5章
第31話 囚われた男
ロホランの戴冠式を二日後に控えたノイムーン王国。
王都ハーヴァーの主城ハーヴァー城。その一隅に堅牢な監獄がある。
その監獄の内奥、薄暗い独房の鉄格子を隔てて三人の男が向かい合っていた。
独房の外に立っている二人は、国軍総司令官であるロホランと、彼の右腕である国王直属騎士団団長のゴーシュ。
そしてその向かい――鉄格子の奥で腕を組んで座っているのは、数日前まで近衛兵団の団長の地位にあった男だった。だがいまの彼が身にまとっているのは、その地位の象徴ともいえる立派な鎧ではない。ごくありきたりの囚人服だった。
「そろそろ話していただけませんかね、ライデン兵団長殿」
ライデンを見下ろすゴーシュの視線は冷ややかだ。しかし、その隣にいる偉丈夫の表情はさらに冷ややかだった。
「違うなゴーシュ。その男の任は解かれた。いまは兵団長どころか騎士ですらない」
「これは、ロホラン様……。次期国王ともあろうお方が、このようなむさ苦しい監獄に足を運ばれるとは」
ライデンは顔を上げた。最低限の敬意とむきだしの敵意とが、その顔の上で争っている。
「なに、退屈しのぎだ。俺に逆らって全てを失った男の顔を見るのも滑稽かと思ってな。それに俺は、まだ一人の大将軍に過ぎん」
「ですが、それも二日後の戴冠式までのこと。すでに法王様御一行は到着され、国賓の方々も続々と王宮入りしております」
「準備も滞りなく、か。さすがはゴーシュ、抜かりないな」
「貴方様の右腕なれば」
笑みを浮かべるゴーシュを見て、ライデンは鼻で笑った。
「ふん。前任者を追放して得た騎士団長の地位はさぞかし居心地が良いのでしょうなぁ」
「さて、なんのことでしょうか」
ゴーシュは笑みを少しも崩さずに首をかしげた。
「まぁ、無駄話はこれくらいにしましょう。ライデン殿、ロランジュ王妃をどこに隠したのです?」
つかのま、張り詰めた沈黙が二人の間を満たした。
「……何度も申し上げたはずだ。ロランジュ様は私がこの手で――」
「殺すはずがないでしょう、他ならぬ貴方が。貴方は誰よりも先王と王妃に忠誠を誓っていた。個人的に敬愛さえしていた」
「だからこそ、貴方がたにいつ殺されるかもしれないという恐怖から解放して差しあげたのだ!」
怒鳴り声が監獄の壁に反響した。ロホランとゴーシュはしばし鼻白む。
「戯言を……。まぁいい。仮に貴方が殺したとしましょう。ご遺体はどこにあるのです?」
「……死者を冒涜なさる気か」
「冒涜しているのは貴方の方ですよ。王妃様が亡くなられたなら、盛大な告別式を開くべきではありませんか。ご遺体がなければそれもできません。ですから、居場所を聞いているのです」
「……」
ライデンの額を冷や汗が伝う。この男が嘘をついていることは、もはや誰の目にも明白だった。
「率直に申し上げますと、ロランジュ様の部屋に流れていた大量の血が彼女のものでないことはすでにほぼ判明しているのですよ。そのうえ、なぜかご遺体も出てこない。貴方は秘密裏に処理したと仰ったが、そんな馬鹿な話がありますか。ロランジュ様は、貴方が彼女の死を装ってどこかに逃したと考えるのが妥当です。その方法と逃亡先は、目下のところ不明ですがね」
「…………」
「ライデンよ、もう楽になれ。おまえがこのまま意地を張れば、
「くっ……」
「このままでは破滅するだけだ。だが、全てを正直に話しあらためて俺に忠誠を誓えば、再び近衛兵団長の地位に取り立ててやる」
ロホランの言葉に、ライデンは震えた。しかし、動揺しているのではない。声を出さずに笑っていたのだ。
「なにがおかしい」
「笑止! 私が誇りを売るとお思いか。私を意のままにしたければ貴方の大好きな処刑でもするがいい!」
「無礼者!」
ゴーシュが剣を抜きはなち、鉄格子越しにライデンの首元に突きつけた。
だが、そのとき。「ゴーシュ様」と呼ぶ声があり、現れた衛兵が彼になにかを耳打ちをした。
それを聞いたゴーシュはニヤリとして、報告をした衛兵に下がるよう告げた。
「何事だ」ロホランがたずねる。
「王宮に賊が侵入したとの報告です。捕らえたところ、若い娘のようでして」
ロホランは目をすがめた。
「よもやとは思うが、あの騎士志望の娘か」
「そのようです」
「ははは、なんと愚かな。自ら首を吊られに来るとは」
「フレーズ殿が……?」
ライデンは本気で驚いたようだった。いかつい顔が見る間に蒼白になる。
「そういえば、元々おまえはあの娘を逃した罪でここに来たのだったな」
「残念でしたね。自らを犠牲にしてまで逃したというのに。……まぁ、その件についても動機は不明ですが」
「なにかの間違いだ……」
ライデンは絶望した様子でうつむいた。肩が震えていた。
その姿を見下ろすロホランの口元が、残忍な笑みの形に歪んだ。
「面白い。その娘をここに連れてこい。己の行動が全くの無駄だったと知れば、こやつも口を割るかもしれん」
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