第33話 戴冠前の処刑

 戴冠式当日——

 城内は賑わいに満ちていた。

 大勢の人々が、広場に建てられた大きな木製の台を取り囲んでいる。この日のために特設された、大人の背丈の二倍ほどの高さの処刑台だ。


 広場の背後には高い城壁があり、側方にはこのあとロホランが戴冠される予定の聖堂がある。処刑台を囲む群衆は、空を舞う鳥の視点からは中心に穴の空いた扇状に見えることだろう。

 処刑台と群衆との間では、鎧と槍で武装した兵が二層の列をつくって警備している。その内側には3人の男がいた。ロホランと宰相のキホル、それとこの日のために法皇領から招かれた老法王である。二人の老人の小柄さと比べると、これから王になる男はいかにも巨大かつ頑強で、見るものを畏怖させる威厳に満ちていた。


「あぁ……恐ろしいですわ、非道ですわ……」


 群衆の中の一人の女がつぶやいた。大きな帽子を目深にかぶり、若い貴婦人風のいでたちである。見物客の最前列は、国賓とそれに次ぐ高位の貴族や聖職者たちが占めている。彼女が立っているのはその後ろ、ちょうど人々の層の真ん中あたりだ。


「うぅーっ。おねえさま、わたしの背ではなにも見えませんわ」


 隣で背伸びをしている少女は妹だろうか。背の高い隣の女と比べるとかなり小柄だ。彼女もまた、大きな帽子を深くかぶっている。


「あれが王妃様を殺害したって女か」


「まだ若い娘じゃないか」


 近くで男たちが話しているのが聞こえ、二人は恐ろしげに顔を見合わせた。背の高い方の女が青ざめた顔をあげる。

 そう——いままさに、断頭台の上に若い娘が首を乗せられていた。それは紛れもなく、フレーズだった。

 着ていた鎧を脱がされている他は、フレーズは先日捕まったときと同じ格好だった。背中の後ろで手首を縛られ、観念したようにぐったりとしている。背後に立つ兵に対して抵抗を企てる様子もない。


「うぅぅ……見ていられませんわ。わたくし、このままではどうにかなってしまいますわ……」


 女の握りしめた拳が震える。その拳を、妹らしき少女がそっと両手で包んだ。


「おねえさま、いまはまだそのときではありませんわ。いま事を荒立てても、彼女の身を危うくするだけですわ」


「でも……。あぅぅ……」


「ね、あの方たちを信じましょう。いい役者は最高のタイミングまで、舞台袖でおとなしく待っているものですわ」


 少女の言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。



「静粛に。ロホラン殿下のお言葉である」


 宰相キホルの声に、群衆の話し声が止む。しかしそれは、むしろロホラン自身が処刑台の上に立ったことによる反応のようだった。

 そのロホランが、よく通る声で聴衆に呼びかける。


「本日はよく集まってくださった。早速だが、お集まりの方々に戴冠の儀の前の余興をお見せしたい。これなるは、先王エゼル様の妃、ロランジュ様を殺害した大罪人である」


 ロホランは自身の剣を抜いてフレーズの首に突き付けた。群衆からかすかなどよめきが起こる。


「すでに伝わっていると思うが、王妃様は先日この娘の凶刃に倒れた。この娘は騎士志望と偽り——」


 そうしてロホランは、目の前の娘がいかにしてロランジュを殺害したかを聴衆に語った。


「今後このような悲劇が二度と起こらぬよう、我々は再発防止に向けた努力を徹底する所存である。これから執り行う処刑は、我々の遵法精神を象徴するものと捉えていただきたい。戴冠の儀の余興としては前例のないことかもしれない。だが、この処刑によりこのロホランが、法を遵守し、悪をくじき、正義を行う者であることの証明とさせていただきたい」


 どこからか拍手が起こり、やがてそれは聴衆全体に広がった。

 ロホランは満足そうに手をあげて応じる


「なお、処刑法は人道に配慮し、特別に斬首によるものとする」


 

 その様子を見届けると、ゴーシュは見上げていた顔を見物人たちに向けた。全身に緊張をみなぎらせ、ほとんど血眼であたりを見回す。

 彼はいま、処刑台のほぼ真下にいる。見物人との間で警備をする兵たちの監督をしているのだ。数日前、国王直属騎士団に加え近衛兵団の団長をも兼任することとなった彼は、いまや城内にいる全ての兵を率いる長である。当然のごとく、この日は警備の総監督を任されていた。


(警備には一点の隙もない。あの男が兵に扮して紛れ込んでいないことも確認済みだ。奴が紛れているとすれば、それは見物客の中だ)


 あの盗賊は、結局二日前の騒動から今日まで現れなかった。しかしゴーシュは、彼が戴冠式当日のどこかのタイミングで再び姿を現すと踏んでいた。


(現れるとすればいま、処刑の直前に違いない。警備は万全だ。そして、見つけしだい抹殺するようすべての兵に命じてある。だが……)


 ゴーシュは身震いする。あの男にはどこか底知れぬ怖さがある。油断は禁物だ。


(さぁ、来るなら来い! 全軍をもって相手をしてやる!)


 眼前の群衆を睨み渡しながら、ゴーシュは剣の柄を握った。



 万雷の拍手が静まると、それを待っていたかのように太った処刑人が処刑台の上にあがった。ロホランは近くに設けられた特等席で見物するため、処刑台から降りる必要があった。すれ違いざまに、処刑人の男に告げる。


「首を斬る前に、あの娘の末期の言葉を聞いてやれ。それも一興だ」


 男は頷くと腰に帯びた剣を抜きはなち、断頭台に乗せられた娘——フレーズの首に突きつけた。彼女の額を汗が伝う。

 満足げな笑みを浮かべ、ロホランは処刑台の段を降りた。

 そして法王の隣、特等席に腰をおろして顔を上げたとき。

 ふと、彼は処刑人の男の持つ剣に目を止めた。


(あの剣は、どこかで……)



「最後に言い残すことはあるか?」


 断頭台に首を据えられた少女に、男はそうたずねるべきだったろう。

 しかし、彼の発した問いはその場にそぐわないものだった。 


「ぐへへ……。嬢ちゃん、いまどんなパンツ穿いてるの?」


 問われたフレーズは、フフン、と鼻で笑って返した。


「決まってるでしょう? ——勝負パンツよ!」


 太った処刑人はニヤリと笑い返すと、大きく息を吸って叫んだ。



「おーーい、みんなーーーっ! こいついま、勝負パンツはいてるってよ――――っ‼」


「言わなくていいからッ!」



 二人の声が響いた直後。

 その場にいた全員が信じられない光景を目撃した。

 首を斬られるはずの少女が手首を縛る縄を力任せに引きちぎり、素早い動きで処刑人から剣を奪い取ると、その男の太った腹を横一文字に切り裂いたのだ。

 そして——



 ドォオオオオオオオオオオ—————————————ン‼︎



 斬り裂かれた男の腹から、巨大な花火があがった。

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