第37話 盗賊VS騎士団長

 処刑台の前では、盗賊と若き騎士団長が激しい戦いを繰り広げている。


「なんなんだ、貴様は!」


 ゴーシュの連撃を無一は剣で防ぐ。立て続けに五度、鋭い金属音が響き渡った。守る側も攻める側もすでに息が弾んでいる。


「いつもいつも僕の邪魔をして! たかが盗賊風情が、なんの権利があって僕の志の邪魔をする⁉︎」


「知るか、んなもん!」


「気に食わないな!」


 怒りにまかせた一振りを無一は剣で受け止めた。重い一撃に肩まで痺れが走り、思わず後ろに跳んで相手との距離を取る。

 ゴーシュは殺意に燃える双眸で無一を睨む。そして、剣の切っ先を仇敵の心臓のある位置に向けて怒鳴った。


「僕には志がある! 大義がある! ロホラン様を支えこの国を守る覚悟がある!」


「先王を謀殺ぼうさつしといて正義ヅラしてんじゃねえ!」


「貴様になにがわかる⁉︎ 先王様は国防を考えない軟弱者だった。この国はいま、他国や蛮族による侵略の危機にさらされている。軟弱な王では、この国は守れない!」


「だったらてめえが支えてやればよかったじゃねえか!」


「知ったような口をきくな! 志も大義も持たない、貴様のような盗賊風情に言われる筋合いはない! 貴様らの遊びとは次元が違うんだ!」


 火の出るような舌戦だった。周りの兵たち――近衛兵団と彼らに動きを封じられている国王直属騎士団の者たちは、遠巻きに両者の争いを見守っている。


「はっ、だからいつになく怖い顔してるわけだ。いままでのは作り笑顔か?」


 その指摘を、無一は何気なく口にしたつもりだった。

 だが、その直後。

 ゴーシュの端正な美貌に、闇を煮詰めたような笑みが浮かんだ。それを目にした者すべてが――無一でさえも、背筋が凍りつくような思いがした。


「フフ、この顔か? そうさ、この笑顔は偽りの仮面。だが、他人を欺くためじゃない。おのれの信念さえも曲げ、大義に殉じる重圧、つらさ。その地獄の苦しみに精神を冒されるのを防ぐための、これは盾だ!」


「ほー、そんじゃしぶしぶロホランに従ってたってのか。殊勝なもんだねぇ」


「僕だって先王様を殺めたくなどなかった! だが、誰かがその手を血で染めなければ、一国の平和を守ることなどできない!」


 断言してゴーシュは地面を蹴った。瞬時に距離を詰め刺突を放つ。

 予想外に伸びてきた剣先を無一は間一髪でかわしたが、崩れた体勢を立て直す前に次の一撃を浴びせられた。片手だけの剣で防ぐが、後ろに傾いた身体に思い切り蹴りを入れられる。

 腹部を激痛が貫く。顔をしかめつつ、後転して体勢を立て直した。血の混じった唾を吐き捨て、無一は再び剣を背負った。


「てめえの言い分はわかった。だが、こっちもフレーズあいつを殺られるわけにはいかねえんだよ!」


 風を裂いて盗賊は駆けた。白刃が交差し、火花が散る。加速の勢いが乗った一撃に押され、ゴーシュは一歩後ろにさがった。盗賊と騎士団長、二人の男の顔が間近で睨み合う。


「あいつは俺が守るって決めたんだ。惚れた女との約束もあるしな。ただの遊びなんかじゃねえ。てめえにはくだらなく見えるかもしれねえが、こっちだって命賭けてんだよ!」


 そこから先は互いの意地のぶつかりあいだった。

 刃同士が幾度となく打ち鳴らされ、白い光が両者の間で乱舞をつづける。力では無一が、技ではゴーシュがやや勝っているように見える。が、壮絶な攻防は終わりがないように思えた。

 しかし、剣による争いは唐突に打ち切られた。互いの渾身の一撃が、両者の剣を根元から折ったのだ。

 自身の武器が刃を失ったのを見て、一方は青ざめ、もう一方の男は笑った。


「くそっ、剣が……! 誰か——」


 ゴーシュは周囲を見回したが、彼に剣を渡す者はいなかった。


「丁度いい、ケンカはこうでなくちゃな」


 無一は剣を捨てて両手の指を鳴らし、徒手格闘の構えをとる。

 ゴーシュの喉が鳴った。初めて眼前の男と戦ったとき、丸腰の彼に鮮やかな投げを決められた苦い記憶がよみがえる。


「ふ、ふざけるな! そんなものは騎士の戦いではな――」


 言い終わる前に、拳がゴーシュの横面にめり込んでいた。倒れこそしなかったが、ゴーシュはよろけて何歩か後退した。


「ナメた口きいてんじゃねえ。俺を盗賊風情と言ったのはてめえの方じゃねえか」


「こ、このッ――‼」


 激情に駆られたゴーシュが殴り返そうとする、その腕を取って無一は相手を投げた。倒れたゴーシュの背後から首に腕を回し、裸締めにする。一瞬の出来事だった。


「気絶しとくか?」


 背後の無一にたずねられ、ゴーシュは血が出るほど歯がみした。少しでも抵抗の意思を見せれば、首を絞める腕の力は容赦のないものになるだろう。彼は負けたのだ。盗賊風情と侮った相手に。


「畜生っ……畜生ぉおおおおおおおおおおおおおッ‼」


 吠えながらゴーシュは泣いた。

 その顔が無一には、いままでのどんな顔よりも好ましく思えた。ざまあみろ、という薄暗い勝利感ではない。ようやく彼の素顔を見ることができたという、爽やかな達成感だった。

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