第32話 死刑宣告

 二人の衛兵によって連れてこられたのは、他ならぬフレーズだった。

 少女は背中の後ろで手枷をはめられ、槍を持った衛兵に押されながら三人の前に現れた。


「フレーズ殿、なぜ……」


 ライデンの問いにも答えず、フレーズは無念そうに顔を伏せている。


「ははっ、理解に苦しみますね。貴女には王妃様殺害の容疑がかかっている。戻ってくればどうなるか、想像できないとは思えませんが」


「……仕方ないじゃない。アンタたちの悪行を止めるには、〈真の神器〉を盗み出すしかなかったんだから」


 にわかにゴーシュの表情が険しくなった。彼女を連れてきた衛兵にたずねる。


「おい、捕まえたのはこの娘だけか?」


「そう聞いています」


「……そうか。では――」


 ゴーシュは二人の衛兵に歩み寄り、兜の面当を上げさせた。しかし、あの盗賊の顔ではない。彼は自分に煮え湯を飲ませた男の顔をはっきりと覚えていたので、間違いはなかった。


「フフン、抜かったわねゴーシュ。私はオトリよ。衛兵たちの気を引きつけるためのね。いま頃アイツが〈真の神器〉を盗み出してるわ」


 フレーズは勝ち誇った笑みを浮かべた。ゴーシュの眉間にしわが寄る。


「ゴーシュ」


 説明しろ、とばかりにロホランがゴーシュを見る。


「ご安心ください。〈神器〉を盗み出すことなど不可能です。〈真の神器〉は僕の騎士団の精鋭たちによって厳重に守られています」


 ゴーシュは不用意に〈真の神器〉のありかを語りはしなかったが、それは現在、王宮の三階にあるロホラン自身の私室に保管されていた。そして彼がいましがた語ったとおり、精鋭たちが針の穴も通さぬほど厳重に警護している。そこよりも安全な隠し場所は、王国中を探しても他に見つからないだろう。


「あら、忘れたの? 無一アイツには石の壁を壊すくらいの力があるのよ」


「……」


 ゴーシュにとって唯一の気がかりはそのことだ。あの盗賊は並ではない。


「精鋭って言ってもアンタ以下の奴らでしょ? この城中の兵を全員集めたって、アンタをぶっ飛ばしたアイツに敵うわけがないわ」


「…………」


「フフン。ご愁傷さま、ゴーシュ。〈神器〉は私たちのものよ」


 ハッタリだ――ゴーシュはそう思ったが、主の手前で無策でいるわけにもいかなかった。それに、あの男の実力が未知数なことも事実である。


「警備を強化するよう伝えろ」


「はっ」


 命じられた衛兵のうちのひとりが走り去った。もうひとりは依然として、手枷で拘束したフレーズを見張っている。


「ロホラン様。万が一ということもありますので、僕も様子をみてきます」


「うむ、待っておる。この娘は俺が見張っていよう」


 ゴーシュが走り去ると、その場にはフレーズを連れてきた衛兵を含めて四人が残った。すでに背景に溶け込んでいる、監獄を警備する兵を除けばの話だが。


 沈黙を持てあましたロホランは、興味本位でフレーズにたずねた。


「娘よ。おまえにとってあの盗賊はどのような存在なのだ?」


「……信頼できるパートナーってところかしら?」


 フレーズが言葉を選んで返すと、ほう、とライデンが意外そうに言った。


「てっきり浅からぬ仲なのかと」


「そ、そんなわけないじゃない。あんなヘンタイなんか……」


 フレーズは少しだけ顔を赤らめる。

 ほどなくしてゴーシュが戻ってきた。息を切らしてはいるが、出て行ったときよりも余裕そうな表情でロホランに報告する。


「〈神器〉は無事です。すり替えられた形跡もありません」


「間違いないか」


「はい。少しでも動かせばそれとわかる仕掛けを施しておりましたが、別状ありませんでした」


 フレーズの顔に驚きが走った。ロホランはニヤリと片端の口端をつりあげる。


「賊は?」


「いまだ発見できてはおりませんが、時間の問題でしょう。城内の全衛兵を〈神器〉の警備に集中させ、最大の警戒態勢を敷きました。ネズミ一匹逃しませんよ。もっとも、すでに尻尾を巻いて逃げた後でしたら別ですが」


「よくやった。そのまま警戒を続けるように」


「はっ」


 ゴーシュは誇らしげに敬礼した。ロホランがフレーズに面白いものを見るような視線を向ける。


「あてが外れたな、娘よ。もはや〈神器〉を奪うのは不可能だ」


「そんな……。でも……」


「おまえのいい男も、いまごろ諦めて退散しているだろうよ。盗賊というのは逃げ足の速いものだ」


「ま、まだわからないじゃない! まだ……」


 強がりを言ったものの、少女の瞳には悔し涙が浮かんでいた。肩を落とし、うつむいたまましばらく震えていたが、やがて力尽きたようにその場に膝をついた。


「フレーズ殿……」


 ライデンの両目にも涙が浮かび、震える。


「さて、何か言いたいことはあるか?」


「……るさい、バカ……」


 子供っぽい負け惜しみの言葉に、ゴーシュは苦笑した。


「かわいそうに。信じていた男に裏切られるとは」


「うるさいわね! アンタにだけは言われたくないわよっ!」


 そう叫ぶと、開き直ったようにその場に座り込んだ。


「……もういいわ、さっさと処刑でもしたら? 私はロランジュ様を殺した大罪人なんでしょ?」


「フレーズ殿⁉︎」


「そういえば、そうだったな。だが」


 ロホランがゴーシュの方を見る。ゴーシュは主の代わりに説明した。


「ですがフレーズさん、貴女がお望みでもすぐには処刑してさしあげられないかもしれません。貴女は国家の基礎を脅かした大罪人として、できるだけ多くの国民の前で首を斬られることになっておりますので」


「あら、そう。だったらそれまでに逃げ出してやるわ。そして言いふらしてやる、無実の罪で殺されそうになったってね! ロランジュ様は、まだ生きてるかもしれないんでしょう?」


 フレーズを除く全員に衝撃が走った。


「な、なぜそのことを――」


「いいだろう、娘よ。望み通りすぐにでも処刑してやる」


 ゴーシュの疑問を制してロホランが言った。


「ロランジュ様は亡くなられた。フレーズ、おまえに殺されてな。その罪により、明後日の戴冠の儀の前に公開処刑となす。丁度いい余興だ」


 そう告げると彼はきびすを返した。ゴーシュも主に伴い、二人は見張りの兵とフレーズを遺して去って行く。


「お、おやめください、ロホラン様!」


 すがるようにライデンは訴えたが、その声は重い監獄の扉が閉まる音に押しつぶされた。


「……ライデンさん。もういいの。やれるだけのことはやった。あとは天命を待つだけよ」


 観念したように嘆息して、フレーズは天井を見上げる。


 その日のうちに、彼女の身柄はライデンとは別の房に移されたのだった。

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