水の中で

玉木白見

第1話 序章

 王国エルティア。

 

 南国の温暖な気候の海に浮かぶ楕円形をした島国である。


 その島の中央より少し西寄りには針のような岩山が数キロにわたり複数そびえたつ。中心部にはより大きな針状の岩山がそびえたち、遠くから見ると大小2枚の岩が重なったような形をしている。それは凸の字状の、角ばった雪だるまのような形をしている。この岩山全体はその2段のウエディングケーキのような姿からビッグケーキと呼ばれている。エルティアの象徴だ。この針のような岩山は人を寄せ付けようとはしない。幾多もの冒険者がその頂上を目指し挑んできたが過去にその頂上に到達した者は誰一人いない。事故が多く、現在ではそれを挑むことを禁じられている。それでも無謀な冒険者たちは後を絶たず不法侵入をしてでも挑戦を繰り返す。


 ビッグケーキの頂上は少し平らな平地があり、そこには様々な樹木が深く生い茂っている。またその麓は原生林がまた深く生い茂る。原生林は国の管理のもと開発を禁じられており、そのためこの島にしか生息しない特有動植物が生息している。中にはその動植物の部位、成分が美容や健康に効果があると信じられており、密猟目的に他国から不法侵入する者もが後を絶たない。またビッグケーキの麓の鉱山からは貴金属やこの国特有のレアメタルが多く取れる。この王国はこの貴金属を他国に輸出することで栄えてきた。

 

 大雨が降るとビッグケーキの1段目と2段目の岩山の一部に不思議な滝が現れる。遠くから肉眼でははっきりと見ることができないほどの滝で別名幻の滝と呼ばれているが、大雨の後、ごくまれに遠くからはっきりと確認することができることもある。その珍しさから、偉大なる滝(グレートフォール)と呼ばれており、特に1段目、2段目それぞれについて、グレートフォール1、グレートフォール2と名付けられている。グレートフォール2の滝つぼまでは富裕層を相手にした観光ツアーで行くことができるが、気象条件が合わない限りグレートフォール2に巡り合うことはできない。グレートフォール1に関しては、ほとんどお目見えできない。大雨が降り、天気が良く、かつ近くにいる時によく見ると見える程度だ。無人航空機による撮影もこの地域では基本禁止されており、写真や映像でも貴重なほどだ。クレートフォール2の滝つぼ近くには湧水でできて小さな湖があり、そこからは川が密林地帯の真ん中を曲線を描きながら流れ、エルティア島の西のほうの海へとつながり流れている。

 

 エルティアの東半分は王国の城や港を中心に古くから都市が栄えている。観光地としても知られているが、入国審査が厳しく誰もが自由に入国できるわけではない。それもあり、密入国者が後を絶たない。


 この国には不思議な言い伝えがある。「この国は不思議が力で守られている」そして「この国には魔女いる」と。

 しかし、王国ははっきりと「魔女などこの世には存在しない」と明言している。誰もその存在を確認したことがないとの理由からである。しかし、この国の人々は魔女は存在し、魔女が不思議な力でこの国を守っているのでは、と信じている。その所以は過去の歴史に遡る。

 

 200年以上前、世界中で侵略戦争が起こっていたころ、エルティアも自国を守るべき軍事力が必要との機運に包まれた。エルティアは資源国、狙う国が多いことは明らかであった。その機運を追い風に、王国の主張とは別に軍事力強化を指示する政党が勢力を高め、その政党は人々のイデオロギーをあおりどんどんと勢力を増していった。ついには、党首ラウフを中心としたラウフ党を立ち上げ、実質の政権を手に入れた。王国は力なく政権を譲り渡すしか道が無くなった。そのラウフ党は近隣の新興国の力も味方につけながら着々と軍事力の強化を進めた。

 

 そんな中、エルティアの資源に目を付けた近隣の国々がエルティア侵略の準備を始める。ラウフ党はそれに対抗すべく戦いの準備を始める。ところが、近隣が侵略の準備を進めようとすると、その近くで大きな海底地震が発生し津波による被害を受けたり、宣戦布告目的にエルティアへ向かった船が突然の台風に襲われ沈没したりと、侵略の目論みはなぜかタイミング良く発生する自然災害のためにことごとく失敗に終わり、エルティアはこの自然災害による被害を少々受けたものの他国の侵略の被害を受けることはなかった。


 これに気を悪くしたのがラウフ党だった。せっかく軍事力強化をし、いざ自分たちの力の見せ所と言う時にその機会をすべて失われてしまったからだ。フラストレーションが溜まったライフ党は、この国の不思議な力の源が「魔女」の仕業であると決めつけ、その「魔女」を敵対視し、そして、ついには魔女狩りなるものを始めた。国中の魔女と思われる女を捕まえては、簡単なテストをする。それを不運にも正解した女性は、魔女と見なされ監禁、拷問、ひどい場合には死刑に処された。この悪しき魔女狩りは1年近く続いた。

 

 何の根拠もなく愛する妻や娘を処罰された国民たちは次第にライフ党を非難し始める。魔女狩りをはじめて数か月後にはライフ党への支持率は急激に落ち、国民はラウフ党を潰そうと暴動を起こし始める。そんな中、ラウフ党の長であるラウフが急に不思議な病に侵され倒れる。ラウフは三日三晩苦しんだあげく、四日目の朝に絶命する。その後ラウフの兄弟やラウフの直近の者たちも次々に自殺して行く。そしてまたかつての王国が勢力を取り戻し復興する。

 

 三日三晩苦しんだラウフの話にはこんな逸話がある。

 

 ラウフは謎の病気発症後、痛みと苦しみに悶え、寝ることも食べることも喋ることもできず、ただただ四六時中うめき声をあげ苦しみ、見る見るうちに衰弱していった。そして三日経った日、急に兄弟、直近を呼べと言い出したという。そして全員が集まったときに、胃の底から湧き上がるようなうめき声でこう話したという。

 「魔女は存在しないと全国民に宣言せよ。さもなくば同じ目を見る。」

 この声は間違えなくラウフのものではない、女性らしき声であったという。

 これを聞いた者たちは身の毛がよだつとともに慌てふためいた。魔女がいないことを宣言すれば、1年間やって来た行為を全否定することになり国民に処刑されるであろう。しかし、それをしなければ目の前に悶えるラウフと同じ目に合わされる。軍事力を使い力でねじ伏せようとしてもおそらく魔女に根絶やしにされる。

 そう、この時、初めてこの声を聞いた全員が、魔女が確かに存在することを知り、そして決して触れてはいけない逆鱗に触れてしまった事を知った。そして行き場を失った面々は自殺をせざるを得なかったと。

 

 この逸話に関しては王国は完全に否定している。

 しかし、実は王国は魔女が確かに存在することを知っている。そしてこの国の歴代の女王が魔女であることも。


 この王国に住む魔女と、王国は古くから約束を交わし共存している。


 王国にとっては自国に住む魔女の総数等を把握できるだけでなく、いざとなれば魔女の力を借りることができる。また、ライフ党が恐れたような魔女による脅威も心配する必要がない。魔女にとっては王女の立場で、女性にとって快適な生活環境となるような法の提案、提供をすることができる。双方にとってメリットがあるのだ。

 このような環境下で歴史を築き上げてきたエルティアは、世界から見ても女性を尊重する気運が高く、女性差別が少ない女性に尊い国として知られている。近年、女性差別に対する問題が話題となると、エルティアの事例が各国にたびたび取り上げられるほどである。

 

 現在、王国の王はアーランドソン王である。そしてその唯一の娘ティナがいる。アーランドソンの妻は、ティナが幼いころに病気で亡くなった。妻はもちろん魔女であった。魔女であっても寿命もあるし、普通の人と同様に病気で亡くなることもある。アーランドソンには弟のクリストファがおり、クリストファも既婚者である。しかし、クリストファ夫妻は子供に恵まれず子はいない。歴代エルティアの王は過去に必ず男児が誕生しており、その子が王を引き継いできたが、現状、過去に例のない事態となっている。このままであればティナは一般男性と結婚し、その彼が王を継ぐことになる。


 しかしながらまた一つ問題がある。ティナが魔女であるかどうかがわからない。魔女から生まれた女が必ず魔女であるわけではないのだ。統計的にみて、およそ7割程度の確率で魔女であるが3割は普通の人が生まれる。ティナは現在8歳で小学校3年生くらいであるが、今だ魔女かどうかがわからないでいる。そう、魔女であっても子供の頃は(いや大人になっても)基本的には一般の女性と何ら変わらない。もし彼女が魔女であれば、12歳の誕生日を迎えるまでに自然と身につく魔女特有の能力がある。それを別の魔女が試すことによって魔女であることが確認できる。早ければ小学生ごろからその能力は発生するがティナにはまだそれが見られない。定期的ある方法で検査しているが未だ反応がない。仮に彼女が魔女でなければ、魔女の存在を一部の特例を除き一般人に知らせることは「魔女の掟」で禁じられているためにティナに現状を教えることもできない。

 

 彼女が魔女でなければ、アーランドソン王はまた違った意味で王の継承について頭を悩ませることになる。アーランドソン王が無理やり再婚し男児を設けるか、弟のクリストファがなんとかするか。弟のクリストファも避妊治療を度々行っているが、神からの授かりものになかなか恵まれない。


 アーランドソン王はティナが魔女であるかどうかがわからない限り、彼女を城から出すことを一切禁じていた。それは彼女の命に危険が及ぶからである。


 日頃のティナの面倒は王の妻が見れればよかったのであるが、先に述べた通り彼女はすでにこの世にはいない。アーランドソン王は日々多忙でなかなかティナの面倒を見ることができず、日頃はクリストファや家来たちが面倒を見ている。(もちろんクリストファも大変多忙である。)面倒を見ている家来たちが言うには、最近になりティナが城の外に出たがって出たがってしょうがないという。人の目を盗んでは城から抜け出そうとするらしく家来達は日ごろからとても悩んでいた。この間も城内のお勉強の時間にトイレに行ったっきり一向に帰ってこず、探したところ城の裏の壁にはしごをかけてよじ登ろうとしていたという。昼夜問わず城中を探索し外に出る抜け道がないかを必死に探していることがあるという。


 アーランドソン王はティナのやんちゃぶりに昔の妻を思い、ここ最近は気が気ではなかった。そこで苦肉の策として、娘に「城外は小さい子には危険である」ことを植え付けるべく、その説得をできる人を国中から公募することとした。城内のものが言っても、ティナは「外に出さないための嘘」だと思うだろうと考えたからである。実際に外にいるものが説得すれば娘も信用するだろうと考えたのだ。しかしこれが後の災いとなる。

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