第2話 城にて

 アーランドソン王はこの公募に募集してくる者たちは、母親やおばあちゃんを想定していた。しかし実際は違った。

 

 最初に訪れたのは70歳近くの腰の曲がった老人であった。白髪と白髭を蓄えており、きりっとした顔立ちで、杖をついて歩くその見た目とは裏腹に足取りはしっかりとしていた。「まだまだわしは若いもんには負けん」と言わんばかりの生気がみなぎっている。家来が数人周りを囲い見守るなか、ティナと向き合った老人はまず姫に出会えたことの光栄さを伝えた。

 「お初にお目にかかります。いやあ、とてもお美しいお姫様だ。とても黒髪がお美しい。長い髪が先端までつやつやしておる。」

 「お褒めいただきありがとうございます。城の美容師さんが定期的にお手入れしてくださりますの。」

 「目もクリっとしていながら、とても凛々しくそして優しさを感じる。前王妃様そっくりじゃ。」

 ティナはニコッと微笑んだ。少し垂れた目がやさしく自然な笑顔を作りだす。

 それから少し間を挟み、少し咳をした後、老人はこう切り出した。

 「そのあたりをうろついておる最近の若い男は危険ですぞ。」

 ティナは少し困惑した様子で、でも取り乱すことなく冷静にどのような意味なのかと尋ねた。老人は続けた。


 「最近の若いもんは、姫様のような小学生くらいの少女を狙って手を出しおる。特に姫様のような可愛らしい少女が町中を歩くなど大変危険ですぞ。

  わしの若いころは、年頃になれば同い年くらいの良い女を巡って射止めようと努力したもんじゃ。でも今の男どもは違う。傷つくのが怖いだの、女性と話すのが怖いだので行動を躊躇する、そんな男ばかりじゃ。そんなひ弱な男どもは自分と同じくらいの年齢の女には手を出さす、お姫様のようなまだ無垢な少女を狙うケースが増えておりますのじゃ。少女なら素直で、皆に言いふらしたり、傷つく言葉を発したりはせず、純粋な恋愛ができると思っているおるようですぞ。」

 「失礼ですが『手を出す』とは、例えばどのような事なのでしょうか?」

 「言葉や物で釣って、一緒に遊びに行かないか、などと誘い、しまいには『僕の恋人になってください』『僕の一生の妻になってください』だのといきなりプロポーズをしてくる。そう、まるで物語の王子様にでもなった気分で。この間もニュースで『僕はあなたの王子様です』などと言って少女に声を掛け誘拐しようとした男が逮捕されておりましたぞ。」

 「そのニュースは私も少し見ました。28歳くらいの男性だったようですね。確かに被害に遭われた少女は確か私くらいの年でしたわ。」

 「そうじゃ。そんな変な男が近年増えておりますのじゃ。」

 「でも結婚と言われましても、女性は15歳以上にならないと入籍は認められておりません。いきなり妻にって言われても不可能なことではないのでしょうか。」

 「男どもは本気で入籍なんて考えてはおりませぬ。ただ、一緒に遊ぶ恋人が欲しいだけ、デートやセックスがしたいだけなのです。」

 「失礼ですが『セックス』とは・・・」

 ティナが言いかけた時、家来の数人老人を取り囲み「もう良い、終わりだ」と告げ、老人の両腕を抱えるように掴み持ち上げ強制的に部屋から出された。老人は「お年寄りはいたわるのが礼儀だ」としばらく騒いでいた。その後も姫はその気になるワードについて家来達に尋ねたが家来達は、「王の指示でお答えできかねます。」と伝え逃げた。


 2人目は恰幅の良い40前後の男だった。少女のイラストが描かれているTシャツにGパン、背中にはところどころほころびのある焦げ茶色のリュックを背負った出で立ちだった。Tシャツの裾はきれいにズボンの中に納まっていて、ベルトが腹のやや上の部分でめり込むように締め付けられている。紙は長く、顎や頬、鼻の中のところどころからやや太い縮れ毛が生えており、お世辞にも清潔には見えない。それでもティナは嫌な顔せず、その男と向き合い丁寧に招いた。家来たちは嫌な予感を漂わせながら注意深く見守る。

 

 男はリュックから一冊の本を出して姫に見せた。そこには、制服を着た小学生くらいの可愛らしい少女が描かれていた。その制服の胸は大きく開いており、スカートはぎりぎりまで短い。小学生ぽい顔の割には胸がとても大きいのと目が異様に大きいのが気になる。その少女は体育座りのようなポーズでピースしながら満面の笑みを浮かべている。

 「あら、とても可愛らしい女の子ですね。」

 ティナが褒めると男はとてもうれしそうにグフグフと喉を鳴らしながら話し始めた。

 「ね、いいでしょ。いいでしょ。とってもかわいいでしょ。こんなのもあるの。」

 そう言うと、同じようなイラストを数枚見せ始めた。4,5人くらいの同じような顔をした、でも、髪型や色、制服がそれぞれ特徴のあるとても仲のよさそうな女の子たち。でも決まってスカートが過ぎるほど短く、容姿に見合わないほどの大きい胸をしている。

 「今、巷ではこのようなイラストが流行っているのですか?」

 「そうなんです。飛ぶように売れてます。男はみんなこういう可愛い女の子が大好きなんです。そういうお姫様も、お肌が真っ白でとても可愛らしい。お目にかかれて大変光栄であります。」

 男の話を聞きながら、ティナは鼻をクンクンさせながら辺りをチラチラと見渡し始めた。

 「どうかされましたか?」

 「あ、いいえ。お話し中なのに大変失礼いたしました。何の匂いなのだろうと思いまして。あの・・・、本屋さんにはアイドルやモデルで活躍されている女性の写真集などもありますが、このようなイラストのほうが人気なのですか?」

 「写真集なども人気はありますが、最近の男は実物の女よりもこちらのほうを好むんです。ロリコンにとってイラストのほうが童顔で、無垢で汚れがなく見えて実物の女性より好みな子だったりするんです。イラストは自由に描けるから、より男の好みの女の子ができるんですよ。実際にイラストの女の子に本気で恋する男もいて、そんな男の中には実物の女の子に恋ができない人もいるくらいです。」


 そう言うと男は続けて別の本をリュックから出しティナに見せ始めた。女の子の容姿は先ほどと同様だが、スカートがめくれていたり、四つん這いになってお尻を向けていたりしている。胸元も開きすぎるほど開いており、中から下着が覗いている。イラストの女の子達は、恥ずかしそうな顔をしながら微笑んでいる。

 「こちらのイラストもお流行りのもので・・?」

 「そう、こちらも先ほどのもの以上に飛ぶように売れております。今日お伝えしたかったのは、世の男たちはみんなこんなものが大好きってこと。そしてイラストだけで満足すればよいものを、本当の女性にもこんなことを求めて変質なことをする場合があるってことです。特に狙われるのがお姫様のような可愛らしい少女なのです。」

 「前にいらっしゃいましたご老人も、男性が少女を好むようになっておるとおっしゃられてましたわ。」

 確信に迫ったと思ったらしく、男は大変誇らしげに、力の入った口調で続ける。

 「その通りなんです。私なんかにとっては都合が良いのですがお姫様のような少女にとっては大変危険な事態なのです。お姫様も無理やり変な制服を着させられ、このような恰好をさせられるかもしれません。」

 「制服は可愛らしいのでとても良いのですが、はだけたり、変なポーズをとるのは嫌ですわ。」

 「でも男どもはそれが大好物なんです。」

 男はまた、口もとからグフグフと音を鳴らした。ティナは寒気を感じ少し眉間を寄せた。周りに漂う今までに嗅いだこともない得体のしれない悪臭も気になってしかたがない。

 「ちなみにですね。このイラスト、全部僕が書いたんですよ。上手でしょ。ぐふふふ。」

 家来たちはティナが嫌がり始めているのを察知し「もう良い」と男に伝え立ち退きを命じた。ティナは、家来たちに「みんなもあのようなイラストがお好きなのですか?」と尋ねてたが、家来たちは全員完全否定した。それを聞きティナは何が正しいのかわからず困惑した。家来の一人が

 「あの男は自分のイラストを見せびらかしたかっただけです。話は信用なさらないほうがよろしいかと思います。」

 とフォローしていたがティナはさらに困惑した様子だった。


 以後、家来たちはアーランドソン王に許可の得て、老人、オタクのような男、および怪しいと思われる人間は断固拒否するようにした。

 家来の話を聞いた時、アーランドソン王は

 「小学生ほどの少女に何を教えているのだ。悪影響が出たらどうするのだ。」

 と机を叩き怒りをあらわにした。

 

 数日後に訪れた3人目は、スラックスに白地に花柄のワイシャツ、グレーのジャケットを身にまとった50くらいとみられる男性だった。体格はすらっとしており髪型は七三にきれいに整髪され、きれいに整った顎髭を蓄えており、良く磨かれた靴を履き、黒縁の眼鏡をかけていた。とても清潔感のある雰囲気の男性でややきつい香水のにおいを漂わせていた。男は自称、心理学者を名乗った。ティナに丁寧に挨拶すると男はこう話し始めた。

 「姫様のような可愛らしい女性にとって男は脅威であります。」

 

 ティナはまた男の話かと思う。父も、その家来も皆優しく真摯な人ばかりだ。男が女にとって危険で脅威になるなどと考えたことはなかった。しかしここに来る者たちはそろって男が危険だと話し始める。城の人達が特別な人たちなのだろうか。ティナは真剣に耳を傾ける。

 「前に来られた男性方も同じようなことをおっしゃっておりました。特に少女を狙っているとのお話でしたわ。」

 「おお、その話はご存じでしたか。おっしゃる通りで、幼女に限らず、女性は常に男の性欲の危険にさらされながら生活しております。最新の研究では、男は1分に1度エロいことを考えているという統計結果が出ております。エルティアは性犯罪については法が進んでおり女性はある程度守られておりますが、今でも強姦、痴漢といった性犯罪は定期的に発生します。」

 「確かにたまにニュースで耳にしますわ。そのたびに胸を痛めます。」

 「お伝えしたかったのは、男と言う生物が本質的にはそういう動物で、そんな中にお姫様のような美しい少女が一人でいるような状況を作り出すこと自体が、大変危険な事だということです。」

 「でも、世の女性は普通に町中で生活してますわ。」

 「その女性たちはわからないように防犯ブザーや自衛の武器を忍ばせて出歩いておりますので大丈夫なのです。」

 本当か?にわかに信じがたい話だ。防犯ブザーはともかく世の女性が男に襲われたときに抵抗するための武器を持ち歩いているなんて話聞いたことがない。


 「でも、そうしたら私もその武器を持ち歩けば良いのですか。」

 「いいえ、男達の馬鹿力は甘く見てはいけません。また、姫様のご認識の通り、そのような状況で男たちは武器の扱いや、自己防衛知識、危機管理にまだ乏しい弱い少女を狙うのです。性犯罪に限りません。お姫様のような裕福な家庭に育った子は身代金目当ての悪党にさらわれる危険もあります。」

 「でも周りに他の人もおりますし、家来と一緒に出掛けるのであればそんなに危険ではないと思いますが・・・。」

 「確かにそうですが、最近の犯罪は非常に組織的に行われますので、家来も信用しすぎないほうがよろしいかと。今の時代、警察官も平気で性犯罪する時代でございます。」

 聞いていた家来達はいら立ちを覚え、身構えた。男は続ける。

 「また、性やお金目的以外にも男が少女を襲う理由があります。

 エルティアは非常に女性に手厚い国です。女性はイキイキとしており他国と比べて男女平等が進んでおりますが、未だに男どもは女を自分たちよりも下に見ている傾向がございます。基本的に男は女より優位に立ちたい、支配したいと思っているのです。給料面、家内や社内での立場、社会全体としての立場、恋人同士の関係でもすべてです。ですがエルティアの女性はとてもしっかりしており強い。情けない男どもはそんな女性たちと一緒にいることで立場上不利になることを嫌います。すると二次元の女性や少女なら支配できると考えるわけです。ここ数年そのような男が大変増えている。そのような理由で少女は特に危険なのです。」

 「でも城内の家来たちはとてもやさしく女を支配したいなどというそぶりを感じたことは一切ありませんが。」

 聞いていた家来達は肩の力が抜け、そうだ、一緒にするなとばかりビシッと姿勢を正す。

 「それは家来の方々の忍耐力が優れているからです。先ほども申しました通り、本来男は1分に1度エロいことを考えてしまうような動物で、ここにいる者達はそれを押し殺して生活しておるのです。

 よく男は頭の脳とは別に下半身にもう一つの脳があると言われます。そのもう一つの脳の欲望が頭の脳の制御を超えてしまうと男は異常な行動に出る場合があるのです。一般人は、ここに居る家来の方のようにその抑制ができているわけではない。それができない男どもが姫様にとっては大変な脅威なのでございます。」

 ティナは何だか意味が分からなくなってきた。そんなにこの世は変な男に満ち溢れているのか。

 「また、男は力任せに暴力を振るってくる。女性に唯一勝てる自信のある腕力を振りかざし・・・」

 ここで男の主張は家来達に遮られた。この男は本当に心理学者なのか?

 またも姫様に変なことを教えて終わってしまった。報告をすれば王が怒るだろう。家来達はまたげんなりした。


 それからの数日間も数人訪れた。中には女性もいたがやはり話す内容は男の事で、男はどうしようもない生き物だの、変質な男に連れ去れたり痴漢行為される可能性があるだの、男は暴力を振るうだの、そんな話ばかりであった。

 もうこのイベントは終わりにすべきと検討していたある日、エルティア国民ではない海外の男が募集してきた。エルティアより南に位置するシホホネス国の男だった。キレイなスーツを着こなし、髪はビシッとオールバックで決めとても紳士的な男性であった。男は、ティナの小さな口がとてもかわいいと褒めたのち、話を始めた。

 「エルティアでは、成人用のビデオやメディア、書籍などの公での販売、および、性風俗店の営業は国として禁止されております。もちろん裏では隠れて法を破っているものもおりますが基本そのようなものはございません。しかし海を渡った隣国では、平気でそれに溢れております。」

 家来達はまたかとうんざいしつつ、これ以上姫に変な知識を受け付けさせまいと身構えた。ティナはいつも通り素直に話を聞いた。

 

 「つまり、若い女性は金になる、ビジネスの商品となるということです。そして、若くかわいい女性をあらゆる手を使って口説き、騙し、そのような世界に引き摺り込もうとします。」

 「その騙す者もやはり男なのでしょうか?」

 「その通りでございます。スカウトを選任とするものが声を掛けたり、また宣伝車が公道を大きな音をたてて堂々と宣伝していることも珍しくはありません。」

 「でも、女性もそのようなスカウトに簡単に騙されてしまうものなのでしょうか?」

 「スカウトを選任とするものはあの手この手を使い騙そうとします。例えば別の内容で、そう、ファッションのモデルや、タレント、映画のキャストなど。もちろん嘘です。それに夢を見た少女が騙され、あげく性の商売の道具とされております。」

 「女性を商品のように売るのですか?」

 「さようでございます。」

 ティナはものすごく悲し気な、でも怒りをまとった表情でじっくり聞いていた。しかしここで、家来達が、男を囲もうと一歩一歩詰め寄ってくる。男はそれに気が付いたのか、手に持っていたバックを素早く開け、中に入っていたものを机から床から一面にばらまき始めた。

 「姫様、これが証拠です。」

 家来達はそれらのものが何なのかをすぐに察知し、数人は姫の目に入らぬよう体で視界を遮りながらそれらのものを集め、また数人は男を抑え込み部屋から連れ出そうとする。それでも男は喋り続ける。

 「世は性ビジネスに溢れてます。大変危険なのです・・。」

 家来達の努力虚しく、ティナはばらまかれた一部を目にした。ティナにとってはあまりにも信じられないものであった。自分と同い年くらいの少女の全裸のジャケットのメディア、縄、棒、ボールなどで締め付けられた全裸の女性の姿、数人の女性たちが派手な下着をつけて手招きしているチラシのようなものなど。ティナは驚きで手で口を押えたまましばらく瞬きせずその場で固まった。家来の一人が姫の気持ちを察し言葉を掛けるものの、ティナは数分間全く反応しなかった。何分かしてティナは席を立ち、家来達には「私は大丈夫です」と伝え自分の部屋へと戻りしばらく閉じこもった。


 アーランドソン王が海外での仕事を終え数日ぶりに城に戻った。その日はティナとの数日ぶりの夕食であった。

 

 ティナが少し元気がないと感じた。もちろんこの度のイベントの話は家来達から聞いており、先日、急遽中止を命じだところだ。

 「ティナ。元気がないようだが大丈夫か?」

 ティナはすぐに反応しなかった。少しして「ええ、大丈夫よ、お父様」と答えた。

 「最近、あまり勉強やお稽古の時間以外は部屋にいて外へは出ないようだが、どこか具合でも悪いのかね。」

 「いいえ、いたって元気ですわ。最近、部屋で本を読むのが好きで本を読んでますの。」

 「そうかい。なら良いのだが・・。」

 確かにティナが最近良く城の図書室に訪れてていると家来から聞いている。

 久しぶりの親子の食事であるのに、ぎこちない空気に包まれる。


 「ねえ、お父様。」

 不意にティナが恐縮した様子で話しかけてきた。手にナイフとフォークを持ったまま、口で食事を噛みながらティナのほうを見る。

 「お父様。童貞って何ですか?」

 思わず口の中のものを吐きそうになり慌てて手で口を押える。手に持っていたフォークの先端が頬をかすめ汚れが付く。慌てて手で拭う。

 「お父様。テーブルマナーがなっておりませんわ。」

 「す、すまない。どこでそんな言葉を覚えたんだ。」

 「外の危険を教えていただける勉強会の時に男性がおっしゃってましたわ。最近は中年でも童貞が多くて、そのような男達は性格がひん曲がっており注意が必要だと。でもその童貞とやらが何のことだかわからないのです。家来に聞いても『忘れてください。』としか言わないものですから。お父様はご存じですよね。」

 バカな男どもが多く困ったものだ。なぜ、外で一人で出歩くと危険だという話から童貞の話になるのだ。

 「ま、まあ、その卑猥な言葉の一つだ。なんと説明すればよいか。その、不運にも女性との恋愛などに縁のない男性に対する差別的な表現だ。」

 周章狼狽とする自分をなんとか抑えこもうと振る舞う。こんなことで王が慌ててどうする。

 「良いか、ティナ。お前は将来、この国の女王になる女だ。そのような差別的な用語は知っていても良いが、使ってはならぬ。良いな。」

 一つ咳払いを挟み伝えた。ティナは素直にはいと答えた。


 良かったのか悪かったのか。イベントの甲斐あって、その後ティナは城の外へ脱走しようとすることはなくなった。普段の様子も家来の話による限りイベント前とさほど変わりないようであった。一つ変わったことは、以前に比べて自分の部屋に閉じこもる時間が多くなったことだった。家来や教育担当、美容師が部屋で何をしているか尋ねるとティナは決まって「読書をしている」と答えた。

 

 ある夜、アーランドソン王が心配になりティナの部屋を訪れると、ティナは写真建ての写真を眺めていた。部屋は灯りが消え、写真は月明りに照らされていた。いつも机脇に飾ってある父と母と小さい頃のティナ3人の写真だった。

 「失礼するぞ、ティナ。」

 ティナは驚く様子もなく、父のほうをちらっと見るとまた写真を眺めた。

 「私も良くお母さんの写真を見るよ。とても素敵な女性だった。」

 「お父様は、お母様とどうやって出会ったの。」

 王は空いていた席に腰を掛け、写真を見ながら話した。

 

 「お母さんとは本当に偶然に出会ったんだ。密林に数人の家来と共に巡視しているときの事だった。以前にお話しした通り、珍しい動物や植物、鉱石を盗む目的でこの国に不法に入国する者がいる。それを見回っていた時だった。その時、お母さんはこの国にしかいない一角ウサギを狩猟する輩とたまたま出くわし争っていた。お母さんはウサギたちを守ろうと森の奥へと追いやることに必死になっていた。密入国した者たちの目的はウサギの角。数発ウサギに発砲した様子で、お母さんも腕や足のあたりにそれを受け怪我をしていた。そこに我々が出くわした。

 お母さんのその姿を初めて見たとき、その姿に私は心を打たれたよ。自分の命を危険にさらしてでも小さなウサギを守ろうとしていたんだからね。普通の人にはできない事だ。その後怪我の治療のためにお母さんを城に連れ治療した。幸い大事には至らなかった。それから国はささやかながらお母さんを表彰した。それが出会いだった。」

 「お母様。大変勇敢だったのですね。」

 「少し無鉄砲なところもあったがね。鋭く強い刀が体に埋まって支えているようなそんな女性だったよ。」

 「私も強く生きないといけませんね。」

 「いや、そんなことはないさ。ティナはティナらしく生きれば良い。お母さんもティナも私の誇りだ。」

 「ありがとう。お父様。」

 王はその時、ティナが少し泣いていて、しかし、手には握りこぶしが握られているに気が付いた。悲しかったのだろうか。王は少し心配になりながら、部屋を後にした。

 

 そして月日が流れ、ティナが11歳になった。

 そして、その数日後に事件は起きた。

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