うってことになると全然駄目だったり話すらできなかったりするわ。なんかそういうことは恥ずかしくてできなくて、その反発でエロだのなんなのって騒ぐのよ。後はそもそも外見のスペックが低くて、最初っから諦めているような男かなあ。40になっても女性と一度も付き合ったことのない男っていっぱいいるのよ。そんな男に限ってやたらとプライドだけが高かったり、能力もないのに自信家だったり、他人に対して攻撃的だったりで困っちゃうんだけど。で、少し注意すると打たれ弱くってキレたりするの。

 そしてそんな男ほど女性達についてまったく知らない。だから身勝手に女を侮辱したりするし、風俗嬢やアイドル、セクシー女優なんかを見下して面白がったりする。あんたたちのようなモテない勇気のない男達のためのものなのにね。」

 「そのモテない男性をどうにかすれば女性の不幸は少し良くなるのでしょうか。」

 「あははは。あなた面白い事言うわね。

 確かに草食系とかって男が増えているみたいで、もっとしっかりしてもらいたいかしら。」

 ミヤコも自分の手作りの菓子を食べ、上手にできたと満足気に頷く。

 

 「私の国は男女平等が進んでいる国と言われています。それが当たり前だと思ってました。なぜシホホネスはそれがなかなか進まないのでしょう。」

 「わからないわ。でも本当に昔と比べたら人々の意識は変わったと思う。ひと昔は女は男のための道具って感じの扱いで本当にひどかったんだから。職場では汚いおじさんに肩やらお尻やら触られるの当たり前。抵抗すると人事異動。酒の場でも酒を注げだのって仕事させられて、あげくの果てに芸まで強要されたり。セクハラも当たり前。私はそんなに被害被らなかったけど、ひどい目にあった人は沢山知ってるわ。それに比べたら今は法も徐々に整備はされてきているし少しずつ進んではいるとは思う。

 どうなのかしら。男女平等と言って女性が社会進出し活躍し始めると男のほうは自分の地位を奪われると思って素直にそれを受け入れないとか。男女が仕事なんかの面でもなかなか分かり合えない、そして分かり合おうとする努力を怠ってしまうか。今までずっと、女性は責任ある仕事になかなかつけない、女性のほうが賃金が低いとかあたりまえで来ちゃっててなかなか変われないとか。でも徐々に変わっているとは思うわ。女性で活躍する人は私の知り合いでも沢山いるし。

 エルティアだって、未だ男女の賃金格差はあって、シングルマザーの生活が厳しいみたいな状況だってこの間テレビでやっていたわよ。」

 「え、そうなのですか?」

 「あらら。お姫様なんだからしっかりしなさいよ。」


 「自由で平和な時代が来て、そのせいでいろいろな場面で格差が生まれ、また個人の責任の比率が増えたんだと思う。その格差の犠牲に女性や弱い子供がなってしまう場合が多いのだと思う。強い子もいるけど基本的には女性も子供も弱い存在。強い男性や大人が支えるべきなの。でもその男性や大人が弱く、頼りなく、無責任になっている。それも原因の一つじゃないかしら。自由になったのだからよりいっそう自己責任のもと人々はしっかりしなければいけない。みんなが強く、そして正しく責任ある行動ができればこうはならないのかもだけど。」

 「私も罪を犯してしまいました・・。」

 「誰もが多かれ少なかれ失敗は犯すものよ。それを失敗と認め、反省して成長することが大事。」

 ティナは小さく頷いた。


 「あの、ミヤコさんの幸せってなんですか?」

 「面白い事聞くわね。私は今生きてることが幸せよ。子供もいるし、旦那も元気で働いててお金には困ってないし。」

 「お子さんいるのですか?」

 「あなたわからなかったの?この部屋のところどころ見ればだいたいわかるでしょ?お姫様なのに変なところ鈍感ね。2人とももう高校生で部活動が大変で夜遅くならないと帰って来ないから会った事ないと思うけど。」

 「わからなかったです。」

 「私の幸せねえ。」

 ミヤコは右手を頬にあて、しばらく考え事をした。

 

 「私の旦那さんはね同じ職場で知り合ったの。もともととてもキレる人で社内の評価も高かったわ。私も一緒に仕事する機会があって、息が合ったみたいでどの仕事もとても順調に進んだわ。

 ある日、彼から付き合って欲しいって言ってきてくれて、それでお付き合いが始まったの。

 でも、その数日後、同じ職場のもう一人が私に付き合ってくれって声を掛けてきたの。私、彼と付き合い始めたからって断ったんだけど、その人諦めなくって。その人も社内では仕事ができることで評価が高くって、旦那のライバルのような存在だったわ。そしてその彼のほうが旦那よりもすこしイケメンだったかしら。

 そして私を巡って2人が社内で競争し始めたの。いろいろと。私、本当に困っちゃって。2人して指輪まで準備して結婚してほしいなんて言ってきたりして、もうどうしようって・・。

 最終的には今の旦那さんが『僕は死ぬまで、そして命に代えてもずっと君だけは幸せにする。約束する。』って言ってくれてそれを聞いて結婚を決めたの。もう一人の彼も最後は『悔しいけど負けを認めるよ。』とか言っちゃって。その時はなんかドラマの主人公にでもなった気分で最高に幸せだったかなあ。今も幸せだけど。」

 これまでに見せなかったニヤニヤしたご機嫌なミヤコをティナは口を開けて見ていた。

 「あなたにもそんな日が来るかも。あなたかわいいし。」

 「わ、私はいいです。」

 

 「お姫様、もうそろそろ母国に帰ったほうがいいわ。王様も心配しているのではなくて。」

 「はい、そうするつもりです。おうち貸していただきありがとうございました。」

 ミヤコはティナを駅まで送ると言った。数日後に貸した家の様子は見に行くから鍵は外の植物の下にでも隠しておいてと伝えられた。

 「また良かったいつでも遊びにおいで。」

 ミヤコはティナにそう伝えた。ティナは笑顔で、涙をこらえながら丁重にお辞儀をしてその気持ちを表した。


 夕方、4時ごろ家の近くについた。空は厚い雲に覆われていたため、すでに薄暗かった。

 ティナが家に帰ると玄関先に琴美がいた。背中には小さな子供を背負っていた。子供は首を傾けよだれを垂らしながら気持ちよく寝ていた。

 「あ、良かった。会えないかと思った。」

 「お久しぶりです。琴美さん。」

 目が合った瞬間、また泰人の事を思い出し胸が詰まる。お元気でしたか、の言葉が無責任に感じ出せなかった。

 旦那が行方不明になって何日経つだろう、さぞかし不安だったに違いないと同情するが、思いのほか琴美の様子は元気そうだった。本当に死んで欲しいと思っていた旦那が居なくなって喜んでいるのだろうか。そんなことを考えていると琴美から話し始めた。その口調は寂しさに包まれていたように思えた。

 「うちの、未だに行方不明で帰って来ないの。事件に巻き込まれた可能性があると警察は言っているんだけど一切手掛かりがなく調査が難航しているって。」

 琴美は軽く振り返りながら後ろの子に手をやり、子が寝ている事を確認した。


 「私ね、最初はついに願い事が叶ったって喜んでいたの。不謹慎で駄目な女だと思うでしょ。でも本当にそう思ったの。

 でも日が経つにつれて少し寂しくなってきて。この子も毎日パパは?パパは?って聞いてくるし。今までネットとかで投稿していたことや、食事に変なもの混ぜていたこととかに罪悪感を覚えてきて、辛くなって。で、寂しがっているこの子を見てやっとわかった気がしたの。もう私の命って私だけのものじゃないんだって。ずっと自分のためだけに生きてきて、ずっとなんで自分の事を見てくれないのって思ってて、今でもそう思うけど、でも、この子にはそんな思いさせちゃいけないんだって思ったの。私みたいになって欲しくないって。私よりも少しでも幸せになって欲しいって。

 そう思うようになってから、なんかまた生きがいも感じるようになったし、辛いけど頑張ろうって思うようになれたの。

 ティナちゃん。今日はお礼を言いに来たの。私の事助けてくれたし、なんかティナちゃん見てて私も少し元気になれた。ありがとう。」

 思いもよらない言葉だった。

 「私、何もしてません。むしろ助けてあげられなかった・・・。」

 語尾が小さくなった。きっと琴美には聞こえなかっただろう。

 「でも、あの時、私に声かけてくれなかったら私もここに居なかったかも。ありがとう。わたし、これから今までしてきた罪を一生もって償う気持ちで生きるつもり。」

 

 胸に手を当てた。ペンダントが手に触れる。

 「あの、琴美さん。良かったらこちら差し上げます。」

 エルティア王国のペンダント。ハートの形に右斜め上から刀が刺さっている飾り。心に刺さった刀は絶対に抜けることはなく定期的に心を蝕む。ただし共存することでその刀は心を強くしやがて自分の武器となる。琴美は初めて目にするようだった。

 「でも、それ、あなたの大事なものなのでしょう。いただけないわ。」

 「私、実はエルティア人なのです。もうエルティアに帰ります。そしてしばらくはもうシホホネスには来ません。なのでもうしばらく会えないと思います。

 エルティアに来た時にそのペンダントを城にいる家来のどなたでも良いので見せ、私の事をお伝えいただければまた会えると思います。良かったら今度エルティアへ遊びに来てください。」

 「え、城?家来?」

 「一つお願いがあります。私がここに居たことだけは絶対に誰にも話さないでください。お願いします。」

 「ティナちゃん、お姫様なの?」

 「約束してもらえますか?」

 琴美はしばらく呆然としたのち、うなずいて絶対に守ると約束した。

 

 少し家の中でお茶でもと誘ったが、琴美は遅くならないうちに帰りたいと言いそのまま帰って行った。

 旦那が居なくなり、やはり寂しかったのだろう。ずっと目には涙が溢れてたし、悲し気な表情だった。私も一生もって罪を償わなければならない。

 

 家に戻ると、身支度と部屋の掃除を始めた。しかし部屋はヤクモがすでにきれいにかたずけておりさほどする必要がなかった。

 その日は夜9時ごろから雨が降り、夜中大雨が降り続いた。


 翌早朝、薄暗い時間に起き、荷物を持って家を出た。まだ小雨がぱらついていた。

 水たまりをなるべく避け、濡れぬよう気を付けて歩き、「蛇の喉元」へと行く。幸い誰もいない。

 「蛇の喉元」は来るたびに不穏な空気を感じる。ふとその顎側のほうに目をやると昨日の雨でできた小さな滝が流れていた。あれなら十分下に行ける、そのまま帰れば効率が良い。

 顎側の岩場を水で滑らぬよう丁寧に登り、水の流れる元を探した。見つけ、そのまま水と同化し崖を下る。

 白骨死体のたまり場になっていないか。恐怖にかられながら喉元のほうへと移動する。雨の影響か少し水は濁っているが心配したようなものはなく辺りはいたってきれいだった。

 波打ち際に流木などが溜まっている場所を見つけた。恐る恐る見る。想像した恐ろしいものはない。本当にこの崖から落ちればそのまま天国に行けるのだろうか。嫌、そんなはずはないだろう。

 ふと、小さなネックレスのようなものが流木にひかかっているのを見つける。手に取るととても軽い。きっとおもちゃだろう。

 持ち主はもちろんわからない。ただゴミが流れ着いただけか、ここで自殺した人のものなのか。

 手に取り自分の首にかける。そして心に誓う。ここで経験したことは決して忘れない。忘れることはない。そしてもう泣かない。

 

 エルティアに戻ろうと進むと例の海から飛び出る一枚岩があった。天女の顔だ。

 天女さんごめんなさい、と祈りつつメルトで岩の端を溶かし削る。

 「こんなものかしら。」

 その岩は上から見れば×に見えるであろう形に変わった。

 

 エルティアのほうに向け心を集中する。

 体は水に溶け、気持ちよく加速する。数時間後にはエルティアにつく。

 薄暗かった空はやがて明るくなり、気が付くと小雨も止み、雲の隙間から数本の朝日の光が差し込んできた。


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