第35話 種明かし
「どういうことだ? いったいなにが起きている」
さすがのロホランも動揺した様子だった。正体を明かしたばかりのロランジュと、処刑台の上の二人を交互に見やる。
先ほど腹を斬られた処刑人も、すでに変装を解いて元の姿に戻っていた。言うまでもなく、彼の正体は無一だ。その無一が、ロホランの疑問に答えた。
「見ての通りだ。ロランジュ様は生きていた。おまえらが睨んだとおり、殺されたように見せかけて逃がしたのはライデンのオッサンだ」
「貴様は……!」
憤怒の形相で睨んだのはゴーシュだ。だが、無一は彼を無視して続けた。
「……だが、この俺にも最後まで読めなかったぜ。王妃様があんな場所に隠れてたとはな」
「隠れていた、だと? では、王妃様は城の中に……?」
ゴーシュの問いにフレーズが答える。
「王妃様は〈真の神器〉が隠されていた地下室にいたのよ。私たちが助け出すまではね」
「あの部屋に? しかし、あの場所には正統な血統の者しか入れないはず……」
「その紙をもう一度読んでみな」
そう無一に言われたゴーシュは、先ほど拾った紙片に書かれていた文字に目を走らせた。
「『王位はわが妻ロランジュの子に』……」
ゴーシュははっとした。震える指の隙間から紙片が滑り落ちる。
「まさか……」
「わたしは、先王エゼル様との子供を身籠もっています」
ロランジュの声を聞いた者すべてに衝撃が走った。
「あの魔術仕掛けの扉が、胎児に反応したというのか……」
それはゴーシュにとって完全に想定外の事態だった。
「ですが、妊娠していたなどというお話は……」
「あなたがたには隠しておけと、エゼル様が生前に仰っていたので。いざという時にはあの部屋に逃げ込めというお話も、あの御方が教えてくださったことです」
ゴーシュは愕然とした。先王エゼルがそこまで想定していたとは……。彼の聡明さはゴーシュやロホランの奸智を上回り、死した後も愛する妻の命を守ったのだった。
「そのうえ、あの地下室には例のものがあった。ゴーシュ、アンタが見て見ぬふりをして存在を抹消しようとした、先王様の遺言状よ!」
フレーズが無一の隣でゴーシュを見下ろしながら言う。彼の顔からは死人のように血の気が抜けていた。
そのゴーシュに無一が追い打ちをかける。
「フレーズさえ始末すれば、あの扉は二度と開けられないと思ったんだろうがな。切れ者のおまえにしちゃあ、詰めが甘かったな」
「い、いつだ……?」
「忍び込んだ時期か? 三日前の朝だ」
「最初は〈真の神器〉を盗み出そうとして、王宮に忍び込んだのよね?」
フレーズの補足に、無一は頷きを返す。
「ああ。だが、さすがにロホランの部屋は守りが堅すぎて盗み出せなかった」
「それで、次は監獄のライデンさんに話を聞きに行ったの。そのときよ、ロランジュ様の居場所を知ったのは」
「だが、問題は王妃様をどうやってその部屋から連れ出すかだ。こいつには苦労したぜ」
無一に言われ、ゴーシュもそのことに気づいた。
「そ、そうだ! 三日前は城中を衛兵が警備していた。貴様らのような賊から〈神器〉を守るため、警備態勢はいつにも増して厳重だった。いくら貴様が変装の名手だろうと、王妃様を連れて逃げることなど不可能だ!」
「そうね。だからアンタに協力してもらったの」
一瞬、フレーズの言葉の意味がゴーシュには理解できなかった。
だが、ほどなく彼は本日最大かもしれない衝撃を受け、大きく目を見開いた。
「まさか……⁉ では、貴女は二日前のあのとき、わざと捕まったというのか……」
「そ。警備を〈神器〉のある王宮に集中させて、宝物館から王妃様を逃がすためにね」
フレーズは自慢げに胸を張った。
「ふはは、まんまと我々の演技に引っかかってくれましたな」
この場にいるはずのない者の声が聞こえ、ゴーシュは振り向いた。先ほどロランジュに道を開けた警備の兵が兜の面当を上げる。鎧こそ普段のものとは異なるが、その顔は他ならぬライデンのものだった。
「ら、ライデン卿……⁉ なぜ貴方がここに……」
もはや訳がわからない。ゴーシュは頭を抱えた。ライデンは監獄に入れられていたはず。それに、警備の兵の中に変装した者がいないかどうかも事前に確認したはずだ。
(いや、本当にそうだったか? 僕自身がすべての兵の顔を確認したわけじゃない。それに、部下たちにはこう命じたような気もする。「あの賊が変装していないかどうか確かめろ」と……)
「ま、そんなところね。どうゴーシュ、勉強になったかしら?」
振り向けば、頭上のフレーズが勝ち誇った表情をしていた。
抑えきれない憎悪と憤怒が、端正なゴーシュの顔を歪ませた。
「あ、あの二人を捕らえろ! 抵抗するなら斬り捨てても構わん!」
剣を抜いて部下たちに命じる。近くにいた数人の兵が処刑台に殺到した。だが、そのうちの一人が段を上りかけたとき、フレーズは大声で叫んだ。
「なんの罪で⁉」
その瞬間、あたりがしんと静まった。彼女に槍を振りかざしていた兵も含め、誰もが猛獣に睨まれたように固まった。
その沈黙を割ったのはフレーズ自身だった。
「ロランジュ様はこの通り生きていた。王妃様殺害事件もその犯人も、この世に存在しないわ。じゃあ私の罪はなに? どうして捕まったり殺されたりしなくちゃいけないの?」
答えられる者は一人もいかなった。
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